表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡の中  作者: 霞合 りの
第十三章
105/154

105 待ったなしの日

見合いの当日になって、リアンが急に駄々をこね始めた。すでに着替えて準備万端でいるのに、だ。


「僕は……やはり、そんなつもりになれません」


リアンは、部屋に入ってきて開口一番にそう言った。


「帰りましょう、ソフィア」

「待て待てリアン。さすがに二人とも帰ったりなんかしたら、殿下の面子が丸つぶれだ。それでもいいのか、側近として?」


部屋で先に待機していたキースがリアンの肩を叩いた。


「そんなに自信がないのか、リアン? 普段もそう着ない礼装だ、かっこ悪いと思うのはわかるがな。俺は悪くないと思うぞ、うん」


言ったキースを、リアンは不満そうに睨んだ。


リアンは、今日はそれは見事な側近の礼装でドレスアップしていた。輝く金モールに純白のコート生地に銀糸の縫取り、それに前髪を丁寧に撫でつけ、それはもう見事な紳士だ。


「まぁ、リアン、大丈夫よ! リアンは充分魅力的よ! 言ったでしょう、優しいし頭もいいし礼儀正しいし、……踊りも上手だし。いつだってうっとりするほどかっこいいわ。慣れないとめったに見せないけど、笑顔だってとっても素敵よ。だから笑顔を見せるのよ! リアンの笑顔は大好きだもの」


私が励ますと、リアンは頬を染め、つまらなそうに顔を背けた。


「そうですか。僕も……あなたの笑顔は大好きですが、僕は、僕以外の方に見せて欲しいとは思いませんけどね」

「まぁ! そうなの?」


私が驚いて叫ぶと、リアンも驚いてしどろもどろに頷いた。


「え、ええ、……そうです」

「初めて聞いたわ。私の? 普通に? えーとその、ほら、なんていうか、……人間として? ”伝説の令嬢”じゃなくて?」

「当たり前です。ソフィアは”伝説の令嬢”である前に、一人の女性でしょう?」


投げやりな口調のリアンを物ともせず、私は思わず振り向いた。


「……ねぇ! キース様、聞きました?! リアンったら、私の笑顔が好きなんですって」

「あーはいはい、聞きましたよ、聞きました。で、いつまでそのイチャ……えー、茶番が終わるのを待てばいいんですかね」

「茶番って? 失礼ね、キース様ったら」


うんざりした表情のキースに、私はムッとしながらも、リアンに笑顔で振り向いた。


「リアンは何も言ってくれないから、わからなかったわ」

「そう……でした?」

「ええ。踊るのは好きだと言ってくれたけど、それだけよ」

「僕が……あなたを好きではないと?」

「もちろん、嫌われてないのは知ってるわ。でも普通に好かれてるなんて、思ってなかったから。今わかったわ」


そうなると、もしかしたら、呪いが解けても、すぐには家を追い出されたり、そばに寄るなと言われることはなさそうだ。


リアンが目を丸くした。


「今?」

「ええ」

「じゃ、今まで、僕がソフィアにしてきたことは何だと?」

「何って……ニコラスフリーク? あ、”伝説の令嬢”フリークだったかしら? だったから、お世話してくれて」

「ちが」


コンコン、とドアの音が響いた。


「王太子殿下がいらっしゃいました」


執事の声が届くとともに、颯爽とアンソニーが入ってきた。それなりの礼装が目に眩しい。さすが王太子。笑顔も爽やかだ。


「申し訳ないです! 遅れました」

「アンソニー様」

「今日は王宮までご足労ありがとうございます。用意は出来てますか? リアン殿も、ソフィア様も?」


そこまで言って、アンソニーは一瞬言葉を止めた。


「なんともまぁ、……お美しいですね、ソフィア様!」

「あら。ありがとうございます。リアンも、そう思う?」

「とてもお似合いだと思いますよ」

「さっきは言ってくれなかったじゃない?」

「言いそびれました」


不機嫌そうにリアンは言った。よほど見合いが嫌だったのか、自信がなかったのか……私にドレスが似合うと言いたくなかったとか? 私にも自信を無くさせて、アンソニーの面子を潰そうと……まではしないか。


今日着ているのは、何を隠そう、以前リアンが作ってくれたものだ。舞踏会デビューの時に、どさくさに紛れてデイジーとヴェルヴェーヌがしれっと予算に組み込んだドレスだった。


派手ではない落ち着いた淡いピンク色に、金糸と銀糸で花の縫い取りをし、その上に、柔らかい真っ白なシフォンレースが重ねられている。胸元はピンク色のレースと、金糸のレースで縁取られ、上品な仕上がりだ。アップにされ耳にかかる金色の髪と、それをまとめるピンクの宝石を使った髪留めと、耳飾りが上手く調和をとって、豪華になりすぎないようになっていた。


「ピンク色って似合わないと思ってたんです。ヴェルヴェーヌがあまりに勧めるから作ったけど……着づらくて」

「あぁ、そういえば、濃い赤や緑や青、水色なんてありましたが、ピンクは見たことがなかったですね。リアンの趣味かと思っていたんですが……ソフィア様の趣味でしたか」

「リアンの趣味は赤いドレスだけですわ。あれは私も気に入っておりますけど、夜会用ですもの。昼間のお見合いに着るドレスに新しいのがなくて。さすがに隣国の王子をお迎えするのに、どこかで見たことがあるものは着られませんわ」

「作れば宜しかったのに。それくらいはこちらで出しますよ?」

「まさか! アンソニー様のお手を煩わせるわけにはまいりませんわ」


これ以上、世話になってたまるか。そういった気持ちは伝わったと思う。アンソニーはひどく楽しそうに笑っていたから。


ひとしきり笑い終え、アンソニーは私に手を差し出した。私は促されるまま手を載せ、手の甲に挨拶の口づけをするに任せた。


「ご両者、いらっしゃっています。私はどちらも参加できません。大変申し訳なく思っております」

「面白がっているでしょう、アンソニー様?」

「酷いことをおっしゃいますね」


アンソニーがにこりと微笑む。本当にね、アンソニーったら、何を考えているんだろう? こんな曖昧な気持ちのままで、呪いも残っているのを知っているのに、どうして?


「……構いませんわ。アンソニー様がなすべきことをするまでです。きっと必要なことなのでしょうから」

「わかっていただけで何よりです。準備はよろしいですか」


私は頷いて、リアンにも促した。


「ええ、もちろん。……リアン?」

「え? えぇ、はい……」


アンソニーがぎょっとした顔でリアンに向く。あまりにリアンがぼうっとしている。


「大丈夫か?」

「大丈夫です」


その時、キースが空咳をして発言した。


「リアン様はちょっと混乱しているようです、殿下。おそらく、お会いすれば大丈夫でしょう」

「そうか、わかった。キースも、ソフィア様のエスコートをお願いしてすまないね」

「いいえ。名誉なことです。隣国の王子にお会いできるのですから」

「頼もしいね」


アンソニーが楽しそうに笑った。


和やかな控室だった。でも私は急に不安になった。


そういえば、リアンはさっき、違うと言いかけた。


何を言おうとしていたんだろう?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ