11 遠い記憶
ちょっと短いです
扉が閉まって、私は大きく息をついた。
息止めてたの気づかなかった。
びっくりしたびっくりした。ぶっきらぼうな男の子が急に紳士になるんだもの、驚きすぎて緊張しすぎてしまった。頭に血が上って、頬が熱い。
ああ驚いた。
それにしても、手の甲へ口付けだなんて、今の時代、流行らないんじゃないかしら。
私は思いながら、鏡の中から見た世界を思い出していた。当時は結婚前の男女が手を触れる以上のことはほぼしなかったが、今では親しみを込めて頬にキスくらいはしても構わなかったはずだ。私が不愉快に感じると思ったのかもしれない。何しろ私は古い時代の人間だから。あらゆる意味で。事実、私はどきりとしたのだ。
手の甲にキス。・・・手の甲に?
私はリアンが今さっき手にとって口付けた手の甲をじっと眺めた。
そうだ。そうよ、そうじゃない。ニコラスが言ったのだ、迎えに行くと。私を迎えに来ると。
・・・・・
「私、何の仕事しようかなぁ。あれもこれも、いろんな仕事をしてみたい」
私がつぶやくと、ニコラスは驚いたような顔をした。
「ソフィアは仕事をするのか。貴族の女性なのに」
「そうよ、ニコラス。うち、お金がないでしょう。だから屋敷の維持も大変なのよ。あんなに小さいのに。ま、屋敷はデイヴィッドのものになるんだもの、私は家を出て仕事をするしかないでしょ」
「・・・ソフィア、いつ家を出るんだ?」
「うーん。いつかなぁ。もう直ぐ十六だし、職業体験も結構したのよ。本当は本屋に勤めるのがいいけれど、そんなに多くはないし・・・どこかの商店に会計や秘書の見習いで行こうかしら。どう思う、ニコラス? 私に似合う職業、何か思いついて?」
ニコラスは初めは緊張したように顔をこわばらせていたけれど、そのうち、にこりと笑った。
「ソフィアに似合う職業を、私は知っているよ」
「本当? 何かしら?」
「それは、王宮でできる仕事だ」
「王宮? ・・・もしかして、あの大きい書庫の管理責任者とか?」
「何だろうね。教えないよ」
「えぇ・・・思いついておいて、それはないわ」
「自分で考えてみてよ。そして、・・・その時が来たら、迎えに行くよ」
「迎えに来てくれるの?」
「ああ」
「それなら、・・・わかったわ。お待ちしております」
私が冗談めかして言うと、ニコラスは私の手をとって、手の甲に口付けをしたのだ。
洒落たことをするものだと私は思ったのだ、だってデイヴィッドもよくしていたから。兄弟姉妹ではよくあることで、・・・つまり私は、気がつかなかったのだ。そばで聞いていたデイヴィッドが不安げに私を見て、そのあと、苦言を呈したのはそのせいだったのだ。
「大丈夫なの? あんな約束して」
「王宮での仕事でしょう? 書庫でないのなら、妹さんの家庭教師かしら。ううん、その助手かも。それか、侍女・・・もちろん、皿洗いでもなんでもするわよ。だって王宮のお皿って素敵なんでしょう? 洗いながらうっとりしちゃうかも」
「姉さん・・・」
デイヴィッドがため息をついた。
「ちゃんと答え合わせしてから、お迎えに来てもらってよね」
答え合わせ。
つまりそれは、ニコラスの求婚を私が承諾するという意味だった。
今思えば。