始まりは突然に(ぷろろーぐ)
初めてのゲームものです。
まるっきりの初心者のやるゲーム。
初心者で頑固なおばあちゃんが楽しみを思い出す物語?
年の瀬のあの日、会社で仕事をしていた僕のスマホが鳴ったとき、凄く嫌な予感がした。
知らない番号からだった。
『もしもし?』
「もしもーし、藤野ですが?」
『すみません、藤野江雪さんの身内のかたですか?』
「はい。江雪は祖母ですが?何か?」
『私は○✕消防署の救急のものです。江雪さんとみられる方がH市愛宕橋の交差点で事故に遭われました。できるならすぐに市立病院に来ていただきたいのです。お近くのご親戚を探したのですが……』
えっ?
「す、すぐに向かいます。どんな状態ですか?」
電話の向こうの声が頭の中でひびく。
『ご容態はこちらにきてから説明いたします。ただ緊急の手術になると思われます。手続きなどが……』
……そこからは覚えていない。
どうやってここまで来たのかさえ分からない。
気づいたら手術が終わってICUの前の部屋にいた。
そして手には入院用の書類とペン……
そばには看護師の女性がいた。
ばあちゃんがいなくなるかと思ったら、目の前が暗くなる。
僕にとってはたった一人きりの身内なんだ。
「後で状態について詳しい話が先生からあります。ここを離れられるならステーションの方に申し出てからおねがいいたします」
「あ、はい……」
それから30分後、担当医師から症状を聞くことになった。
部屋に入り椅子をすすめられて座る。目の前の医師はレントゲンのフィルムを目の前に掲示した。
だがなかなか話を始めない。
「祖母の容態は……?」
しびれを切らして問いかける。
「今のところは落ち着いたようです。ただ様子を見ないと詳しくは言えませんが……」
あれから二か月半。
ばあちゃんの怪我は少しずつ、よくなってきた。
でも、しばらく一人暮らしはできなくなった。
両足の自由がまったくきかなくなっている。ずたずたになった脚の骨は治ってもまともに体重を支えられない。
左腕はマヒがでて動かない。
あれだけ田舎暮らしを楽しんでいた人が、畑仕事を楽しんでいた人が……
土に立つことも出来なくなってしまっている。
何でもちゃっちゃと一人でこなしていた人が
それどころかベッドから離れることさえ難しいらしい。
仕事の休みが取れたので今日は午前中から見舞いに来ている。
普段はなかなか休みが取れないのだけど、ばあちゃんが怪我をしてからは一週間に一度は完全な休みが取れるようになった。
顔を毎日出すようにはしているけど、終業後じゃそんなに長くはいられないんだ。
でも今日は久々にゆっくり傍にいる事ができる。
病室の前にたつと僕はお腹に力を入れてから、部屋のドアを開けた。
こんこんこん。軽くノックをしてスライドしたドアからまずは顔だけをのぞかせる。
「ばあちゃん、具合どう? まだ痛い?」
個室だから、少々声を出しても大丈夫だろうけど、やっぱり小さな声になるよね?
僕の声に顔を向けてきたけど、何も言わずにばあちゃんは目を瞑った。
何を考えているんだろう。
「ばあちゃん。食欲はある? ばあちゃんの好きな水ようかんを買ってきたんだ」
ばあちゃんは首を左右に振っていらないとこたえた。
「み、右腕は動くよね。今日のマッサージしようか?」
少しでも残ってる機能を保持するために毎日マッサージをしている。
「ほら手のひらを揉むよ。指も動かすけど痛くはないかな」
丁寧にわずかに動く右手の指や腕も刺激を与えるようにもんでいく。もむと同時に皮膚の保護クリームを塗っていく。
ベッドの右側に椅子を持ってきて腕もさする。
動かない脚もさする……クリームも……
身体の向きをかえ、背中にも保護クリームをぬる。
「けいちゃん……ごめんね。ばあちゃんが迷惑かけて」
小さな声でばあちゃんが今日も僕に謝る。
そんなことどうでもいい。
生きてさえいてくれれば。
僕が生きてこれたのは、ばあちゃんのおかげだから。
「居てくれるだけでいい……」
僕の声も小さくなる。
「だいたいばあちゃんは悪くなんかないし」
僕もいつものようにかえす。
あの事故はトラックの運転手が心臓発作で意識を失ったために暴走したために起こった。ばあちゃんは歩行者信号が青になるのを歩道で待っていて、偶然巻き込まれた被害者だ。
トラックの会社からも保険会社からも治療費や慰謝料などのお金は直ぐに支払われた。
だから、ばあちゃんが今後も治療費に悩まされる事はないだろう。だけど何も出来なくなったことにより、精神的に生きる気力が無くなっている。
そりゃそうだ。今まで普通に暮らしてきたのに、もうベッドでしか生きていけないんだ。
どうしたらいいのか分からない。
ただ……
あのトラックの会社はどうやら僕が勤めているとこの系列会社だったらしい。
会社には企業立病院があり、この救急搬送された病院からそう遠くないところに位置していて、半月後のばあちゃんの転院先はそこになる。
僕の仕事場のすぐ近くだ。
そうしたら、話したいことがあるんだ。
今日はばあちゃんの転院の日。
空は雲一つない澄み切った青空。少々空気は冷たいかな。
ストレチャーで運ばれるばあちゃんは、相変わらず表情がないまま。
そう、ばあちゃんは座る事すら出来ない。結局、両足は麻痺したまま。傷は塞がったんだけど、動かすことが出来なかった。左腕も麻痺したまま。かろうじて右の腕が少しだけ動く。指も握ったり開いたりできるが力は全く入らない。でも僕には生きているだけでも十分なんだ。
「これからは病院のすぐそばに会社も住居もあるから一緒に居られるね」
そう言った時だけばあちゃんの表情がすごく嫌そうに歪む。笑ってくれたら嬉しかったんだけどね。残念だな。
新しい部屋は12階。ナースセンターのすぐそばでちょっと広めの個室。
付き添い用ベッドやテーブル、ソファもある。
ベッドに寝かされたばあちゃんが、まわりをきょろきょろ見ている。
ちょっと驚いたようだ。
「びっくりした? でも動いたあとだから少し休もうか? 痛みはない? 大丈夫?」
僕が話しかけると少しうなづいていった。
「けいちゃん、ここ高いんじゃないの?」
気になるのはそっち?
「ううん。それは大丈夫。ここ、会社の病院だから」
「けいちゃんの……」
「それより、話があるんだ。ねえ、ばあちゃん? 会社で働かない?」
「けいちゃんとこ?」
「うん。僕がゲームを作る会社に入ったのは知ってるよね? でね、大方の枠は出来たんだ。感想や変なとこが無いか試して欲しいんだ」
「けいちゃん……私、もう動けないのよ。何も出来ないの」
「大丈夫。考える頭さえあればできるんだ」
「ゲームもした事がないわ」
「うん、それは大丈夫。ナビがついてるから。分からない事が有れば聞けばいいよ」
「私にできるの?何も出来ないのに」
ヘルメットのような器械を見せていう。
「えっとね、これを被って夢の中に入ればいいんだ。でね、中で暮らしている人と話したり、ばあちゃんは異邦人という外から来た人になるんだけど、その他の異邦人と交流してくれたらいいなって思ってる。夢の中では料理もできるし、畑を耕したりもできるよ。冒険をしてもいいし……」
ドンドン口調が早くなって興奮してきた僕にボソッとばあちゃんはいった。
「けいちゃんが何をいっているのかわからないわ……」
ひきつったような表情で首を振っているけど、そのうち逃げられないと諦めたような顔になった。
「ばあちゃんドン引きだね!」