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一年後の今日君は、死ぬ。  作者: ハコベラ
6/10

懐かしの再開、果たされぬ約束


一年が経ち、約束の日が訪れた。


その日は、いつもより早く家を出て二人の秘密基地に向かう。そしていつもはベンチに座って菖蒲を待つのだが、そこには先客が座っている。

華奢な少女、白い髪が風に揺られている。水仙は、後ろ姿だけで少女の正体を見抜く。


「あやめ!ひさしぶり!」


水仙が眼を輝かせて、少女ーー菖蒲に声を掛ける。

また、菖蒲もその声を聞いた途端勢いよく振り返り、近寄ってくる。華奢だと思っていた少女が、自分の目程の高さまで大きくなっていたことに少し水仙は驚く。


「ちょっと大きくなったか?」


その言葉に、菖蒲は自分の手で頭を押さえ、『そうかな?』と嬉しそうに呟いた。


それから水仙と菖蒲はいろんな話をした。


菖蒲は、この時期に祖父母の家に毎年里帰りとして帰ってくる事になったらしい、その為ここに来れるのは、毎年この時期の一週間だけだ。


その事を悲しそうに話す菖蒲の頭を水仙は優しく撫で付ける。

この一年水仙は、菖蒲をいつも心配に思っていた。一人っ子である水仙にとって菖蒲は妹のようなものだ。


心配に対し菖蒲は、引っ越し先でも友達ができたという事、町にも慣れたという事を楽しそうに話してくる。

そう報告を聞いて水仙の心の荷が降りる。


だが心の荷が降りたというのに、安心とは別に、どこか切ない気持ちを帯びた感情が、水仙の胸の奥深くに生まれた。


菖蒲に友達ができた事は、本当に嬉しかった。だがそれとは別に、自分という存在が菖蒲の中で小さくなってしまうのではないかという気持ちが水仙の中にあった。


その気持ちは、もうすぐ小学四年生になるばかりの水仙に説明できるものでは無かった。

ーーだからこそ、菖蒲の提案が心底嬉しかった。


「そうだ、すいせん!遠くにはなれてもいいようにお手がみ、書くようにしよ?」


「手紙?たしか住所とかがいるんだよなあれ。おれ住所おぼえてないぞ?」


「あっ、わたしも知らない」


「じゃあ明日おたがい母ちゃんに聞いてから集合な」


「うん、分かった!」


菖蒲と水仙がお互い見つめあって笑う。二人の微笑ましい会話を見届ける様に日が落ちていった。


その日帰ってすぐ水仙は母に郵便番号と住所のメモを書いて貰った。


そして次の日菖蒲と住所を書いたメモを交換した。それから六日間菖蒲といろんな遊びをしたが一瞬に感じるほどの時間であった。


お別れの日、もう悲しくないと思っていたがやはりどこか辛い。だが水仙は、菖蒲が帰れば手紙を書く。去年までとは違って菖蒲が離れてもたくさん話が出来る。


だからこそ、今日も水仙は泣きそうな菖蒲を笑顔で送り出す。


「あやめ!手紙たくさん書くからな!お前も書けよ」


そう言うとあやめも唇を噛み締め涙を拭き、


「うん!ぜったい、書く。やくそくする」


その言葉に水仙が微笑んで親指を突き出す。


「おう、また来年なあやめ」


「またこんどね、すいせん」


言葉を交わし菖蒲が見えなくなるまで手を振った。菖蒲が帰った後水仙は、一人泣くのを必死に堪えてみせた。


ーー三日後


水仙は、手紙になんて書くべきか迷って、書いては消して、書いては消してを繰り返していた。

そんな時、菖蒲から手紙が届いた。

幼い字で、丁寧に便箋一杯に三枚に渡って綴られた手紙だ。

いつもの日常を、いつも水仙に話すみたいに、菖蒲が一生懸命に書く姿が目に浮かぶ。

それと一緒に添えられた写真の中の菖蒲は、にっこりと笑っている。


それを見た水仙は、つい笑いが込み上げてしまう。なんて書こうなんて迷っていた自分がバカみたいだった。

それから便箋一杯の手紙を菖蒲に喋りかけるように、優しく丁寧に綴る。


三枚の便箋と、こちらからも満面の笑みを浮かべた写真を菖蒲に送る。


その繰り返しが楽しくて、お互い一週間おきに手紙を出していた。

やがてその手紙は、他愛ない話を綴る事以外に、謎謎を出したり、暗号を使って遊んだり、便箋の枚数と話す内容は、増える一方だった。


そんなやり取りを繰り返していると、一年は、あっと言う間に過ぎて行った。


そして、菖蒲は前回同様水仙が着くであろう時間より早めに、二人の秘密基地のベンチに座り、水仙をずっと待っていた。


だが、その日水仙が現れる事は無かった。


きっと水仙は一日見間違えているんだ、明日はきっと来る。そう自分に言い聞かせ、菖蒲は静かに涙を拭う。


だが次の日も、その次の日も、約束の日から一週間水仙は一度も二人の秘密基地に姿を表すことは無かった。


そして、その間菖蒲は待ち続けた。なのに水仙は菖蒲が帰る日も姿を現さなかった。

また、菖蒲は泣いた。

忘れられているのだろうか。水仙は私ともう遊んでくれないのか。それか、水仙の身に何か起きてしまったのか。

そう考えると涙が止まらなかった。


山を下り、俯きながら街道をふらふら歩く。


ーー急に車のクラクションの音が鳴り響く。


音の鳴る方向を菖蒲が見る。涙で目が霞んでよく見えない。目を擦ってもう一度確認すると、目の前に白い乗用車が見える。自分に衝突してしまう。そう分かっていても菖蒲には、身体が動かない。


ーー次の瞬間。

物体が衝突する鈍い音が響いたのち、さらに何かが遠くに転がっていく音が聞こえる。


時速六十キロでこちらに向かって突進してくる鉄の塊に成すすべ無く、少女の小さな体が宙を舞い五、六メートル先に無造作に放り投げられた事がその音の原因だった。


だが菖蒲自身は、何が起きたか分からない。

自分の手に握られている水仙への手紙が何処かへ飛んでいってしまう。『待って』そう叫んで掴もうとするが、声が思うように出ない。思うように手が動かない。

体が重い。お腹から何やら赤い液体が溢れている。あやめの思考が停止していく。『なんだか眠たくなってきたなぁ』


「おやすみ、すいせん」


ーーそう最後に呟く少女の目からは、雫がこぼれ落ちていった。

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