さあ、ゲームを始めよう
僕には訊ねられなければ声も聞こえなくなる。
そして、これからは口出しもこちらからは出来なくなる。何かを聞かれた時にだけ答える事ができる。でも後ろから見てるから。ちゃんと見守っているからね。
『じゃあ、ログインしてみて』
僕が声をかけるとばあちゃんはうなづいて言った。
『ログイン』
目の前に新しい世界が広がっている。
僕はセツの右後ろにいるけれど、姿のない僕のことは彼女からは分からないだろう。
セツの格好は村人だ。やはりそうなったな。職業を設定しないでいると職のないただの村人となる。
初期装備として、ワンピースとカーディガン。木靴に蔓で出来たカバン。小さなナイフ。
所持金は3000シル。
【セツ】
職業:村人(50歳、女性)
Lv:1
HP:5
MP:5
スキル:【観察】
【手技】
【無属性魔法】
【⠀】
【⠀】
所持金:3000シル
持ち物: 蔦のバッグ、水袋、布袋
武器: 初心者のナイフ
防具 : 村人のワンピース、村人のカーディガン、村人の木靴
彼女は全くの初めてだから何をしていくのか興味がある。
僕が初めてのゲームはどんなんだったかな?そうそう、いきなりチュートリアルが始まったんだった。
でもこのゲームではまだチュートリアルは設定していない。
さあ、彼女はどんな行動をするのだろう。
彼女たちテスターがゲーム上に現れるのは始まりの公園からである。
公園は円形状で、ベンチや噴水、木が植わっている。
ほぼ街の中心にあり、そこから四方に道が伸びている。
北には教会、南には大街門、東にギルド、西に商店街が設定されている。
彼女はキョロキョロ周りを見回すと歩き出した。
それは西側である。
そうか、やはり買い物が好きなんだな。
あれ?
立ち止まった……何をしているんだろう。
しゃがんだ?体調でも悪くなったんだろうか?
緊急でログ解析をしている同僚に問い合わせた。
『テスター1号、体調変化確認してくれ』
『了解』
返事は直ぐに帰ってきた。
『体調変化なし』
『了解』
了解とは言ったが、セツはいまだしゃがんだままである。
声を掛けるワケにもいかず、アワアワしている。
あちらからの質問が無ければ声がかけられないのだ。
設定を変えておきたい。無理だろうけど。
あ!
歩き出した。足取りはしっかりしている。
ほっとするが、よく見ると何故か道に出ないで公園の中を歩き回っている。
周囲の別のテスター達は、ギルドの方に歩いて行っている。なるほど、ゲーム経験者なら定番のギルドで登録だな。
……セツはまた立ち止まり、何かを見ている。
何を見ているんだろうか?
あ、立って歩き始めたな。
彼女はグルグルと公園を歩き回ったあとは、商店街の方へ向かっていた。
端の屋台の親父に声を掛けているようだ。
二人は指さしながら話を続ける。
話が終わると最後に串焼きらしきものを買ったようだ。お金を渡し串焼きを受け取っている。
「ナビ。この串焼きだけど、どうすればいいのかしら?」
「セツ?どうすればとは?具体的に質問して」
「どこで食べればいいのかしら。座るところが無いのだけれど。座れるところって公園のベンチぐらいなのだけれど。あの場所で食べればいいの?」
「別に歩きながら食べてもいいと思うよ?」
「それはお行儀が悪いとおもうの」
「誰も気にしないよ。あっちを見てごらん。食べ歩いているだろう?それも一つの楽しみ方だよ」
「これを包むものとか無いの?」
「という事は今、食べたいわけじゃ無いんだね?」
「ええ。ものを尋ねたのに何も買わないのはダメだとおもって」
そうか……今はインベントリの機能をつけていない。
「包むものも自分で探してね。存在はするから。でも温かいうちに食べるのもいいと思うよ」
「そうね。冷めちゃったら固くなるのかしら……食べ歩きが悪いわけじゃ無いのね?」
「この世界では誰も気にしないだろうね」
「わかったわ」
そう言うと、セツは持っている串焼きに口をつけた。
「あら。ちゃんとお肉の味がするわ。コレは豚肉なのかしら」
「セツ、またシステム的に分からない事があれば聞いて下さい」
「ええ。ナビ、ありがとう」
セツはもぐもぐ串焼きを食べている。
そして食べ終わると、また串焼き屋の所に行き何かを聞いていた。
彼女は商店街を奥の方へ向かって歩き出した。
後ろから見ているが、彼女は何を探しているのだろう?
また、他の屋台の親父に聞いている。
その辺りの屋台の女将だろうか、数人の女性が会話に混ざっている。セツの笑い声が聞こえそうな笑顔が見える。
楽しそうで何より。
そうしてまた歩き始めた。
宿屋のマークを確かめるように見上げた彼女はその中に入っていった。
入ってすぐのカウンターにいた娘に話しかけている。泊まるのだろうか?お金を払っているようだ。その娘に連れられて部屋に向かっているようだ。始まったばかりなのにもう休むのかな?
簡易なベッドと机と椅子がある。それだけの部屋だ。
きょろきょろと見回したら、何故かそのまま娘と何かを話しながら出ていく。
声が聞こえないのがこんなにもどかしいとは思わなかった。
セツは受け取っていた鍵を娘に渡している。
ん?出かけるのか。そうだよな、まだ始まったばかりだ。夜間も実装してはあるが、まだ正午にもなっていない。
セツは商店街をウロウロしている。
いくつかの商店を出たり入ったり。
おや、本のマークに気づいたのか。
彼女は笑顔でその中に入った。
中の主人と話をしている。二つ三つ本を示されて……お金を渡している……。
購入したようだ。お金は足りるのだろうか?
無駄遣いはしないとは思うのだけど。
彼女はそのまま公園に戻った。そして初めのようにグルグルとその中を歩いている。
何がしたいのだろうか。
しばらく歩いていたが、本のようなものを見ては頷いている。
そして彼女は南に向かって歩き出した。
南には街に出入りする大きな門があり、そこには門の番人が見張っている。
彼女はその番人と何かを話していたが、また街中に戻っていく。
彼女は公園に戻りベンチに座る。
そして空中に向かって話しかけた。
「ナビ、何かわからないのが掲示されたのだけど?これはなにかしら。」
彼女が指さしたのは自分のステータスボードのスキル欄だった。
スキル 【鑑定】new!
【手技】
【無属性魔法】
【⠀】
【⠀】
「あれ?観察スキルが鑑定に変更されてる?」
セツのスキルが既に上位スキルに変更されてしまっている。
観察から鑑定に上がるのは少なくとも30以上のポイントが必要なはずなのに。
「セツ。先ほどから立ち止まって何かをしていたが、何をしていた?」
先ほどの行動を聞いてみる。
「えっ?あ、あれは色んな草花があったので一つずつ観察していたのよ。よく分からないけど基本の能力があるのよね?」
「あ、ああ。スキルの事なら確かに基本の能力だが。他には何をした?」
「本当の世界にある花とよく似ているから、何かなと考えながら観ていたわ。菫やタイム、タンポポとよく似ているの。違う植物もあるから、何と似ているか考えてはいたわ」
理にはかなっている。知らない所で自分の知っている事との違いを見分けるのは。
だがそれだけでは、ポイントを使わずに上位スキルにはならないはずである。
「他には何をしていた?商店や宿屋、本屋では何をしていた?」
「えっ?旅行にきたらまずは泊まる所の確保でしょう?あとは色んなお店を見てたわ。それに本屋さんで魔法についての本と植物図鑑を買ったの。これで私が知ってる植物と見比べる事が出来るわ」
なるほど、見たことと知っている事と本での確認作業だな。うん。
「それでね、お薬屋さんで薬の素となる薬草を採取してきたら買い取るって言われたの」
「先程、街の外に出ようとしたのはそれでなのか」
「そうよ。でも外に出るなら身分証を持たないと、入れなくなるって番人さんに言われたわ。それで身分証ってどこで作ればいいのかしら」