120 友人の訪問
キースは相変わらず洗練された笑顔で登場した。
私は肩をすくめ、席を勧めた。
「こんにちは、ソフィア様。突然きてしまって申し訳ありません。会っていただけて嬉しいです」
「いいえ。刺繍しながらのお相手で、こちらこそ申し訳ないわ。リアンと約束があったのではないの?」
キースは座りながら、ニコニコと話を進めた。そして、すぐに用意された紅茶に手をのばした。
「あぁ、ありませんよ。まぁ、リヴィング家のお茶会に久しぶりに一緒に行ってみようかな、と思ってこちらに伺ったんですけどね。こっちの方が面白そうだから、キャンセルしました。リアンはなんで部屋にこもってるんです? 先日のお見合いが尾を引いているんですか? 次の予定もあったんですが、なくなってしまいましたし……それとも、……何かあったのかなって」
言いながら、キースの目がキラリと光った。私の様子を観察しているのだ。
「私はね、アンソニー様のこともあなたのことも、信用していないんですからね」
「そうですか。残念です」
「あんなお見合いなんて……」
無理に設定して、事前に言ってもくれないなんて、ひどいわ。
言いかけて気がついた。私ったらなんてマヌケなんだろう。
『これは全くプライベートな訪問だよ』……
何か企んでるとは思ってたけど、純粋にビジネスのためだと思ってた。でも、もしかしたら、ビジネスは本筋ではなかったのかも。
私が自覚するまで、相手を変えて延々と続けるつもりだったのかもしれない。あの酷く面倒なお見合いを。私のために。リアンのために。
感謝をしていいのか文句を言っていいのかわからない。でも、確かに、この出来事がなければ、私は気づかなかっただろうし、リアンも動かなかっただろう。呪いが解けるのはもっと遅くなったかもしれない。
言いかけた言葉を飲み込み、私はとぼけて刺繍を続けながら話を続けた。
「お仕事のご提案をくださる方は、他にいらしたんですか?」
「ん? えーと、そのようでしたね。別に舞踏会でお会いになってもかまわないでしょうけれど」
「それなら今度、まとめてお会いしてもよろしいでしょうね。どうせ夏離宮の話なんでしょう?」
「そうとも限りませんけど……あの鏡の事だって、殿下は心配しておられますし、また何か企んでいるようなので、俺だって気になりますよ」
リアンはアンソニーには伝えているはずだけど……キースには伝えていないのか。それでキースは上司が気になって、ここに来ればわかるのではないかと思ったわけだ。なかなか鋭い。
私は面白くなって、あくまで何でもないふりをした。
「何もないわよ」
「本当ですか?」
「うーん、あったといえば、あったような……」
案の定、キースが身を乗り出してきた。
「何ですか?」
「呪いが解けたの」
キースが目をパチクリとさせた。
「の……え……呪いが、ですか? つまり……?」
これはまだ、アンソニーにすら言ってないことだ。彼のことだから察しているだろうが、リアンが鏡に願ったこと、つまり生涯共に過ごすと私が承諾することが、ただ叶ったということしか、彼は知らない。これくらいの情報漏洩は許されるだろう。私はアンソニーに一番に報告しなければならないわけではないし、他の人に黙っているように言われたわけではないし。
「リアンにプロポーズされたの。で、私、承諾したのよ」
チクチク、と針が布を行ったり来たりする音がしばらく沈黙を埋めた。
キースの目がしばしばと瞬いている。頭の中を整理しているが追いつかないという表情だ。
「……ぷろぽーず?」
「ええ」
「リアンが?」
「ええ」
「……俺、邪魔ですね?」
「いいえ? どうして?」
「だって、……二人の時間でしょう?」
ソファから腰を浮かせたキースが戸惑っているが、私は肩をすくめた。
「でもリアンは部屋にこもってしまったし、私は刺繍をしてますからね。問題はないでしょう」
「デイジー、リアンはなんで部屋にこもってるわけ?」
デイジーは困ったように私を見た。私が頷くと、仕方なさそうに、デイジーは今朝の話をキースに告げた。端から聞くと、私はどうも鈍いようだ。これから気をつけなくてはならないわ。
「はぁ、……なるほど。ソフィア様は、ここでリアンが来るのを待っているわけだ」
「リアン、本当に来ると思う? やっぱり、遠乗りに行ったほうがよかったのかしら。断れると思うと、なんだか嬉しくなってしまって……」
おっと口が滑った。
「……どのタイミングで受けていいのかわからなくて」
「リアンは寂しがってるだけですよ。拗ねてるんです」
キースが呆れ声で言った。
「そうかしら? そのうち嫌でも一緒にいることになるんだし、私はリアンが居ないと始まらないし……だから、寂しがる必要なんてないと思うのだけど……」
「でも婚約したてなんて、イチャイチャしたいものなんじゃないんですか? 俺はわからないけど」
キースの言葉を、私は思わず鼻で笑った。
「キース様は婚約しなくてもイチャイチャする天才ですものね。それは私にもわかりません」
「それは言わないで!」
「リアンには言わないわよ」
「助かります。説教は勘弁なんですよ。あいつの説教、長いんですよ……いや、それはさておき、だいたい刺繍って、何を作ってるんですか」
ぼやいてすぐ話を変えたキースに、私はバッと手元の布を見せた。
「ほら! リアンのためのベッドカバーよ。内緒で作ってるの。図案考えたら楽しくて。それに、そのうち私も一緒に使うんだってデイジーに言われたら、なるほどそうかって思ってね。だから、私の趣味もふんだんに盛り込んだ方がいいと思って考えたら、凝った作りになってしまったの」
私は話しながら、自分でも笑顔になるのがわかった。なんだかんだ、今まで何をしていいかわからなかったのだから、リアンのためにおおっぴらに何かできるのは嬉しいのだ。
「一緒に使う、ベッドカバーねぇ……」
生温かいキースの微笑みの端に、思いがけない悪態が浮かんだ。
「……どこをどう落ち込めばいいんだあいつめ」
「何か?」
「いいえ? お幸せで何よりです。俺はアンソニー殿下に話を聞きに行って、……その前に、今無理にでも部屋に入って、親友のはずの俺になんで言ってくれなかったのか、リアンを問い詰めようと思います」
キースはにっこりと悪い笑顔を浮かべて立ち上がった。
「俺、結構協力したと思うんですけどね? ソフィア様が自覚なさって本当に良かったですよ」
キースが帰ったら、リアンの部屋に行こう。結局、私が待ってる必要なんてないんだわ。私は私のしたいようにしていいんだ。リアンが放っておいて欲しいと思っても、私は会いに行っていい。
リアンが私にして欲しくないことがあったって、もう守る必要がないんだもの。
第十五章、終わりです。
今章はあまり鏡の方面は話は進みませんでしたが、十六章では進む予定です。
ソフィアが王宮へ行ったところから。