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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十二章
100/154

100 いつも言えないのは本当の気持ち

デボラの寝息が規則正しくなって、私はホッと息をついた。目を上げると、リアンと目が合った。


「……眠ったようですね」


リアンが言い、デボラの額をそっと撫でた。そして、立ち上がると、私の手を取って、あれよと言う間に部屋の隅にあるソファに向かった。私の気持ちが追いつく暇もなく、リアンは私をソファに座らせるとお茶を淹れ、隣に座った。


乳母が来るまで二人きり……正直近い。デイジーが見たら怒りそう。ううん、ヘンリーの方が怒るかしら? どのみち、怒られるのは私じゃない。ブルータスすらいないんだから、うちの使用人達は何してるのかしら。


「環境が変わって疲れていると思ったのですが、……案外元気でしたね」


リアンがホッとしたように微笑んだ。


ええ、そうです。思い出しました。デボラのために、できるだけ人数を減らそうとしていたのでしたね。


私は頷いた。


「そうね、よかったわ。きっと大丈夫よ。何しろ、デボラは、チャーリー王子の相手だって、立派にこなしたんだから」

「あぁ、お茶会でしたね。どうでしたか? リドリー殿の妹さんともご同席したと聞きましたが、それ以上は特に話してくれないんです」


まぁ、そうでしょうね。コレットとチャーリーがほぼ喧嘩してたような気がするだなんて、なかなか言えない。しかもそれが、随分と息があって聞こえるなんて。私は思ったけれど、それについては報告しないことにした。


「それは……コレット様が聡明で、そのことに、チャーリー王子がちょっと嫉妬したのよ」


私はかいつまんでその話をした。もちろん、リドリーが私に決まった相手がいるだのなんだの言っていたことは抜いて。デボラが他の令嬢の話をしたところで、リアンは吹き出した。そして、心底楽しそうに笑った。


「デボラったら……! 一体何を考えてそんなことを」

「デボラは真剣だったと思うの。一緒に聞いていたアンソニー様も笑ってらしたわ。ご自分と同じく、チャーリー王子も通る道だって。アンソニー様もそうだったのかしら?」


だからあんなひねくれた性格に?

いや、きっと女性には誠実なんだ、私が”友達”で”使える令嬢”だからあんな態度なのであって……


すると、リアンは少し考え気味に答えてくれた。


「アンソニーは、昔はとても繊細でしたよ。ニコラス賢王の再来と言われ、聡明でその素養があり、幼い頃からとても期待されていましたから。そうやって、のせられもしましたが、貶められもしましたしね。おかげで、兄や僕、幼いノア含め、友人は少数で、警戒心がとても強かったんです。最近は吹っ切れたのか、先が見えるようになったのか、かなり政治への関心は高いですが、それでも、ギリギリまで、なるべく離れていようという意志は見られます。ですから、陛下があなたの件をアンソニーに任せたのは驚きでした」


思えば、ワグレイト公爵邸へ、私に会いに来た時はすでに、そういう話が付いていたのだろう。王太子として、”伝説の令嬢わたし”の件を丸く収めるように、と。


だから魔法も調べたし、私を気遣ったのだ。もちろんそれは、リアンなしには考えられないだろう。自分の右腕となってほしい、信頼する”腹心の友”であるリアンが関わっているから。


「なるほど……それでわかったわ。腹をくくったのね。私に自由に生きてほしいって言ってたもの。今は”伝説の令嬢”としてすべきことがたくさんあるけれど、それが終わったら、何してもいいって。私の選択を尊重して、リアンのメイドになってもいいっていうのよ! 私、なってもいいかしら?」

「嬉しいですけどね……それこそ、僕の婚期が遅れます」

「あら、どうして?」

「僕が……結婚したくなると思いますか?」

「でも、その気なんでしょう? だからお茶会だって、舞踏会だって……」

「いえ。もうやめました」

「え?」


私は顔を上げてリアンを見た。端正な横顔がぼんやりと見える。どうも目がおかしいようだ。目を瞬かせてみたが、無駄だった。リアンの表情がよくわからないほど、私の目は霞んでいる。これはおそらく、頭を使ったせいと、鏡の呪いのせいだ。これはリアンの願いを叶える前に、私、死んでしまうかも?


「……あまり言いたいことではなかったのですが」

「何?」

「お茶会に参加するのをやめます」

「あら……それじゃ、舞踏会に専念するの?」

「いいえ。諦めようと思います」


リアンのきっぱりとした物言いに、私は驚いて反論した。


「諦めるにはまだ早いわ」

「成果が見られませんので。結局、あなたへの話題提供が関の山です」

「……そう?」


確かに令嬢たちの話は面白いと思っていたことは認めよう。でも、仲良くしていたようなのに?


「ソフィアもわかっておいででしょう。僕は代理でアンソニーのお相手探しをしていると言われているんですよ。アンソニーには頼むぞと笑われるし……キースだって笑っていましたよ、同じ話をしているのに、どうして僕だけがそう取られるのだと。キースは自分の相手探しだとちゃんと思われているのに」


私は首をひねった。


「……アピールが足りないのかしら?」

「かもしれませんね。とにかく、……やっぱり、これ以上は無理なのだと」

「どうしてかしら。リアンはこんなに素敵なのに……結婚相手には申し分ないと思うわ」


すると、リアンはため息をついた。


「そうですか」

「なんでみんな気づかないのかしら?」

「あなたはどう思っているんですか?」

「どうって……リアンが本当に結婚したくないのなら……それなら、しなくても、……仕方ないのかもしれないけど」


そもそも、爵位を継いだって、独身主義の人は多数いる。デボラがいるし、血縁者もそれなりに優秀な人がいるのだから、そこまで気にしなくてもいいかもしれない、と私は考えを改めた。もしかしたら、それが一番の願いなら、私が同意することで願いが叶うかもしれないわ。


「前にもあなたは言っていたものね。デボラだって勉強を始めたし、かなり吸収は早いみたいだもの。きっと彼女が継いでも、良い領主になれるでしょう。それが無理なら、別に養子を取れば済むのだし」

「では、僕が爵位を継がずにいても、失望しませんか?」

「そんなことはないと、前にも言ったはずよ。爵位を継いでも継がなくても、リアンはリアンだもの。あなたこそ、私が”伝説の令嬢”ではなくなったら、興味なくなるのでしょう?」

「それこそ、僕も前にも言ったでしょう。どこにいたって、僕はあなたを見つけますから。あなたはあなたです。今、目の前にいるあなたが全てです」

「そしたらやっぱり、私はメイドになっていいの?」


すると、リアンはあははと笑った。珍しい。


「それなら、僕は執事になりましょうか。前に、あなたが僕に似合うとおっしゃっていましたから」


そんなこと言ったかしら。


「リアンが? 執事? ……なんだか頼りになりそうね……」


すっごい厳しそうだけど……


リアンのそばにいられるのなら、それでもいいかもしれない。鏡の願いを叶えることはできないかもしれないけど……いいえ、それではダメなんだわ。リアンには未来があって、もっと出世して、素敵な家族に囲まれるんだ。それがリアンの幸せなんだから、……私が足かせになってはいけない。もっとも、それは願い事とは別だ。まさか不幸になりたいだなんて、思ってるとは思えないから、当面はそれを進めながら望みを探っていくしかない。


「でも、リアンはアンソニー様の側近だもの、すでに同じようなものでしょう?」

「全く違いますよ。王宮にはあなたがいませんから」

「まぁ、それじゃ、私と職場を同じくしたいってことなのね」


それがリアンの願い事? 逆に王宮に侍女として入ったほうがいいの? それともむしろチャーリーと結婚したほうが?


どちらにしろ、同じ職場なんかになったら、それが望みなら呪いが解けるし、違っていても私のできなさっぷりにがっかりするだろう。まぁ、がっかりなど今までいくらでもしているだろうけど。


「それなら、もれなくリアンは私に失望するんだわ。もう何回させてしまったかしら?」


リアンが目をパチクリさせた。


「失望などしたことありませんよ?」

「そう……? それじゃ、これからね。これから、きっとするわ」

「することなんてないと思いますよ。あなたがそう思う場面はこれまでに何度もあったのでしょうが……、僕には何の問題もないです」


私は目を閉じた。言葉の意味が繋がらなかった。


「何を言ってるのかわからないわ」

「……眠そうですね」


眠くて目がくっつきそう。ううん、もうくっついてしまった。開けられない。


「そうね……もう目があかないわ……きっとデボラと遊び疲れたのね。早く部屋に戻らないと」

「お連れしますよ」


リアンはいうと、私をさっと抱き上げた。


「な?!」


体が軽くなり、驚いて目を開けると、リアンの顔が目の前にあった。


「リアン?! 大丈夫よ、歩けるわ」

「いいえ、ダメです。目を開けられないくらい眠い人が何を言ってるんですか」

「でもね」

「問答無用です」


言うと、リアンはそのまま、私の部屋へ向かって歩き始めた。


その後、おそらく、デイジーの手によって、私はベッドに入った。のだと思う。寝てしまっていたので覚えていないから。


でも、直前まで様々な話をしていたせいか、ひどく曖昧で不安な夢を見てしまった。




脈絡はない。ただ、暗闇の中で、声が響いていた。


『申し分ないのなら、……それなら、どうして、僕を選んでくれないのですか』


鏡が私に、何度もそうやって問いかけるのだった。



100話まで続けることができました!

読んでくださって、どうもありがとうございます!

これからもよろしくお願いいたします。


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