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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十五章
118/154

118 本日のお誘い

呪いが解けて一週間、見かけ上は、特に何事もなく日々は進んだ。


翌朝から、リアンのテンションは落ち着いて、普通に戻ったけれど、……そもそもそれは、忙しくてなかなかゆっくりできなかっただけかもしれなかった。


リアンは仕事に追われ、ゆっくり話す暇がなかったのだ。実を言うと、朝、私が会いに行く時にしか会えなかった。朝早く出ないとならず、朝食もそこそこに出かけなければならなかったからだ。


それより何より、私はリアンの両親がどう思っているのか気になっていた。彼らはデボラの屋敷へ長期滞在中だったため、挨拶は後ほどということで、リアンは報告も手紙で済ませてしまった。喜んでもらえているようだけど、実際は、公爵夫妻は不安に思ってるんじゃないかしら。テストをしたくらい公平に距離を保ってくれたけれど、私は所詮過去から来た人、跡取り息子のお相手にはふさわしいとは言い難い。


いっそのこと、呪いの話をしたほうがいいのか。それとも、そもそも、リアンが私を呼び戻した理由を、彼らは知っているのかもしれないし……それは会った時に考えよう。


そんな話もできずじまい。


忙しさに、日に日に不機嫌になっていったリアンだったが、今日は久々に明るかった。


「ソフィア、この後、遠乗りにいきませんか」


朝食の時、リアンがウキウキと楽しそうに言った。


「遠乗り? 仕事は?」

「今日は、休みなんです。だから、一日、一緒にいられますね」


リアンは言うと、私をうっとりとみた。


嬉しそうだ。これきっと、慣れなきゃならないやつよね……今までどうやって対応していたのかしら? これまでと変わらないのに、なんだかこう、緊張してしまう。私は自分の新しい状況に戸惑いながら、少し考えた。


「でもまだ馬は……」


私は言葉を濁した。練習したが、以前もあまり練習できなかったこともあり、今でもそんなに得意ではない。だが、森は好きだ。今日は天気がいいし、きっと楽しいだろう……とは思う。


「アルタイル号が元気になったので、僕がソフィアを抱えていけますよ」


リアンは穏やかに言って、目を輝かせる。


「家にいるのではいけないの?」

「久しぶりに、二人でお出かけできたらと思ったんですが……ダメでしょうか?」

「ダメというか……なんていうか……うーん、今日はちょっと、家で刺繍をしたいと思っていたから」

「それなら、街でランチでも? このところ、出かけていませんよね」


以前のように、二つ返事でオッケーをもらえず、リアンは傷ついた表情をしたが、諦めずに食い下がった。私は罪悪感で胸がちくりとした。だが、刺繍をしたいのは本当だ。体調を気にしないで断れるから断っているわけではない。断じて。


「そうねぇ……」


ランチは楽しそうだ。最近は街歩きもしていない。だが、どうにも刺繍のことが気になってしまうのだ。昨日、あまりに中途半端に終えてしまったせいで、刺す順番を間違えないかと心配でならない。


「刺繍が……どうも気になって……その……楽しめないんじゃないかと思うの」

「そうですか……」

「ごめんなさい」


出かけたいのに、悪いことをしたわ。私はリアンのしょんぼりした顔を見て、申し訳なく思った。そこで、ふと思い出した。


「あ、そういえば、リアンにお茶会の招待状が来ていたわよ」

「え? あっ、……それは仕方ありません、婚約のことも、家族以外にはまだアンソニーにしか言ってないので。順次報告に上がる予定ですが、やはりあなたですから、準備が必要ですしね」

「気にしてないわ」

「気にして下さい。でもこれで、あなたのお見合いを全て断れます。なんといっても、あなたは僕のものなんですから」


嬉しそう。


「あ、そうじゃなくて。行ってらしたら?」

「……何に?」

「お茶会よ。今日だったと思うの。お暇なら、行ってきたら……いいんじゃないかと……」


違うらしい。給仕たちも首を横に振っているし、何より、リアンが不愉快そうにしている。


「僕にはもう必要ないですから」

「そ……そう……? だって、お出かけしたいんじゃないの?」


少なくとも、アンソニーのお相手探しという噂を現実にすれば、それはそれで続けても構わないのでは。


「僕にお茶会に行ってほしいんですか?」

「そういうわけじゃないわ。でも以前、リアンはお茶会で出てくる紅茶の茶葉が何かを当てるのが楽しいって、言ってたじゃない? もうお相手探しをしなくていいんだから、純粋に楽しめるかなと思ったの」

「僕がなんのために行っていたのか、ご存知ですよね? それをやめた理由も」

「でも……アンソニー様のお相手探しを本当にしてしまえばいいかなぁって思っただけ。そうはいっても、リアンはモテるから、あなたを目当てに令嬢が来ないとも限らないわけで、それは全然楽しくないわね。むしろ嫌だし……」


うーん、と私は頭をひねった。すると、リアンはなぜか溜飲が下がったように、微笑んだ。


「どこでもいいわけではありませんよ。あなたと出かけたいんです、僕は」

「それなら……遠乗り、行きましょうか?」


私が仕方なしに言うと、その雰囲気が出てしまったようで、リアンは肩をすくめた。


「……乗り気でないのなら、いいです。いつも嬉しそうに承諾してくださったから、遠乗りは何よりお好きなのかと……」

「以前はそうだったかもしれないけど、今は違うのよ。刺繍が楽しいの」

「……そうですか」


私がうふふと笑いながら言うと、不満そうにしていたリアンは、諦めたように息をついた。


「そんなに嬉しそうにしていては、文句を言うこともできませんね」


文句言いたかったの? 私が首をかしげると、リアンは思案気に私を見た。


「刺繍をしているところを、見ていてもいいですか」

「……私の?」

「はい」

「刺繍、好きだった?」

「いいえ。でもあなたが今、何を好きなのか知りたいんです」


なぜか悔しさがにじむリアンの口調は、不思議と面白かった。まるで刺繍糸にすら嫉妬していそうな勢いだ。刺繍には集中したいし、見られると落ち着かなそうだから、早めに切り上げて、一緒にお茶をして庭を散策したらどうかしら。その方がきっと楽しい気がする。


「そう? あまり面白くないと思うけど……いいの? それより」

「もういいです。一緒に過ごしたいと思うのはわがままですか」


リアンは言い放つと、食堂を出て行った。


「リアン? ……刺繍はやめた方がよかったかしら、デイジー?」


私が振り向くと、デイジーはため息をついた。


「ソフィア様、なんていうか、……のんびりしておりますわね」

「お茶会の話をするのは良くないのはわかったわ」

「ご一緒なさればいいんですよ」

「だから、今日は刺繍をしたくてね」

「こういう場合は、リアン様を優先なさってください」

「今日だけよ。今日だけ、……ちょっと気になってるだけなんだから。続きを忘れる前に、落ち着くところまでやりたかったのよ」

「承知しております。ですが……先にそれをお伝えして、相談なさるとよかったと思いますわ」

「なるほど……」

「今後、増えますからね、こういうことが。なんでも二人で相談してお決めになってくださいませ。ソフィア様、……もう隠し事はないんですから」

「まだあるわ」


考えてみれば、そっちの方が問題だった。


私が消えてしまったら、……そのことを知ったら、どうするかしら。私にはまだ、それを言う勇気が出ない。




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