103 これはまったくプライベートな訪問
第十三章になりました!
よろしくお願いします。
自分の気持ちが決まったからといって、すっきりと毎日が送れるわけでもない。
「これは全くプライベートな訪問だよ?」
アンソニーは言ったが、私は全く信用していない。
リアンもキースも従えて、ラフではあるけどそれなりな格好で、わざわざ私を訪ねてくるなんて。
鏡と話して以後、私は妙にすっきりした気分で過ごしていた。鏡とは話していないけれど、アンソニーと話したこと、そして鏡と話したことで、私の考えは決まったからだ。
リアンの願いの叶え方はわからないけれど、それができたら、呪いの鏡をなくすこと、すなわち無力にすることを、鏡と約束したのだ。鏡と話すには、どうやら月の周期が関係あって、いつも話せるわけではないらしいので、新しいことは話していない。でも、鏡は方法を知っていて、私はそれを実行するだけだとすれば、話は早かった。
その話をいつするべきなのか、考えていたところだった。後ろ暗さもあり、アンソニーには、鏡について問い詰められるのかと思ったが、そうでもないらしい。
「なんですか? チャーリー様からのお手紙ですか? お茶会のお誘いですか?」
アンソニーは私が問い詰めても、ニコニコと微笑んだまま、優雅に手を述べた。
「ううん。リアンもそこに座って」
「僕も?」
「うん」
ニコニコの加減が非常に胡散臭い。見目も良くて聡明で人気のある王太子殿下であるはずなのに、私にとって、アンソニーのニコニコは嫌な予感でしかない。私にとって、だけでなく、そう、この場のみんなにとって。
だってこれは愛想笑いだ。どうしてキースも同じ笑いをしているのだろう。胡散臭すぎる。
リアンが私の隣に座った。心なしか、少し顔が青い。
「リアン……大丈夫?」
「え? あぁ、うん……」
リアンも嫌な予感がするのだろうか。返事もおぼつかない。
「それでね。よろしくお願いしますね」
「何をですか?」
「うん。二人に見合い話があるんですよ」
「見合い……?」
私はリアンと顔を見合わせた。
一体どういうこと?
「これです」
差し出されたいかにも高級そうな豪華な冊子は、二冊あった。
これがプライベートな訪問? 何言ってんの? どう見たって、これ、お見合いの釣書だよね?
「どうぞ?」
王太子に言われてしまえば、手に取らないわけにはいかない。
私もリアンも、それぞれ差し出された釣書を自分だけで開いた。
「どう? いいと思うんだけど」
いいかどうかって? 王族のプライベートは隣国の見合いの釣書片手に遊びに来るわけ? 百歩譲ってプライベートなお見合い話って、ギリギリ近所のお兄さんがこの子どうかなって、酒を片手に話にやってくるってレベルだ。こんな公式の釣書を持ってきておいて、いいも悪いもない。どう考えても国の話じゃないの。
私はアンソニーを張り倒したくなったが、それは諦めるしかなかった。手には釣書を持ってるし、相手はプライベートとはいえ、王太子なのだ。次の国王だ。一介の国民が張り倒せるわけがない。
「リアンには南の隣国の侯爵令嬢のお話が来ているんだ。ソフィア様には、東の隣国の王子からね」
リアンをちらりと見ると、リアンは珍しく困った顔をしていた。
「どんな方なの?」
絵姿を見せてもらうと、勝ち気そうな瞳に輝く美しさ、リアンにお似合いな、聡明そうな令嬢だった。
「わぁ……!」
私が歓声をあげると、リアンは呆れたようにため息をついた。
「あなたがお好きそうだと思いましたよ」
「友達になれるかしら?」
「さぁ?」
リアンは首を傾げただけで、アンソニーに向き直った。
「でも彼女とは以前、一度お会いして、話はなかったことになったと思いますが」
「うーん。それがね、手違いだったみたいなんだ。彼女はあのお見合いの時も、君が気に入ってるみたいだよ、リアン」
「まさか」
「まぁ! 素敵ね、ロマンスだわ」
私は思わず言ったが、アンソニーは見事に無視してくださった。
「リアン、こないだから君はお相手探しをしてたわけだけど……もう自分で探すのは諦めると言ってたね。それで、私は考えたんだよ。君は誰でもいいと言っていたし、向こうもそれでいいと言ってくれている」
アンソニーの言葉が引っ掛かり、私は口を挟んだ。今度こそ本気で。
「まぁ、アンソニー様、誰でもいいとかそれでいいとか……愛は大切ですわ」
アンソニーは肩をすくめた。
「リアンがそう言ったんだよ。これから育てるんだ。リアンは女性が苦手だからね」
「そう……ですわねぇ。でも、リアンって、女性が苦手なのか、そうじゃないのか、さっぱりわからないんです。私が意識されてないだけなのかもしれないんですけど」
「へぇ? そうなんだ?」
アンソニーがちらりとリアンを見て、少し笑った。リアンは不愉快そうに目をそらし、私に向いた。
「ソフィア……愛が大切って?」
「アンソニー様はお飾りの王太子妃をご所望だったので」
「お飾りではありませんよ」
私の言葉に、アンソニーはにこりと微笑んだ。なので、私も負けじと微笑んだ。