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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十五章
117/154

117 告白の行方

「あー……僕の目がおかしくなったのかな、ブルータス? 新しいメイド? ソフィアによく似て、……似過ぎてやしないか?」

「私にはわかりかねます、リアン様。ご自分でお確かめください」

「ちょ……」


勝手な。私が本当に新入りのメイドだったらどうするつもりだ。リアンはとんでもない好色男になってしまうわよ? 私が思わず振り返ると、リアンが私を背後からギュッと抱き寄せた。


「おはようございます、ソフィア」


リアンは言いながら、私の顔を自分に向けた。そして、顔にかかる髪を耳にかけてくれる。


「リ、リアン?」

「やっぱり、本物だ……」


言われて、私はムッとして身をよじった。メイドか私かわからないのに、抱きしめて確認するなんてどういうことよ。


「本当にメイドだったらどうするつもりだったの?」


すると、リアンはふっと笑った。


「ブルータスはですね、メイドだったらメイドだって言ってくれますので」


なんてこと。からかったのね、私を。


私はブルータスを睨んだ。


ひどいわ、いつもよくしてあげて……たのかしら、迷惑ばかりかけていたような気がしないでもない。


とにかく、ブルータスは動じず、素知らぬ顔でリアンのジャケットの埃を払っていた。そのジャケット、窓から投げ捨ててやりたい。でも多分、すごくいい生地でいい縫製なんでしょうね。ここから見てもよくわかるもの。そんないいものを貧乏症の私が投げられるはずがない。


……そもそもリアンをからかおうと思ったのは私だ。


「じゃ、最初からわかってたってこと? つまらないわ、せっかく黙っていたのに」


私が諦めてリアンに視線を戻すと、リアンは私の頬をくすぐって、軽く笑った。寝起きはちょっとだけ、意地悪なのかもしれない。それとも私が先に驚かせたから? ……きっとそっちね。私の自業自得なんだわ。


「一瞬、本当にわかりませんでしたが、そもそも、メイドは僕のところには来ません。禁止しているんです」

「……禁止?」

「年頃になった時は、いろいろありましたので」


不思議なくらい笑顔だ。言っている表情と、言葉の意味が全く噛み合っていないけれど、公爵家次男だし、寝室だし、私にだって意味はわかる。何しろ、ほらね、自分の部屋が情事に使われていたわけだから。


「そうなの。……ならいいけど」


渋々頷いた私に、リアンは不思議そうに首を傾げた。


「……もしかして、怒っていますか?」

「当たり前でしょ」


誰にでも簡単に手を出す人なのかと思ったわ。違ってよかったけど。私がふくれっつらをしていると、リアンは私の顎をすっと指で引っ掛けて、自分の正面に据えた。そして、顔を近づけながら囁いた。


「ソフィア……愛しています」


急に何を?!


私は驚いて、驚きすぎて、思わず足を滑らせてしまった。床に転がってしまったけれど、おかげでリアンの腕からするりと抜けることができた。


「だ……大丈夫ですか、ソフィア?」


リアンが慌ててベッドから降りたが、私は極めて落ち着いて立ち上がると、リアンをじっと見た。


「足を捻ったりなんか……?」

「してないわ。ありがとう、リアン……」


ただ心配そうに私に怪我がないか確認しているのを見ていると、動揺した私が馬鹿みたいだ。


どうも、いつもと調子が違うわ。


私はため息をついて頭を下げた。


「朝のご挨拶には参りました。ですから……朝食でお会いしましょ、リアン」


返事を待たず、私は慌てて部屋から飛び出した。追いかけてくるデイジーが殊の外嬉しそうだ。きっと言いふらすに違いない。


でもそれも仕方ない。あれが毎朝繰り広げられるのなら、私は慣れなければならないんだから。


でもなんで急にこんなに動揺してるんだろう?


もしかしたら、鏡の呪いがなくなったからなのかもしれない。私は鏡の一部だったから、感情が薄くなってしまった可能性はある。まだ若干、繋がりはあるけれど……


私は自分の手のひらをじっと見た。


考えてみればリアンを好きにならなかったのもおかしな話だ。確かに恋愛には疎かったし、擦れてしまったけれど、楽しいとか嬉しいとか悲しとか、感情は全部あったんだから。


とにかく、リアンも私も、ひどく面倒な状態になっていたのは確かだ。


「ソフィア!」


慌ただしい足音がして振り返ると、最低限に身支度を整えたリアンが、追いかけてきていた。


「怒っていますか? 許可なくあなたに触れたりなどして」


そこ? 触れるのは構わないし、むしろ今更な気がする。怒るなら、出会ったその日に私は怒っているはずだ。でも急に愛の告白されたら驚くでしょ? 朝から何でって思うじゃない? 驚かないの? 今度やってみたほうがいいのかしら……


考えて、そのハードルの高さに無理無理無理、と私が頭を振っているうちに、リアンは謝罪を進めていた。


「申し訳ありません。少しはしゃぎ過ぎてしまったようです。寝ぼけていたなどと言い訳していては、あなたに信用してもらえないでしょうから……その……会えて嬉しくて、確かめたくなってしまったのです。夢か幻かわかりませんし。あまりに会いたくて、メイドの顔があなたに見えたのなら、ブルータスは殴ってでも止めてくれるはずですから」


なるほど。信頼の厚い従者でよかったですこと。間違いを訂正するタイミングをなくしてしまった私に、リアンは少し、拗ねたように口を尖らせた。


「それに、メイドのふりをするなど、ずるいです」

「何がずるいの?」

「以前、おっしゃったでしょう。僕のメイドになってもいいと」

「言ったけど……」

「今でも思っておりますか?」

「そうね……」


なんだかんだ、それも楽しそうだ。でも身分を考えたら、公爵家の跡取りがメイドと結婚なんて、ちょっともめそうだから、やめておいたほうがよさそう。


「言われた時、僕はあなたが僕専属のメイドになるのなら、それでもいいと思ったんです。あの時は、あなたを独占したくて、でもできなくて、ひどく辛かったものですから。……あなたを閉じ込めて、ずっと僕の世話をしてもらえたらいいのに、と思ってしまいました」


それはかなりの独占欲ね?


私が首をかしげると、リアンはふふふと笑った。


「今でも変わっていませんよ。だから、あなたがメイドのふりをした時は、僕は自分の願望が形になってしまったのかと思って……その……嬉しくてたまらなかったんですよ、僕専属のあなたなんて!」


どうやら、リアンは頭のネジがおかしくなってしまったらしい。思ったことを何でも口にしてしまうようになってしまった。さすがのデイジーもちょっと引いた様子でこっちを見ているし。結婚するって言ってるのに、あえてメイドにして閉じ込める必要はないわよね? でももっとおかしいのは、そんなリアンを可愛いと思ってしまっている私だ。


私の戸惑いを知ってか知らずか、リアンは目をキラキラさせて私に目を向けた。


「でもそれ以上に、あなたの意思を尊重したいんです。僕自身の気持ちより、あなたを優先したい。そう思えるのは、あなただけです」


リアンの声がうっとりと響いた。なんだかすごく腹立たしいわ。どうしてこんなに違って聞こえるんだろう? リアンも私も、何も変わっていないのに?


「メイドにはならないわ。だから、あなたも私をメイドにして閉じ込めようなんて、思わないでくれる?」


私が言うと、リアンはうなずいて、嬉しそうに言った。


「もちろんです。あなたは僕の妻になるんです。いいですか、僕はあなたの夫になるんですよ!」


リアンが私の手をとって、満足そうに引き寄せた。


困ったわ。毎朝こんなだったら、どうしよう。このテンションについていける自信がない。


早々に挫けそうな私を察してか、ブルータスが私たちを追い越し、食堂のドアを開けて軽快に告げた。


「リアン様は毎朝を楽しみにしてらっしゃいます。どうぞよろしくお願いいたします、ソフィア様」





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