104 期待の形
「あぁ、替えのきく妻でしたっけ?」
私が言うと、アンソニーは笑みを深くして丁寧に弁明した。
「それはもう認識が間違っていたと認めたではありませんか」
「そんな方から紹介されるお相手なんて、どうも胡散臭いとしか言えませんわ。どうせ、わたくしの肩書きだけが気に入っているのでしょう?」
「彼は確かに”伝説の令嬢”に憧れていますよ。でもそれだけじゃない。かの国は魔法に長けています。呪いの鏡のことも尊重し、きっと研究してくれるでしょう。それに、えーと、あなたは贅沢ができますよ」
魔法? 私が思わず目を見開くと、ニヤリと笑ったアンソニーと目があった。私は渋々答えた。
「贅沢には興味はありませんけど……」
「魔法には興味がありますよね?」
それは確かにそうだ。鏡の”呪い”を解く約束をしてしまったのだ。情報は欲しい。だが、婚約する必要があるだろうか。でも会ってみて損はない。
「アンソニー……あなたは……酷な方だ」
リアンが小さく呟いた。
「そうかい?」
「僕が反対できるはずのない人を選んでくるなんて」
「当たり前じゃないか。君が無心で向き合える相手じゃないとね」
ハッ、とリアンは笑った。随分と嫌な笑い方だった。私は心配になり、リアンにそっと声をかけた。
「リアン、お相手が気に入らないのなら、正直に言ったほうがいいわ」
「あなたはどうなんです?」
「私は……えぇと……どうかしら? 会ってみないことにはわからないわね」
今度の人は王子だもの、どうせ見合いと称して何かあるんでしょう? 少しくらいは見合い要素があってもいいんじゃないの? リアンにはちゃんと見合いなのに。
今度は、夏離宮どころじゃなくて、ニコラスとの国境のロマンス逸話を求めてくるかもしれない。でもニコラスと外国なんて旅行したことはないし……言い逃れはきっとできるはず。
リアンが不安そうにつぶやいた。
「どちらにしろ、王族ですし、会わないわけにはいきませんしね……」
「そうねぇ……素敵な方だといいわね」
無理なことを言ってくる人じゃないといいけど。
私は絵姿を見ながら考えた。
ニコラスフリークじゃないなら、それで充分な気はする。そうしたら、”伝説の令嬢”が気に入ってるだけかもしれないし、そもそも見合いするだけでハクがつくのかもしれない。夏離宮の話を私からするようにあとでアンソニーに言われるかもしれないし、単に彼らは伝説にかこつけて自由になるお金が欲しいのかもしれないし、頓珍漢にも二代目”伝説の令嬢”にはぜひ我が国の姫を、なんて言われるかもしれない。
私の考えはぐるぐる回って尽きなかった。
なんにせよ、私には思いも及ばないような、面倒な任務をさせるのはやめて欲しい。特にアンソニー。
でも前に、外国でも人気だと言ってたわね。だったらやっぱり、夏離宮の話かしら。本当に、ニコラスってなんなの……
そこで私はハッと気がついた。
ニコラスと国境に行ったことがあったわ!
……ええ、そうよ、課外授業であった気がする。国境の視察に行ったのよ。実際に検問所で話を聞いたりしたんだった。まさか、その話を無理にねじ込んでくるかも。どこの国境だったか忘れたけど、逆に、それが必要だったりして……
こんなことで結婚とか勘弁だわ。断固、拒否したい。
私が唸り声をあげそうになっている時、リアンが不意に言った。
「ソフィアにとっては……いいお相手だと思いますよ。あなたが良い結婚相手に巡り会えることを願っています」
「……ありがとう?」
リアンは、自分はともかく、私の話には乗り気のようだ。もしくは、……アンソニーの言うように、無心の出来事。だったらこれじゃ、リアンが嫌なのかもわからないじゃない。リアンが喜ぶことすらわからないのに……
私はハタと気付いた。
でも、考えようによっては、リアンが無心なら、このお見合いには私の意志が通る。リアンが私を結婚させたくても、私は結婚しなくて済む。ビバ無心! でもその時には、リアンに嫌われてしまうだろうな。そうしたら、今までみたいにそばにいさせてくれなくなるかも。その時にはメイドにでもならなければ……
私は正しい道を選ばなければならない……でも、何が正しいの?
「では、このお二人とも、この見合い話を進ませていただきますね」
アンソニーは本当に意地が悪い。この見合いを断れる人がいるのなら、教えて欲しい。私がちらりと軽く見ても、アンソニーは穏やかな表情を崩しもしない。
「ええ、……アンソニー様のお心のままに」
どっちにしろ、詰みだ。私にはわからないんだから。
リアンはどうするのかしら。結婚は諦めたと言っていたけど、本当はしたくて……こんなにお相手の写真を見ているんだもの、きっと嬉しいんだわ。確かにとても素敵な方だから。
不意に、心臓がズキリとした。
嬉しいのは、いいことじゃない? なのに、なんでだろう、胸が苦しい。
リアンがすぐにでも結婚できることなんて、わかってたことじゃない。その上で、私は私の意志でリアンのそばにいたいのだし、結婚したくないのだし、リアンを守りたいのだ。リアンが誰と結婚しようと、関係ない。
ええ、別に期待なんてしてませんとも。
私とリアンはぎこちなく視線をそらした。
アンソニーとキースが困ったように視線を交わしたのを、私は気がつかなかった。