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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十二章
101/154

101 再び響く声

目が覚めたのは深夜で、部屋は静まり返り、月明かりもか細かった。


夢……何だっけ、鏡が……


考えたが思い出せず、私はもそもそと起き上がった。


そう、鏡のことよ。何はともあれ、鏡なんだから。


ベッドの下に手を突っ込むと、固い本の手応えがして、私はホッと息をついた。逆さまになって覗き込むと、書庫から無断で持ってきてしまった本が積まれているのが見えた。


私は本を一冊ずつ引き出してベッドの上に広げ、バラバラとページをめくった。五冊ほどを、前回読んだ部分から始め、少しずつ斜め読みする。


せめて、呪いの鏡への、願いのかけ方の仕組みについて、記述を見つけられるといいんだけど。


私は考えながら読み進めた。起きる直前まで見ていた夢の影響か、少しイラついていた。選ぶって何をだろう。鏡の中に戻ること? 鏡に依存すること? 呪いを甘んじて受けることなら、私は選んでいるけれど、それはどちらも不可抗力で、そこには決して、意思はない。


「あー、どこなんだろ」


私は読み終わった一冊をベッドの端に軽く投げた。


影響は書いてあるけれど、具体的なことは書いてないものばかり。


でも大きな願いを叶える鏡は自ら話すことができる、と書いてあるのは共通だった。他の術具にはあまりないことらしい。だからこそ、この中に誰かいるのではないかと言われてもいるようだ。鏡の向こうの世界、とか。


誰かって誰よ。


私は鏡をちらりと見たが、人がいるなんて考えたくない。かといって、あの時、鏡そのものが話していたかと言われれば、人がいてその人が話していたと考える方が納得がいくけれど。


あの時、私はどうやって鏡に願い事を言ったんだっけ。鏡を拭いて、ううん、鏡の枠を拭いたんだったかしら。


ふとまた目を向けると、鏡がキラキラとして見えた。


もしかしたら、話しかけたら答えてくれるのでは?


私は立ち上がり、鏡に近寄ると、恐る恐る手を伸ばして鏡の縁に触れた。冷たい。


「……鏡?」


私がつぶやくと、鏡はかすかに煌めいた気がした。


”願いを叶える話はどうなった”


うわ。返事した。


「頑張ってるわ」


私は言いながら、ホッとしているのを感じた。ようやく話せる。でも一体、何を?


”自分で気がつかんのか。とっくに、答えは出ているというのに。あとはお前が当てるだけだ”


「何……? すでにわかってるっていうの?」


”だと見受けられるが。それとも、お前だけの話か?”


「私……?」


”では聞こう、お前がしたいことは何だ?”


私のしたいこと? それは……、それなら、確かにずっと思ってきたことがある。だけど、


「本当に……望んでいいことかわからないわ」


”この”呪いの鏡”の前で、それを言うのか?”


確かに。望んではいけないことでさえ叶えてくれる、それがこの鏡の原点だったはずだ。


私は意を決し、鏡を見つめて言った。


「呪いの鏡を……なくしたいの」


すると、かすかに鏡が笑った気がした。その人間臭さに、私は少し身震いした。


”……それが望みか”


「あなたをここに置いていてはいけないと思ってる。私が出てきたことで、あなたは”伝説の象徴”から、”魔法道具”に成り下がってしまったのだから。あなたを置いて、私は先を歩めない。ここでの人生を終わらせることなんて、できない」


”そう思いつめるな。我を置いておくと、いいことがあるぞ。願いが叶う。それに、我を壊したところで、今までの呪いは解けぬ”


「もちろん、鏡が壊れたところで呪いは解けないけど、少なくとも、これ以上呪われる人はいなくなるでしょう」


”今後、助かる人間がいるかもしれないというのに?”


私は頷いた。


「ノアのように助かる人もいるでしょうね。でも、それよりももっと、私のように不幸になり、そしてそのために呪われた司書さんのような人がいるのでしょう。これ以上、犠牲は増やしたくない。そもそもなんで願った方が呪われるのか、そのメカニズムがわからない。鏡、あなたは誰かを恨んでいたの? 憎んでいたの? だから鏡から呪ってるの?」


”我は鏡だ。相手の心を反映するのみ。我に意志はない。もうお前の願いは叶えなくていいのだな”


「私自身の願いなんて、……叶えたいことなんて、ないのよ」


リアンが幸せになれるなら、それが私の願いだ。


「もちろん、願い事は、リアンの呪いが解けることよ。一番の願い事を叶えるまで、鏡と繋がってしまう、その縁が無くなって欲しい。でも、それはできないのでしょう?」


”確かに、それは無理だ。だからこそ、お前はその願いを叶える存在だ。そしてお前は、叶えてやりたいのではないのか?”


私は俯いた。鏡は鏡。否応なく、私の心を映すのだ。そして私は、取り繕うことができない。


「でも……わからないのよ……それに、リアンの願い事なんて、叶わなくてもいいの。知らなくていいのよ」


”なぜだ?”


鏡の問いに、私は答えられなかった。それは私のエゴだから。


”まぁ、我もいい加減、充分に職務を全うした気がする。そもそも、百年は何もしていながな……お前をいさせるだけで、つまらん百年だった”


「でも平和だったでしょ?」


”それが好みとは限らん”


「それじゃ、戦いが好きなの? 人の願いを叶えたいの? そうは思えないわ」


”無論、叶えたいわけではない。そもそも、人の願いには興味がない”


「それならどうして……」


”それは我がそのように作られたからであり、意志を持つものではないからだ。呪いが反映されるのは鏡だからであって、そこに意志はない”


では、話すことができるのは、やはり、魔力が多いというだけの”能力”で、人が犠牲になったわけではないのだろうか。私は疑問に思いながら、ため息をついた。


「そうなの……私、誰かが中にいて、その人が意志を持って願いを叶えているのだとばかり」


”意志があったなら、全ての願いを叶えることなどしない。どちらかに偏るものだ”


確かに。そういえば、他の魔法書に書いてあった。だから、中に人がいる説に賛否があるのだということも。だとしたら、どういうこと? いるの? いないの? 鏡は、なんなの?


「でも、それなら、なぜ……私の質問に答えてくれるの? 意志がないのなら、そんなことできないはずよ。願いを叶えるのは鏡の”仕事”で、そこに感情を挟むことはできない……でも、それ以外なら、……鏡と繋がって呪われた私なら、あなたの”意志”で話ができる。そういうことなんじゃないの? それなら、中に……誰かがいると仮定しても、不思議はないわ」


そうだ。鏡はただの”魔力の集まり”じゃない。意志のある”魔力”だ。それは結局、人の意識に近いもの。その存在を知らなければ、できないことなんじゃないかと私は思ったのだ。


”ならば、その仮定を言ってみるが良い。”調べたのだろう、”伝説の令嬢”よ。我がどのようにして出来上がったのか、記述はなくとも、仮説は立てられるはずだ”


「あなたに言ったところで……合っているかどうかわからないでしょう?」


”我に記憶はない。だがこの鏡の中に記録はある。今のお前の望みは、我が叶えることができない。お前の望みを叶えるには、お前自身が全てを解明する必要があるからだ”


「私が……解明する?」


”そのために、我が『それ』を望んだものに、方法を伝える。お前の仮説が必要だ”


鏡の言う『それ』とは『呪いの鏡をなくすこと』だ。”方法を伝える”ということは、鏡は破棄の方法を知っているということになる。最初から。


最初から?


鏡を作る時、この状況を予想していたということだろうか? 誰かが切実に、この鏡にそう願うことを。誰かが鏡をなくしたくなることを。そうやって作るものなのだとしたら、破棄についての文献がないのは当たり前だ。答えはすべて、鏡の中にある。


”さぁ、仮説を”


鏡の声の、抑揚のない響きが広がった。それ以外を許さない強さがあり、私は心を決めて口を開いた。


「あなたは……かつて人だった……」


言いながら、私の背筋に冷や汗がじわりと吹き出た。


言うのが怖かった。言ったことが合っていたら、鏡に殺されるかもしれない。もしくは、間違っていたら。それだけの力を持っているのは、実証済みだ。


「人で、……魔法使いで……、強大な力を持っていた。だから、この鏡を作ったの。でも、だから、……だけど? 望まれた”鏡”の能力には、とにかく強大な魔力が必要だった。そこらにある力だけでは足りず、何人もの犠牲が必要だった。でも、そんなに犠牲があったような事件は、これまであったことがないから……もしかしたら、その誰かの、たった一人で足りたかもしれないわ。鏡を作った魔法使いの魔力、すべて使ってしまえば、作ることができるような……そんな鏡だった。犠牲が一人なら、秘密で作ったのなら、事件にならずに、あなたを作ることができる。だからきっと、あなたは誰か一人の”魔力”でできている。だから、その言葉は、……魔法使いの意志を継いでいる。私は、そう仮説を……立ててるの」


私は話し終え、言葉を切って鏡の言葉を待った。心臓がバクバクと音を立てている。まさか、何も言われずに命を吸い取られるとか、そういうことはないよね?



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