変われない自分、望まれない再開
喇叭に気を使い家を出た水仙。
喇叭とは出会って二日しか経っていない筈なのにまるで兄弟のように気を許してしまっている。
事実、喇叭の行動が自分と重なる事が度々あると水仙自身、感じていた。
だからこそ先程見た喇叭の表情が今の自分を見ている様で耐えられなかった。
水仙も嫌な事や、受け入れられない事があると一人で考え込む癖がある。そしてどうしても辛い時は、感情を押し殺し自分を捨てる。
ーー水仙がそう考える様になったのは水仙の父親、浜匙の存在が関係していた。
浜匙は普段、なよなよしていて頼りなかった。実際、水仙自身浜匙をかっこ悪いと思うこともあった。
だが水仙にとって心に消えない傷を負った日に、浜匙への印象が百八十度変わった。
浜匙の涙を流す姿を水仙は一度も見たことない。
あの出来事があった日も浜匙は泣く姿を必死に息子の水仙に、水仙の母であり妻の楓に、一切見せようとしなかった。
そしてその時、涙が溢れそうな水仙の瞳には何故か、浜匙の背中がいつもより大きく、いつもより鮮明に写っていた。
その背中を見て、もともと菖蒲の前では泣く所を見せなかった水仙だが、その時から泣く姿を誰にも見せない様になった。
それは、喇叭も同じ事だろうと思った。
だからこそ、水仙は喇叭の気持ちを優先し、出掛けた。
そう、出掛けたのはいいのだがーー、
眩しい、人が多い、体がだるい。
もう今すぐにでも家に帰ってゲームしたい。
「喇叭立ち直れたかなぁ、いやもう切り替えられたよな、もういいや、うん帰ろう。でもなぁまだ帰ってもダメだよなぁ。あー帰りたい」
家を出て五分、水仙は葛藤していた。
基本的に用事がなければ家に引きこもっている水仙は、日光が嫌いだ。外にいると人混みに酔いそうになる。そもそも歩きたくない。
考えれば考えるほど嫌なことが思い浮かぶ。
そんな現実から目を背ける為、ひとまず飲食店を探そうと周りを見渡していたその時、正面から見覚えのある顔が二つ近付いてくる。
バイト先の後輩たちだ。
水仙は顔を伏せ、踵を返し、元来た道を早歩きで逃げる様にその場から離れた。
「あれっ?今のって、水仙さんじゃね?」
「マジ?あの人さぁ悪い人じゃないんだけどねぇ、なんか関わりづらいよな」
どうやら気付かれたらしい。少し遠くから後輩二人の間で水仙の話題が上がっているのが聞こえてきた。
後輩たちの会話がさらに水仙の心臓の鼓動を荒げ、体温を上昇させ、一歩ごとの歩幅が広がっていく。その全てがこんな時いつも逃げる自分に追い打ちをかけるようだった。
昔程走れずすぐに息切れする。体が栄養補給を求めている。
結局疲れ切った水仙は、飲食店に入る事を諦め、コンビニのおにぎりとお茶でお腹を満たすことにした。
いつもとなんら変わらない日常の一幕だった。一人では、日常から何も変えられないのだなぁと悲観する。
喇叭がいなくなった瞬間、心許無くなり、弱い自分に後戻りして、代わり映えのない日々が帰ってくる。こんな生活を毎日繰り返していた日常が嫌になる。その現状をどうすることもできない自分も嫌だ。
そんな自分から逃げる様に、水仙はまた歩き始めた。
あれからどのくらい歩いただろうか、ふと顔を上げると、何か目的があって歩いていたわけでは無いつもりが、無意識に見覚えのある場所に来てしまっていた。
昔よく訪れていた秘密基地の周辺だ。
水仙が約束を破ってしまい、次の年からあやめがこの場所に現れなくなり、最近では殆ど足を運ぶことは無くなった場所。
この場所を見ると、あやめの事を思い出す。
不思議と先程までの自責と不甲斐ない気持ちが和らいでいった。
あやめは元気にしているだろうか。やはりあの時ここに現れなかった自分の事を恨んでいるのだろうか。そもそも今更この場所に居るはずがない。
いろんな思いが交錯し始める。だが考え出すと居ても立っても居られなくなり、二人の秘密基地へ足が勝手に進んでいく。
その場所は何も変わっていなかった。
見渡す限りの桜の木々が花びらを散らし、街を見下ろすことができる。そこにポツンと置かれた背もたれのないベンチ。吹き抜ける優しい風が水仙の頬を撫でる。
ただ一つだけ、その代わり映えない風景に前までと違う点があるとすればーー
ベンチに座り、街を俯瞰している華奢な少女、長いサラサラの白髪を腰あたりまで垂らしたその後ろ姿は、眼を奪われるものだった。
水仙は、驚きが隠せない。なぜならベンチで景色を眺めているその少女は、昔この場所でよく一緒に遊んだ親友の姿にそっくりで、
「あやめ?あやめなの、か?」
思わず声を掛けてしまった。その言葉に対応するように少女がゆっくりと振り返る。
少女の一秒にも満たない動作。
それが水仙は、堪らない程長く感じてしまう。
やたら目が乾燥する。頭が真っ白になっていく。心臓の鼓動がうるさい。嬉しさと不安が同時に押し寄せる。
「あなた誰?」
水仙の心の準備を待たないうちに放たれた少女の一言は、あまりにも衝撃的なものだった。冗談なのでは、ないかと疑ってしまう。
怖くて見たくない気持ちで一杯の心を焚きつけ、やっとの思いで顔を上げる。
目の前にあるのは、ただ虚無感で満ちた少女の空しく微笑んだ姿だった。
冷たい風が吹き、桜の花弁を散らしていく。そのいつもの光景が水仙の目には、残酷で美しく映る。
無数に散らされる花弁が長年探し求めていた答えを教えようとしている気がした。




