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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十四章
111/154

111 一歩手前

つまりリアンは、しこたま酒を飲んでいて、泥酔の一歩手前だった。


「だから、僕はですね」


ダン、と木のカップを机に置いた。なるほどヘンリーは正しかった。勢いで割れないようにと、繊細なクリスタルグラスから木のカップへ、いつの間にかヘンリーによって取り替えられたのも、リアンはよくわかっていなかったらしい。


「ソフィアが結婚相手を探すのは反対です!」


私は真向かいで首をかしげた。


いつ探したというのだろう? 


でもまぁ、少しほっとした。


反対されたなら仕方ない、私は結婚相手を探さない。決まりだ。だって私はリアンが私に望んだことに従うように呪われている! と、大手を振って歩けるから。


呪いを知ってる人にだけだけど。それに、願いを叶えたら、それも言えないけど。


隣のノアを見ると、複雑そうな顔をしている。


「どうしたの」

「僕がいけないんだ……」

「なぜ?」

「僕が言ったから。ソフィアも幸せを見つけて欲しいって」


私は首を傾げた。


「あら。今、私は幸せよ?」

「ソフィア自身の幸せでだよ。僕たちのためにあるものではなく」

「私自身、幸せなんだけど……」


鏡から出てきて、何はともあれ人間として生活して死んでいけるなんて、これほど幸せなことはない。それだけでお釣りがくるくらい幸せだ。リアンの願いに縛られようと、結婚なんてしようがしなかろうが、どちらでも変わりはしない。つまり、生きてるってことだ。


困惑している私とノアを前に、リアンはまだワインを飲んでいた。ヘンリーが強めに咳払いをした。もうノアは寝る時間だ。まだ体調は万全ではないし、明日も当主として忙しい。


「ノアは寝なさい」

「……でも、僕……」

「大丈夫。リアンはどうにかするわ。ブルータスもいるんだし」


私が言うと、ノアの従者カーターが静かに寄ってきて、杖をノアに恭しく差し出した。ノアは頷いて杖を取り、目をこすって立ち上がって、一通りの挨拶をすると、ゆっくりと居間から出て行った。


ヘンリーもノアと一緒に退室するかと思ったが、珍しく残っている。今日はさすがに、泥酔気味のリアンが心配なのかしら。このまま寝てしまっても、リアンの従者、ブルータスが残っているのだから、ヘンリーも自分の仕事をしていいのだけど……様子を伺ったが、ヘンリーは動かない。彼なりの考えがあるのだろう。


私は特に気にすることなく、リアンに向き直った。


「ほら。リアン、今日はもう、お酒はおしまいにしましょう。寝室へ行った方がいいわ」

「ソフィアも行きますか?」

「ええ、戻りますよ」

「僕の部屋です」

「リアンの部屋に? なぜ?」

「あなたは僕のものだからです」

「ああ、うん、確かにね。でも」

「”でも”なんですか! あなたにとって僕はなんなんですか!」


リアンが真剣な顔で私を見つめた。思わず私も見つめ返すようになる。まぁ、酔っ払いだけど。目がすわってるけど、視線が合ううちは、正気だろう、うん、多分。


「なにって……」


私はリアンの顔をじっと見た。


綺麗な顔立ちに幼さが残る可愛い弟。そう思った時期もあった。さすがに今は弟とも言い切れず、微妙な立場だ。甥っ子でもない、兄でもない、幼馴染でもない、でもとても身近な人。私を鏡から出してくれた恩人、呪いの張本人、私が逆らえない人、願いを叶えてあげたい人。


「一言じゃ、言い表せないわね……」


私の答えに、リアンはさらにワインをあおった。ブルータスがちらりとドアを見て、ヘンリーがピクリと動き、静かにドアへ向かった。


あ、もしかして、これが限界値? 


リアンは荒い息でカップをテーブルに置いた。口についたワインを拭う。


「僕があなたを呼び戻した時のことを覚えてますか」

「ええ、もちろん! 初めは小さな男の子かと思ったけど、違ったわね」


私が笑うと、リアンは口を尖らせて可愛らしく愚痴を言った。


「あなたはいつも、僕をそうやって子供扱いする」

「え? あれ? そうかしら?」


思わずブルータスを見たが、全くの無表情だ。でもわかってる、あれはリアンの言葉へ同意の無表情だ。


「それも当然ですね。あなたはご自身で評価しているよりずっと、素晴らしい女性です。常識の違う世界に飛び込んで、それでも、その中でたくましく生き抜いています。あなたと会ってから……僕はあなたと対等になりたくて、ここまで来ました。評価も上がりましたし、信頼していただける場も増えました。なのに、あなたはもっと先へ行く……僕は追いつけやしない……」


いくらなんでも私への評価が高すぎる。それに、リアンこそわかっていない。アンソニーやキースが、そしてリドリーたちが、どれだけリアンを高く評価し、仲間として慕っているか。


まぁ、加えて言えば、私は見かけ通りの年若く、か弱い女性じゃない。鏡の中で過ごした年月が、私には確かにあったのだ。


私はまたブルータスを見たが、今度は私が自分で考えろという無表情だ。何よ、教えてくれたっていいじゃないの。リアンに何を言っていいかなんて、わからないわ。


酔っ払いリアンの話は続いた。


「エリナ・ローゼン令嬢は……豊かな知識の持ち主でした。夏離宮の話を聞いて、とても良いビジネスモデルだと力説しておりました。魔法と伝説と権力と、そして全ての階級が共有できる場を作れたのは、世界的にも評価されることだそうです」

「でもあれは……外務大臣とアンソニー様がお考えになったことで、私は関係ないわよ」


私は正直に言ったが、リアンは納得してくれなかった。


「あなたが考えたことではないのかもしれませんが、その中心にあなたがいることは確かです。つまり、あなたはさらに手が届かなくなってしまったということです」

「……よくわからないけど……えぇと、私がここにいるのは、あなたのおかげなんだから、手が届かないことなんてないんじゃないのかしら?」

「そうでしょうか」


リアンはため息をついた。いつになく冷静さを失っているが、雑な感じがいつもより身近に感じる。本人は嫌がるだろうけど、酔っているリアンも口が滑らかでなかなかよろしい。


「ローゼン令嬢のように、私が窓口だと思ってくださる人がいるうちはいいですが……そのうち、そうではなくなることを思うと……」


私はしばらく考えてみたが、そうではなくなる、つまり、私がリアンの手から離れる、ということは、基本的に考えられてなさそうな気がした。アンソニーだって私がリアンのそばにいること前提で、リアンに迷惑がかからないように私周辺の不安要素を摘み取ってるわけだし、キースだってデボラだって、私がリアンから離れるように願ってるとは思えない。ノアは言わずもがなだ。


さらに言えば、あそこに立っているブルータスだって、ヘンリーだってデイジーだって、”そう”ではなくなると思ってはいなさそうだ。


リアンがこんなに泣き言を言っているのに、気にする様子が全くないのがその証拠だ。





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