121 王太子との穏やかな会合
第十六章です。
「それで? 何でソフィア様はここにいらっしゃるんですか? ご婚約の準備でお忙しいんじゃないかと思っていたのですが」
アンソニーは穏やかに微笑んでいたが、微塵も優しさは感じられなかった。
それもそのはず。数日後、私は何もかも放って、アンソニーを訪ねて王宮へやってきたのだった。
今は人払いをして、私とアンソニーの他に、キースとデイジーだけだった。
「逃げてきたのですか?」
「まさか。何からでしょう?」
「婚約準備」
「順調ですわ」
「では、何をしに?」
「鏡の呪いについてですよ、アンソニー様」
アンソニーが首を傾げた。
「呪い? 以前、おっしゃっていたものですか?」
「はい。実は鏡と交渉しまして、鏡の破棄を前提に話を進めることになり」
「待って待って。交渉? 何それ?」
私の話に割り込んで、アンソニーが慌てた様子で私を見た。前に話さなかったかしら。
「えぇ、鏡と話して、交渉したんですの。そのうちに、ウルソン王子の国から、魔力鑑定の方がいらっしゃるんですよね? ですから、早いところ、ささっとぱぱっと、”呪いの鏡”の存在を抹消したいんです」
「ささっとぱぱっとって、そんな簡単に……それより、リアンの願い事は、叶えることができたんですか」
私は苦々しく思いながら、笑顔のアンソニーをじっと見た。
このたぬきな王太子には散々先回りをされたけど、とぼけて見守られていたなんて、すごい悔しいことだ。ずっとですよね? これずっとですよね? リアンのためなのか私のためなのか、すごく丁寧に待っていてくれたかと思うと、気恥ずかしい気持ちをぶつける気にもなれない。
「できましたよ。おそらく、アンソニー様が思っているようなことでしょうね」
「おや? 私は何も言っておりませんが?」
「わかりますよ。どうせ、わかりやすかったのに何でわからなかったんだって、そこの人たちも思っているんでしょうから?」
「そうですかね?」
アンソニーはキースとデイジーをちらりと見た。私は見なくてもわかってる。多分頷いているか、無視を決め込んでいるか、どちらかだ。
そしてアンソニーは私を向いて、にっこりと微笑んだ。
「では、リアンとは仲良くしていると」
「えぇ、……だと思いますが」
「てっきり、リアンがベタベタに甘やかすから、嫌になって出てきたのかと思ったものですから」
「何でです? 嫌になったりなどしませんよ?」
「そうですか? リアンが先日ぼやいていたもので」
「何をですか」
「”一日中ソフィアを見ていても飽きないのに、どうして一日はこんなにも短いのでしょう”って」
何を言ってるんだろう、リアンは。私は首を傾げた。
「一日って、そんなに短いですか?」
「体感の問題かな。あなたに会える時間が少ないってことですよ」
「そうなんですか? じゃ、私、もっとリアンと一緒にいるべきでしょうか?」
私の言葉に、アンソニーは苦笑いをした。
「……これ以上無理じゃないですか? 仕事もありますし、あなたにはここに来るご用事もあったんでしょうし? リアンには内緒なんですよね、今日の訪問は?」
「……そうですね……」
「バレたら大変ですよね。リアンへの逆プロポーズに、鏡の呪いの強制力がかかっていたなんて……リアン、今度こそ発狂するかもしれない」
私は責められたように感じられ、言い返した。
「でもですね、鏡には、できないことは願えないんです、そもそも。死者を生き返らせることができないように、好きになれない人を好きにならせることはできません」
「へぇー」
「あ! 信じてませんね? 本当ですよ?」
「信じてます、って。鏡の呪いがなくても、リアンにプロポーズされたら一も二もなく承諾しただろう、とあなたがおっしゃりたいことはわかりました」
やれやれと息をついたアンソニーがなんだか偉そうだ。
「そうではなくて」
「はいはい。鏡の呪いを解くんですよね? 私たちも引き続き調査したいと思いますが、頭打ちになっています。何か手がかりがおありでしたらいいのですが。私たちがお手伝いできることはありますか?」
なんだか気に入らないけれど、キースもデイジーもとんと無表情だし、仕方がない。私は肩を落として話を続けた。
「……多分ないと思います。いろいろ調べたんですが、見つからなかったことは知っていますよね。それで鏡に聞いたのですが、実際は、それこそが、鏡の呪いを解く方法だったんです」
「つまり?」
「鏡だけが解き方を知っていて、それを鏡に問うたものにだけ、教えることになっていたんです」
「なるほど」
アンソニーが考え深げに顎に手を当てた。その仕草が少しリアンに似ていて、胸がちくりと痛んだ。
「許可というか……理解をいただきたくて」
「勝手にされては困るからね」
「それもあるんですけど……その……鏡の魔力が消えたら、私も消えてしまうかもしれないので」
「はぁ?!」
アンソニーが素っ頓狂な声を出し、キースが思わず転びそうになり、部屋のドアが叩かれた。
「何かございましたか、殿下!」
「いや……何もない、大丈夫だ!」
申し訳ない……私は恐縮しながらアンソニーを見た。すると、アンソニーは取り乱した自分を恥じるように頬を染めていたが、気を取り直したように空咳をした。
私は恐る恐る話を進めることにした。
「あ、でも、わからないんですよ? 鏡にも前例がないみたいなので、未知数とのことで……」
「それは困ります。そんな危険なことはさせられません」
「でも鏡の魔力を消さないと、アンソニー様は隠匿の罪に問われるかもしれませんよ? 私がそうして欲しいと言ってしまったせいで、もうないことになってるんですよね?」
「う……まぁ、そうだが、適当に理由をつけて、復活させることはできますし……」
「それに、私共々、ウルソン王子の国に行かなくてはならないかもしれません。リアンも」
「う」
アンソニーは痛いところを突かれたように言葉を詰まらせた。