今までの日常、これからの非日常
あれから、幽霊がこの世界にダフネと呼ばれる色々と常識はずれの奴に連れてこられたと言う話を聞いた。
予想は、していた。この幽霊は自分自身なのだ。疑う気はない。
故に、こいつの存在を信じるのならば、同時に出会って開口1番で放たれた言葉は絶対に起きる未来として捉えるべきなのであろう。
そう、一年後に俺は死ぬ。
ーー昔からこの世界に思うことがあった。
“死”とは、一体なんなのだろう。
人は、昔から“死”を恐れてきた。だからと言って全ての人が恐れているわけではない。現にこの世界では、自殺者が後を絶たない。
俺は、自殺をする予定こそ無いが、別に死ぬことに恐怖は無い。
ーー自分の生まれた意味を考えてみた。
この世界がどんな場所でも、環境に逆らわず周りに飲まれていく。いつでも俺は、唱える意など無い。
個性などなく、誰かに合わせることだけを考えて、目立たないように、やがて誰にも認めてもらえなくなる。ならば俺には、味など無いだろう。
つまり俺に、意味なんて無い。
自分が生きてる価値を考えてみた。
人は、社会の歯車と言われる。時計なら歯車一つ抜けたら全てが狂ってしまう。だが、俺一人消えたところで社会は、何食わぬ顔で進んで行く。こんな俺は、社会の歯車に価し無い。
人より秀でいているものや、その人だけの特技などは、その人の値打ちになる。
ならば人より劣り、自分だけができる事なんて存在しない。そんな俺に、そもそも値打ちなどつくはずが無い。
つまり俺ごとき、価値なんて無い。
自分が生じた影響を考えてみた。
有象無象に飲まれ、自分の思うようには行かず、日の目を浴びる誰かの影の中を気付かれることもなく、ただその場所に居るだけ。そこに俺の影ができる事など無い。
人の心を動かす誰かに憧れて、どれだけ足掻こうとも自分はその誰かになる事なんて出来ず、自分が思った事を口に出そうとも何も変わらない。今でも俺の声は誰にも響くことは無い。
つまり俺は、影響なんて無い。
環境に飲まれ、目立たず、歯車にもなれず、特徴も無ければ、居場所も分からず、何者にもなれない。
それが答えだ。
ーー結局、そのどれもが“生”に固執する事を否定した。
自殺は、愚かな事だとは、思わない。
世界に殺され行く自分の道を自らの手で終わりにする事。
生に無理やりしがみつく自分を諦めさせてやる事。
ただそれだけだ。
自分にとって生きる事も死ぬ事も殆ど変わらない。
“変わる”とは、一体なんだろう。
人は、昔から変化する事を恐れてきた。
最初は機械化する事も悍ましく思い、昔の風習に囚われていた。だが一度変化を許してしまえば、不思議とその後も受け入れ続けてしまう。
変化をしてきた人間は最初、おかしな奴で片付けられてしまう。
それが次第に皆が変へと変わる事でそれが普通になる。
変化とは、そんなものだ。
だが皆が手本に化けて、化する事になんの意味がある?
同じ服装で同じ事をすることしか許されない。そんなの馬鹿げている。
そして、ならば何故人は変化する事を恐れるのだろうか。それは、変化することが怖いのでは、なく。自分が変化させてしまう事が怖いのではないだろうか。
何かを変える事には、勇気がいる。単純なこの世界では、変化する物が評価されればそれに対して皆が好意を抱き、変化した物も取り込まれて行き、評価されなければ皆が悪意を抱いていなかったとしても嫌いになってしまう。
要するに周りの顔色を伺うだけの世界。それだけは、変わることが無い。
自分が変えることが出来ないから自分を変える。でも、自分を変える事すら出来ない俺は周りから疎まれる。
ーー本当に、単純だ。
だからこそ、一年後が楽しみでならない。死ぬ事に理由なんて見出せずに、変わることのできない俺にとって、自分に理由を見出してやるなんて言ってくれる奴が現れるなんて思っても見なかった。
それが突然目の前に現れたのだ。最初は、恐れたがこの状況は好都合だ。自分の生きている理由を知りたい。その答えを見つけられる気がした。
もっとも、一年後に俺がこんななよなよしているとは、思わない。その上矛盾があり心配もある。だが意地の悪い嘘でない事は、こいつの言動や仕草を見れば大体理解できる。
悪いやつでは無い......と思う。今はそれしか分からない。でも、もう少しこいつの事を知ってみてもいい気がする。そう思えたのは、《あの時》以来だ。側から見れば変な話だ。久しぶりに、もっと知りたいと感じた相手が自分自身だなんて思いもしなかった。
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俺があいつを知る上で、コミュニケーションを取ることは必要不可欠で、その中でも名前を呼ぶことが相手との関係では、大切だ。だからこそーー、
「全く同じ名前ってのもやりにくいもんだな。ずっとお前って呼び続けるのも、バツが悪いしな。呼び名どうするかなぁ」
「僕からすれば君が僕に類似ているんだ。だからそこから取って君の名前は、ルイージ。これでどうだい?」
「俺がルイージならお前は、マリオか?ピーチ姫でも一緒に助けに行くのか?」
「僕は、水仙、君は、ルイージ。これで良いじゃないか」
「何勝手に、さらっと自分だけ改名なしで行こうとしてんだこの野郎」
軽く口を挟んで来た幽霊との口論が、しょうもない口喧嘩にヒートアップする。だんだんお互いの頭に血がのぼる。
ーーその時、病室の中で甲高い金管楽器のような音が響く。音の発生した場所ーー幽霊の立っている位置を見る。数秒の沈黙の後、俺は、犯人であろう人物に声をかける。
「なんだ……今の。お前がやったのか?」
「そうかも……?」
音の発生源に立っている犯人は、自分の行ったことが理解出来ず、驚いたまま静止している。
発生源が不明な、お化けが出していると言われる音。聞いたことがある。確か名前は、ラップ音だったか。
金管楽器のように響くラップ音。ちょうどいい。
ーーこいつの名前が決定した。
俺はニヤリと笑うと、
「お前の名前が決まった」
そう言い放つ。固まっていた幽霊はその発言で、少し戸惑いつつも我に帰り『何だい?』と答えを欲している。
その眼差しを受け、俺は新たな名前を告げる。
「喇叭だ。金管楽器の喇叭。丁度いいだろ?髪も俺と違って金色なんだし」
と自慢げに、幽霊もとい喇叭を見やる。
不満げに口を尖らせて『いやだ』と、反論しようとしているが異論は認めず、少し無理矢理だったが名前が確定した。
こんな口喧嘩をしたのも、それを楽しいと思えたのもいつぶりだろうか。二人で笑い合う。俺の日常が非日常に変わりつつあるのを感じた。