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一年後の今日君は、死ぬ。  作者: ハコベラ
7/10

見えていた世界、未だ見えない社会

ーー幽霊の名前が半強制的に決まった次の日。


水仙は、病院を退院した。

水仙が倒れたのは日曜日だった為、いつもよく通っている最寄りの病院では無く、少し離れた大きな総合病院に搬送されたのだった。


その為、その周辺の地形も分からない。

思わず、スマホの地図機能を使用する。それでも分からない。水仙は、機械音痴なのであった。


「あぁ〜、そっかここら辺微妙に分かりにくいよね。僕も最初帰るのに苦戦したもんなぁ」


スマホを凝視し難解な表情で立ち尽くす水仙に横から声を掛けるのは、髪色と顔つきが少し優しくなった、水仙の幽霊ーー喇叭だ。


「まぁここら辺は、僕よく来てたし帰り方なら分かるから取り敢えずバス停に行こうか」


そう言うと、堂々と空中をご機嫌に浮遊して進んでいく喇叭。


本人も最初は、びくびくと隠れながら行動していたが病院の中に居る人達が誰一人喇叭に気づいていないとわかるや否や大きな溜息をつき、厄介ごとから解放されたと背を伸ばし悠々自適に空を飛び始めた。


本人曰く、空を飛ぶというのは水に浮かんでいる状態に近いらしい。海とは違い、ふわふわと流される事は無い上に体が楽で気持ち良いそうだ。


見知らぬ景色に新鮮味を感じ、周りを見渡すと、サラリーマンや主婦が街を歩いている。

昔は、ただ綺麗だと思って見ていた街にも人の暮らしがある。

人が集団で生活する事で街が出来る。そして街が形成される事により社会が作られる。

そして、俺はそんな社会が大嫌いだ。


そう考えると昔は好きだったこの風景を見ることよりも家の中で誰とも関わらなくて良い自分だけの世界に閉じ篭ってしまいたいと思う。

子供の頃の事なんて殆どは、曖昧になって自分の中から消えていく。

“あの時”の約束もそうだ。

結局は、俺の勝手な事情であの場所へは、行かなかった。

そして、次の年から彼女は現れなくなった。


あの子は、元気にしているだろうか。

そんな事を考えているうちにバス停に着いた。

バスを待つ幽霊の横顔は何故か物悲しそうだった。その憂いを帯びた表情は、先程までの無駄に明るい顔とのギャップが相まって息苦しそうにすら見える。

水仙は、それについて聞きたいと思ったが後一歩のところで踏み止まる。

誰にでも触れられたく無い過去は、有るものだ。

それが水仙にとっては、九年程前の“あの時”でーー


“あの時”のことを思い出すと水仙まで表情が暗くなってしまう。二人共の表情が曇っていた。その雰囲気を澱んだ空がさらに重くする。

しばらくの沈黙の後、バスが到着する。


「どうかしたの?大丈夫?バス行っちゃうよ?」


先程までの表情が嘘だったかのようにいつもの穏やかな顔に戻っていた喇叭が水仙の顔を心配するかのように覗き込む。


「おっおう、何でもねぇ。乗るか」


水仙と喇叭がバスに乗り込み、二人がけの椅子に二人で並んで座る。

客が全員乗り込んだ事を確認し、バスが出発する。

そこで水仙は、疑問に思う。


「あれっ、そう言えば喇叭。お前なんでバス乗れてんの?」


「何でだろう。僕も今椅子に座っているように見えると思うけど実は、少しだけ浮いてるんだよね。ぼくは座っているつもりなんだけどさ、不思議な力が働いてるんだよ。きっと」


「答えになってねぇよ、まぁそんなもんなのか?」


「そんなもんさ。それより君さ、今注目の的だよ。周り、見てごらん」


喇叭がクスクスと笑いながら顎をしゃくる。

乗客の大半が水仙達ーー否、水仙を凝視している。側から見れば、独り言を大声で話している奴に見えるのだろう。

水仙は、慌ててスマホに向かって喋りかけて電話しているふりをする。

まぁこれが電話していたという事だとしてもそれはそれでモラルが欠けているということになる。


生き辛い。社会とはそういうものだ。


バスが家の周辺に着き、水仙は逃げるように降りる。

喇叭の分の料金を払わないことに少し罪悪感を抱いたが払ってもしょうがないと自分に言い聞かせる。

どうせ周りは、何も知らないのだから。


やっとの気持ちで家に帰る。

水仙が今住んでいる家は、少しボロめのどこにでもあるようなアパートだ。

その家に決めた理由は定番の安い家賃と昔通っていた高校から遠いことの二つだった。


喇叭が家に着くなり、驚いていた。

どうやら家のボロさに驚いたのかと思えば、それは違った。喇叭は、生きていた頃父親の元を離れずに二人暮らしをしていたらしい。

水仙の中で予想は、していたが喇叭自身が水仙の未来の姿では無いのだろう。


そして喇叭が驚いた真の理由。

部屋の惨状だ、服の脱ぎ散らかしと乱雑に置かれた雑誌や教材。食べ終わったカップラーメンの容器が重ねられ山積みになっている。


『だらしない』それが喇叭の我に返って一発目の言葉だ。喇叭の中のスイッチが入る。


目の色が変わった喇叭の指示の元、大掛かりな水仙の部屋大片付けプログラムが始まる。


「ほらっ!服は洗濯機、本は本棚に並べて、ゴミを分別する!早くして!」


「はっはいぃ!」


喇叭の怒声に慌てるように掃除を開始する水仙。


ーー2時間後。


「やっと片付いたぁ」


息をつく水仙に対し、部屋の隅々まで睨むように確認する喇叭。綺麗になったと判断すると急に表情が穏やかなものへと戻る。


「まぁいいんじゃ無いか?でも、君がこれほどまでにだらしないは思わなかったよ。同じ水仙として恥ずかしいくらいだ。僕と君でこんなに性格が違うとはね」


頭に手を当て俯き頭を振る喇叭が落胆しながら呟く。

事実、喇叭の言った通り二人は、大きな違いがあった。

だがその違いに喇叭自身が気づくのは、まだ先の事だった。


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