スケルトン編 転生
大変長らくお待たせいたしました。
ひとまず、スケルトン編(10話ほど)お付き合いいただければ幸いです。
スケルトン。アンデッド系の魔物として、ファンタジー作品には必ずと言っていいほど姿が見られる魔物だ。多くの場合は最下級アンデッドとして描かれるが、倒しにくい厄介な魔物として描かれることもある。
本作においては、多数である下級アンデッドとして進めていくものとする。
では、さらに詳しく話しておこう。
その姿は身長百七十センチほどの骨格標本。当然ながら生殖機能はなく、自然発生、あるいはうち捨てられた骸、特にアンデッドに殺されたものが骨臥兵として復活することで数を増やす。自然発生した場合は、武器も防具もなくただの骨の姿をしているが、人間の死体が元となっている場合は、その時に装備していた武具などを身に付けていることもある。
日光のもとでは弱体化するため洞窟や濃霧地帯に生息するが、寝食の必要がないので巣をつくることはない。
知能や感情と呼べるものはなく、生者を探して殺すことを目的とした魔物である。
「だそうだよ」
「なにがですか!」
「かくかくしかじか」
「転生ですか? それも女の子をスケルトンに転生させるなんて、せめて妖精とかにしてくださいよ!」
「一番最初に怒るところはそこなんだね。でもまあ、仕方ないな。そこまで言うなら骨臥兵(女性骨格ver)にしてあげるよ」
「そんなあってないような気づかい必要ありません!」
「では、話がまとまった所で、骨ですが、なにか? はじまります」
「全然まとまってませんっ!……」
そんなやり取りを経て目が覚めると、そこは真っ白な世界でした。
雪に包まれた銀世界、などではなく視界一面霧に覆われ、地面はジメジメとした陰鬱な景色が目の前に広がっています。
自分の足元に目を落とすと、言われた通り骨がむき出しの足が見え、そこから体に視線を這わせていくと、肋骨の内側に赤黒いモヤのようなものが明滅しながらふよふよと浮いています。
誰がどう見ても弱点のようなものですが、これを散らされると骨臥兵は死ぬのでしょうか。残念ながらその知識は持ち合わせていないようなので、次は一つ一つの骨を細かく見ていくと、人間の骨との違いは、手足の指先が動物の爪のようにとがっていることぐらいでしょうか。骨と骨の結合部には一見何もなくそれなのに問題なく稼働するようです。
関節部分をいじって万が一骨同士が元通り結合しない場合も考えられるので、なぜ問題なく動けているのか、という疑問はいったん置いておくことにしましょう。
そんな風に自分の体を観察していると後方からカタッ、カタッと音が聞こえてきました。
(きゃぁ)
とっさに振り返ると、霧の中から赤黒い光が二つふらふらとこちらに近寄ってきていました。
びくびくしながらファイティングポーズで構えていると、赤黒いモヤを眼窩にともらせた人骨が霧の中から出てきました。出てきたのはおそらく私と同じ骨臥兵と思わしき、革鎧を着て剣を持った人骨で、自分では気づいていませんでしたが、多分私の目もあんな風になっているのでしょう。
霧の中から出てきた骨臥兵は、首を動かしてこちらを一瞥すると何事もなかったかのように再びカタッ、カタッと音を立てながら霧の中へ消えていきました。
自分の体を眺めているときは何も感じませんでしたが、霧の中から人骨が現れるとかなりびっくりします。
それにしても、骨臥兵は同族を目撃しても襲ってこないようなので、上手く先制が出来れば骨臥兵がどうすれば死んでしまうのかがわかるかもしれません。ここはひとつ、心が痛みますが骨臥兵の生態を調べるために、ほかの方には少しお手伝いしていただいた方がいいかもしれませんね。
そうと決まれば、骨臥兵を探しに行きましょうか。
道中に拾ったお手頃サイズの石を握り、骨臥兵との戦い方を考えながら陰鬱な霧世界を進んでいると再び、カタッ、カタッとのんびりした歩調で骨臥兵が霧の中から姿を現しました。
先ほど同様に右手に剣を持ち、弱点と思しき胸には革鎧がまとわれています。少し厄介ですが、もとより初撃で胸部を狙うつもりではなかったので許容範囲でしょう。
これまた先ほどの骨臥兵と同じようにこちらを一瞥したきり、すぐにカタッ、カタッと歩き出したところをついて行きます。
そんな不審な行動も意に介さず進む骨臥兵の頭部を、持っていた石で強打しました。
殴られた頭蓋骨は一部砕けながら頸椎から離れ地面を転がっていく。それを見て気が付きましたが、どうやら頭蓋骨の中にも胸部と同じようにモヤがあり、それは地面を転がっていく中で散ってしまいました。
すると、頭部を奪われながらも攻撃された方向へ剣を振ろうとしていた腕が突然ギクシャクし始め、最初に想定された斬撃よりもかなり遅いものになっていました。
ギクシャクしながらもなお、剣を振り続ける様子は痛打を浴びたものの致命傷には至っていない、といったところでしょうか。ですが頭部を失うことが直接的な死因にならないとはいえ、ギクシャクした動きででたらめな攻撃をしている骨臥兵を見ている限り、こうなってしまえばもはや生き延びるのは絶望的でしょう。
この状況から復帰するすべがあるかどうかの検証は必要ですが、それはまたほかの方にお願いするとして、この方にはどうすれば骨臥兵が死んでしまうのかを教えていただくことにします。
そうと決まれば早速骨臥兵の背後に回り込み、いまだにでたらめな攻撃を繰り返している右腕の二の腕である上腕骨を殴打してへし折ります。前腕は尺骨と橈骨の二本の骨があるため、少し太いですが上腕を狙った方が確実性が高いでしょう。
しかし右腕と武器を失った直後にもかかわらず、攻撃を受けた方向へと左手をさまよわせてきました。その様子からは痛みや突然の事態に対する動揺は感じられず、機械的な印象を受けます。動きが単調とはいえ、この切り替えの早さは厄介ですね。
ですが同じ種族ならばその特性が私にもあるという事なので、痛みにとらわれずに戦えるという事になります。まあ、それも怪我が治るか否かによっては、傷を負わないことを前提に戦うことになるかもしれませんが。
私に向かって、まさしく亡者のように腕をさまよわせている骨臥兵の足を払い地面に転ばせて、立ち上がろうとして踏ん張っている足を両方粉砕します。
胴体に左腕だけが残った骨臥兵はろくな行動もできないようで、ジタバタと地面に転がり必死にインプットされた行動を成し遂げようとするその姿は、まるでバグを起こしたちんけなゲームのキャラクターのようで、同情を誘います。
しかし、これから私が生きていくためには必要なことと割り切り、革鎧に包まれている胸部の下から手を入れて、モヤがあると思しき場所を何度か手ではたくと、糸が切れたように骨臥兵は行動を停止しました。
やはりあの赤黒いモヤが骨臥兵の生命の象徴という事になるのでしょう。問題は二つとも破壊されると死んでしまうのか、それとも胸部のモヤの比重が大きいのかといったところでしょう。他にも気になることはたくさんあるので、かなりの回数実験を行わなくてはいけませんね。
その前に、倒した骨臥兵が残した革鎧や剣を装備しておきましょうか。
剣を右手に携え、殴打に使用した石を左手で掴みながらしばらく歩いていると、今度は装備を身に付けていないすっぴんの骨臥兵と出くわしました。剣は先ほどの骨臥兵が鞘を持っていなかったため、抜き身のまま使用しています。霧で視界の利かない状況なので、どちらにせよ抜き身のままで持っていた方が安全でしょう。
左手に持った石を手放し、両手で剣を構えると、先ほどと同じ手順でカタッ、カタッとこちらに背を向けて霧の中へと消えていく骨臥兵の首筋を目掛けて、勢いよく斬りかかりました。
(なっ)
骨臥兵の首を飛ばすに足る威力を秘めていたはずの剣は、しかし命中した第三頸椎に少しめり込んだだけで止まっていしまいました。
攻撃を受けた骨臥兵はすぐに反応して、振り返りざまに右手を顔めがけて薙ぎ払ってきます。
剣撃が不発だった驚きで鈍っていた思考は一瞬で回復し、剣を持ったままバックステップで回避しました。相手に剣を使われないよう霧の中に投げ捨て、先ほど地面に転がした石を拾い上げます。手に持った石をちらりと見て少し考えます。
首に打ち込んだ斬撃は間違いなく、剣を持っていた骨臥兵を殴打した時よりも力が加わっていたはずです。それなのに、首を断ち切るどころか、その衝撃で頭蓋骨を振り落とすことすらできなかったというのは、何か不思議な力が働いている、と考えるべきなのでしょうか。
臓器も筋も血液すらもないのに骨が動くのですからそういったこともある、と思っておくことにします。
それよりも今は目の前の骨臥兵を倒す方法を考えましょう。思考の最中も後ずさる私を攻撃してきていた骨臥兵は私が放り投げた剣を拾いはいかず、とがった爪を振り回しています。大振りながらも、決して遅くはない攻撃速度であり、避けるならまだしも反撃となれば少し躊躇してしまいそうになりますが、この状態で他の骨臥兵が通りかかった場合、一瞥をしただけで通り過ぎてくれるのか、戦いに介入してくるのかがわからないため、できるだけ早く始末してしまわなければいけません。
しかし、自然治癒の期待できないこの体で傷を負うのは可能な限り避けたいところです。そのためにもまずは頭部を破壊しなければいけません――
(ねっ!)
後ずさりながら回避を続ける私に、追いすがり攻撃をくわえようと左腕を構えた瞬間に懐へ向けて急加速します。
目標を失った骨臥兵の腕が空を切るのを視界の隅で捉えながら、右手に握り込んだ石を顎にめがけてかち上げました。思惑通り、頭蓋骨は頸椎と引き離され空中へテイクオフしましたが、骨臥兵は動きを緩めずに、懐に入り込んだ私に対し右ひじを打ち下ろしてきます。
左手を二の腕、上腕骨に添えることで受け流し、骨臥兵の左肩を頭部を打ち上げた石で破壊したところで、ガシャッという音が響き、途端に骨臥兵の動きが鈍くなりました。
頭蓋骨が地面に落下した衝撃でモヤが散ってしまったのでしょう。そこからは一方的で、両手足をへし折り地面に転がしたところで実験に協力していただきましょうか。
骨臥兵の倒し方の次に気になっていたのは、負傷した場合に治癒できるのかどうか、ということです。もしこれが可能ならば戦術の幅が格段に変わってくるので、ぜひ確かめさせていただきましょうか。
手始めに折っても影響のなさそうな、背骨から少しだけ伸びて胸骨とは繋がっていない、肋骨の中でも最も下にある第十二肋骨を根元から一本へし折り、断面をそのまま傷口に接触させたまま維持します。まるで、マグカップの取っ手を壊してしまった子供が、現実逃避がてらにくっつけと祈っているような光景ですが、断面を合わせてからものの十秒ほどで元通りにくっついてしまいました。
可能かもしれないと思っていたとはいえ、ここまであっさりくっつくと拍子抜けしてしまいますね。頭を悩ませていた疑問にあっさりと答えを与えられ、少し不満も感じましたが、これで戦闘時の傷を過度に恐れる必要はなくなりました。
ですが、この能力に制限や条件があるかどうかも試してみましょう。まずは簡単にできるものとして、先ほどは第十二肋骨を一本だけで実験しましたが、次は二本へし折って同時に傷口に押し当てます。すると一本の時と違いはなく両方十秒ほどでくっつきました。少なくとも二本同時なら修復速度は変わらないみたいです。
なら、つながるはずの部分が欠けていたらどうなるのでしょうか。この実験では変化がわかりやすいように、背骨のみならず胸骨ともつながっている第四肋骨を折り、胸骨側はそのままに背骨側の接合部を石で少し砕き傷口に押しつけると、胸骨側は先ほどまでと同様に十秒ほどで繋がり、背骨側はそれよりも五秒ほど遅れました。背骨側の接合部にもかけたところはなく新しい骨が作られたみたいですね。
(ふぅ)
一息つきそれならば、と戦っている最中に破壊した左肩を見ると肩関節は完全に復元しており、二の腕に当たる上腕骨も三分の一ほど戻っていました。
やはり元の骨がなくても修復は可能なようですが、大幅に時間はかかってしまうようで、このままのペースだと腕一本で三十分といったところでしょうか。しかしこれが出来るのであれば、戦闘中に四肢を失ったとしても、それに気を取られることなく撤退の判断が可能になります。
問題はこの修復能力に代償や回数制限がある場合です。代償として考えられることは、修復毎に密度が低下したり、行動に制限が与えられることなどでしょうか。これらの実験は自分の体で行うことが一番確かめやすいのですが、まだわかっていないことが多いので、今それを行うことは避けたいですね。
回数制限は、人間でいうヘイフリック限界や、何らかのエネルギーを用いて修復を行っている場合などが考えられます。後者は、エネルギーが自然に充填されるものならそれほど問題はないのかもしれませんが、前者は、ある日突然修復が行われなくなる危険あるかもしれない、という事を思えば確かめておきたいところですが、この実験はかなりの長丁場が予想され、いつ骨臥兵が通りかかるともわからない場所で行うには相応のリスクが伴ってしまいます。
結果今はほかのことを確かめた方がいい、という結論に達したので地面に転がっている骨臥兵にはモヤを散らす以外の死因があるかを教えてもらいましょうか。
そして考えられるモヤ以外の死因として確かめやすいものは、骨をどれだけ砕かれたら死んでしまうのかというものです。最終的にモヤのみが残るとは考え難いので、ある程度の骨が破損したらその時点で死んでしまうのではないかと予想しています。
そのための実験として、修復が始まっていた四肢と、ついでに骨盤も砕いておきます。これで残りの主要な骨は上肢の脊柱と胸骨と肋骨ぐらいです。
この状態の骨を、脊柱の下から徐々に砕いていき、第六肋骨まで砕き終わっても赤黒いモヤは不気味な明滅を繰り返しているだけで変化は見られません。ならば上からと、鎖骨と肩甲骨を砕いたところ、骨は上肢の形を保てずに崩れてしまいました。
これが原因かはわかりませんが、その時点でモヤは散ってしまったようです。あくまで仮定ですが、骨臥兵としての形を失うと、モヤを維持できなくなるのではないでしょうか。ほかにも、まだまだ気になることがあるので新しい骨臥兵を探しに行きましょう。