107 魔力の検証の打診
「鏡を……確認なさるというのですか?」
「ダメでしょうか?」
ウルソンが叱られた犬のように、あからさまにしゅんとして私を見た。とても素直な人なんだろうな。私と違って。きっと夢や希望に溢れて、魔法が大好きで、その発展と制御を日夜研究して……
「わかりません。鏡は私のものではありませんから」
「え?! 違うのですか?」
「新参者ですから、私に帰属しているものはありませんの。欲しいとも思いません。あの鏡も部屋も全て、現ピアニー家の当主、ノア・ウィリアム・アレクス・ピアニーのものです。研究のために貸し出しを願うなら、ノアにお申し出ください」
私が言うと、ウルソンは軽く頭を抱えた。
「はぁ……なんと……欲のない方なんだ」
「はい?」
「それでこそ、”伝説の令嬢”……もとい、”聖女”なのですね! この世は欲まみれですから、あなたのように恵まれた待遇で贅沢三昧できる身分なのに、何もお望みになられない、その高潔さは、聖女様だと」
目を輝かせて、ウルソンは私に力説した。
ハハハハハ。はぁ。
笑う気力も出てこない。私は高潔でも何でもない。望みが変わっていないだけなのだ。
「……そんなに素敵なものではありませんわ。私の一番の望みは叶いません。その努力すらできないほど、遠くへ行ってしまいました。ですから、もう望むのはやめたんです。そういうことでしたらきっと、……私は世捨て人としての意味で、”聖女”なのでしょう」
「そんなことはありません。きっとあなたの望むものが、この世にもあるでしょう。再び訪れます」
「そうでしょうか?」
「ええ、必ず。あなたの瞳には強い意志があります。その光が、あなたに、本当にあなたが望むものを引き寄せてくれるはずですよ。その時には、決してその機会を逃してはなりません。必ず叶えてください。それがきっと、鏡から出てきたという意味なのです」
魔法を扱う者は、同じことを考えるのだろうか? 私の頭に、あの時の鏡の声が響いた。
『その機会を逃すな。必ず叶えろ』
鏡から出てきたことに意味があるのなら。
リアンの願いを叶えることが、私の一番の望みなら。
それは私の願うもの。願うこと。
どんな内容であろうと、私は叶えられるはずだ。
「……ありがとうございます。肝に銘じますわ」
「嬉しいです。あなたのような方と出会えて、本当に嬉しく思います。ソフィア様。とてもお美しく、凛としていて、……ノア殿の名前を本当に愛おしそうに呼ぶ。とてもお可愛らしいです」
「えぇと……はい、ありがとうございます?」
「私も……あなたの信奉者となってよろしいですか……?」
正直、やめてほしい。
だが、正面から嫌がるわけにもいかない。何しろ、隣国の王子なのだから。
ウルソンは目をキラキラさせながら私にさらに訴えた。
「魔法をお持ちでないと知り、正直、がっかりいたしました。でも、なくても私の妻にはなることができます。このまま求婚させていただいてもよろしでしょうか?」
「そ……それは……その……」
ちらりとキースを見ると、本当に完全なる無表情を貫き通し、信じられないことに、まるで聞いていなかったかのようだ。認めようキース、君には側近の素質がある、アンソニーにそれを伝えて昇進できないか聞いてあげよう。リアンと親しいから同時に勤務はできないだろうが、交代ならできる。層が厚い方が国のためにはいいだろう。
だから助けて。
だがキースはこちらには興味がなさそうだ。
あぁそうですか。身から出た錆だと。そう言いたいんですね。でもアンソニー殿下だって酷い話だよ! 私に幸せになって欲しいとか、手助けするとか言ってくださってる割に、魔法の調査を勝手に依頼したりして、私は鏡の魔力をなくしてしまいたいのに……
「私は……ピアニー家のある、この国を離れたくありません。お申し出は嬉しいのですが、もう二度と……一族の助けになれない状況にはなりたくないのです。申し訳ありませんけれど、お友達でいさせていただきたいですわ。こうして、時にお茶を飲みにいらっしゃってくれるなら、喜んでお会いしとうございます」
「いいのですか!」
「はい。もちろんです」
私が微笑むと、ウルソンは感激したように私の両手をガシッとつかんだ。
「このような一信奉者にも、そのように言っていただけるとは……! あなたに鏡の魔力がないことを、国に帰って伝え、周知させます。各国会議で、あなたの姿を知らない方からは、色々言われているのです。それで、アンソニー殿下も、私に魔力の検証を正式に願い出てくれたわけで。そうしてくれれば、アンソニー殿下が偽証しているわけでも、あなたを秘匿してるわけでもないことが公に証明できますからね。アンソニー殿下は先回りして、そういったことをどんどん抑えていっているのですよ! あの方が、あなたという方を国賓として大切に扱っているのがわかります。国政でもお忙しいはずですのに、本当に、ご立派な方です」
ウルソンは感心したように手を胸に当てた。
私は話を聞いて目が点になった。
何? 私の魔力を部外者がチェックすることで国の信頼が確保されるって? 聞いてないよ?
……だから! 最初に! それを言っておいてよ! あのたぬき王太子!