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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十四章
112/154

112 本当の願い

……おかしい。


私とリアンが離れると思っているのは、私とリアンだけだってこと?


「僕はあなたに会いたかったんです。ずっと会いたくて、初めてあなたを見たときにわかりました。僕にとって必要で、なくてはならない人だって。あなたは僕の前からいなくならないと約束してくださった。だから、本当は、いなくならないで欲しいんです」


そこまで言って、リアンは深く息を吸い込んだ。


「すみません。少し、酔いました」


虚ろな目でリアンが言った。もうこれ記憶なくなってるんじゃないだろうか。


少しどころではなさそうだけど、そこはまぁ、酔っ払いだから。私は無言で頷いた。もしかしたら、明日の朝は覚えていないかもしれない。あのブルータスの様子からすれば、可能性は高い。ここは聞き流しておくべきか。


でもいつもは、こんなに飲んだりしないのに。やっぱり、お見合いが自分目当てじゃないのが、辛かったんじゃないかしら。


私は首をひねった。


それとも、今言ったことが本心なら、私のせい? リアンはいなくならないで欲しいと言っているけど、本当はいなくなって欲しいとか。目障りなのかしら? でもだったら、本心をさらけ出している今、私がここにいたら、具合が悪くなるはずだけど、ならないから……やっぱりここにいていいの?


「僕が最初、何を思ってあの鏡に願いをかけたかご存知ですか」


不意に話が変わり、私はふと現実に戻された。慌てて返事を考えて、その場をごまかした。


「えっと……『誰でもいいから……できればあのソフィアで……支えのいなくなった”僕”のそばにいてくれる人が欲しい』?」

「僕、そんな風に言いましたっけ」

「あら。じゃ、えぇと……『”ソフィア”が、”僕”が元気になるまでそばにいて、ノアの支えになる人になりますように』?」


すると、リアンはふふふと笑った。


「僕はそんなに、人のために願えませんよ。すごく、利己的なんです。あなたの気持ちだって、何も考えていなかった……」

「私の気持ち?」

「そうです。僕は、僕だけのために、あなたを願ったんです」


どういうこと?


私は頭をひねりながら、リアンに向き直った。


「リアンは、鏡の中に閉じ込められた”ソフィア”が自分の目の前に現れるように、って願ったのよね?」

「そうですよ」

「それで、その人が、リアンが元気になるまでそばで見守って欲しい……んじゃなかったかしら」


リアンは私の言葉を否定も肯定もせず、手元を見つめた。


「もっと軽い気持ちでした。一生懸命だったかといえば、嘘になります。いろいろうまくいかなくて、疲れて、投げやりになって、弱気になって……僕はそのため・・・・に、あなたを呼び戻した」


ドクリ、と私の心臓の音が耳に響いた。


「”そのため”に? 私を?」


もしかして、それがリアンの一番の願いなの?


「それは……今も変わってないの?」

「変わっていません。むしろ、強くなりました」

「一体……何?」


私は息を詰めて答えを待ったが、リアンは気を取り戻すように頭を振った。


「僕の戯言など、忘れてください」

「そんなの、無理よ! 私はあなたの願いを叶えたいの。むしろ、そのために私がいるんだから。どうしてそんなに、本当の望みを教えてくれないの? 私にして欲しいことがあるんじゃないの?」

「言っても……いいんですか?」

「もちろんよ」


この機会、逃してなるものか。


すると、リアンがすぅと息を吸って、目を瞑った。


「僕は……あなたが、ソフィア、あなたに……僕の生涯を支えてほしいと、そう願ったんです」

「私?」


思わず聞き返すと、リアンはうっすらと笑った。


「えぇ。ですが、あなたは義理堅い人だから、僕がそんなことを言えば、自分の気持ちを押し殺して、僕に恩返ししようとしてくださるはず。そして、……信頼していただいていたのに、それを裏切ることになってしまいます。だから僕は、……僕は、言えないんです。あなたに生涯を支えてほしいなんて、僕だけの気持ちを押し付けるようなことは……できない……」


嫌われたくないんです、とぽつりとリアンが声を震わせた。


今度は泣いている。忙しい人だ。


私はリアンの席の隣に座り直し、リアンの肩に手を置いた。


「忘れてしまったの、リアン。私がなんのためにここにいるのか。あなたの願いを叶えるために、やってきたのではないの? だから、あなたの望みなんて、いくらでも言って構わないのよ」

「いいえ、もう願いは叶っているんです!」

「……叶っているなら、どうしてそんな顔をしてるの?」


すると、リアンは合わせた私の目に吸い寄せられるように目を細め、ぶるりと身震いをして目をそらした。


「独りよがりで、くだらないわがままです。幻滅……なさります」


私は無性に腹が立った。リアンにも、自分自身にも。


「前にね、あなたは、私に失望したことがないし、するとも思えないと言ってくれたでしょう? 私も同じよ。リアンがどんなことを言っても、私があなたを嫌うはずがないわ。ええ、あなたを嫌いになるとは思えない。なぜ幻滅すると思うの?」

「でも、」


リアンが戸惑うように私を見た。リアンにそんな顔をさせたいわけじゃないのに。


なんでもいいじゃない。躊躇する必要なんてない。なんでも私に願えばいいわ。私の生涯を、どういう風にリアンに使えばいいの? そんなに私が嫌がりそうなことなの?


「本当は私をどうしたいの? 無一文で放っぽり出して、私がどうやって生きられるのか実験したいの? 下働きとして虐待するほどこき使いたいの? 家に閉じ込めて欲望のまま愛人にしたいの? 最後のはちょっと……びっくりするというかなんというか、ちょっとショックというか」


どう対応したらいいのかわからないというか、どういう性癖なのか問いたいというかなんというか。


「まさか! そういうことではありません。言ったでしょう……僕は、……あなたの一番近くにいたいんです、ソフィア。ですが、あなたは僕のお人形でも憧れの肖像画でもない。生きた人間で、意志があって、選ぶ権利がある。だから、なかったことにしなければならないんです」


リアンの声は、ひどく低く、穏やかで、優しかった。私は思わずリアンの肩に置いている手に力を込めた。リアンはそれでハッと気がついたように、私から顔を背けた。


「でもダメなんです。会う時間が長くなるほどあなたに惹かれてしまう。だから時間も減らしましたし、あなたのお見合いをセッティングして、自分で他を探そうとして……でもあなたに避けられてしまえばひどくつらく、会えばそれ以前より惹かれて、どうしようもないんです。誰にも渡したくないと思ってしまうんです。あなたが誰かと結婚するかもしれないと思ったら、気が狂いそうです」


そう言うと、リアンは私ににっこりと笑いかけてきた。青ざめて具合が悪そうで、笑顔に無理がある。冷静なのか興奮してるのか、さっぱりわからない。


ただ、なんていうか、……時折、リアンが苦しそうにしていた理由がわかった。私が原因であったけれど、私のせいではないのだ。これは私にとって朗報だ。


私はリアンに迷惑ではないんだわ。


「驚かれましたか。後見人として、あるまじき感情ですから……軽蔑なさったでしょう」


私は慌てて首を横に振った。リアンはそんな私を見て、ふっと頬を緩めた。


「あなたが鏡から出てきた瞬間、……あの時に、この夢は諦めたはずでした。あまりに愛らしくて美しくて、凛としていて……誰にも見せずに、すぐに僕のものにしたかった。でも、そんなこと、できないと、すぐにわかりました。だからあのバルコニーで、再度自分に言い聞かせました。あなたは”伝説の令嬢”で、僕のものにはならないと。あなたを守ると」


それじゃ、リアンはニコラスフリークでも、”伝説の令嬢”フリークでもないってことなの?


「でも、一度だけ許されるのなら……幻滅しえないと言ってくださるのなら……望みを……」


言いながら、リアンは私を強引に引き寄せた。そして、私の手を包むように握り、唇が触れそうなほど近くに顔を寄せて囁いた。


「僕と……結婚してください」


リアンはうっとりするような眼差しで私を見つめ、私はその瞳に飲まれたように言葉を失った。


そして、頭の中に、ただ一言、鏡の言葉が蘇った。


『”その機会を逃すな。必ず叶えろ”』







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