ゴブリン編 閉幕
あの後巣に帰ってすぐに、黒い刀角鹿の縄張りがあった方への警備を増やして様子を見たが、三日ほどたっても変化がなかったのですぐにいつもの生活に戻った。
その期間、少女たちは小屋に入れていたが特に拘束せず、普段話し相手になっている俺が群れへの指示で忙しかったため、ずっと小屋で二人きりだった。
見張りも意図的に付けず、食事を運ぶときに軽く話した程度だが、しばらくは逃走を考えそうな様子ではなかった。
逃走し捕まったからには、今度こそ犯されるか殺されるかを覚悟していたはずだ。
しかし実際には、拘束を解かれ前よりも良い扱いになった。どうして逃げようとした相手をこれほど厚遇するのか、良い予想も悪い予想もいろいろな可能性が頭を埋め尽くすだろう。その答えをきける相手は、食事を持ってくるとすぐに小屋を出ていってしまう。それまで寝食を共にしていたにも関わらず、だ。
そんな状況が三日も続けば悪い予想が大きくなるだろう。そして不安で埋め尽くされた時に、蜘蛛の糸を垂らし導くのだ。
と、悪ぶってはみたものの、この三日間仮称強者の森で暴れたことにより巣に強い魔物が流れてくることを危惧し、防衛力の強化や黒い刀角鹿の素材を使った装備の作成などで暇がなく、放置しているとだんだん少女たちが思い詰めた顔をし始めた、というのが実際のところだ。
そしてあの騒動から四日目の朝、俺は食事を持ちながら小屋の前で小さく深呼吸し、気合を入れ扉を開く。
以前よりも緊張した面持ちで、こちらを見る少女たちの視線が少し下がり驚いたような顔をする。
『時間、出来タカラ』
そういいながら食事を地面に置き車座に座る。
『トリアエズ食ベル』
しばらく無言で食事をしてから、おもむろに口を開く。
『話シ、遅クナッテゴメン』
『別にそれはいいけど……』
『……あれからどうしていたの』
そこからは食事をしながら、巣の防衛や新しい装備などの話をした。
まだ語彙が多くないため、たどたどしくかなり時間がかかり途中で食事をとり終え、さらに話は続いた。
『ごめんなさい、あたしたちが逃げたからあんなに危険な目にあって』
『わたしが逃げようって言わなければ……』
『二人、逃ゲタイ、思ワセタコチラガ悪イ。ゴメン』
『そんな! ……そんなこと、ない。ご飯ももらってたのに、自分たちから逃げ出したあげく助けてもらって。ごめんなさい』
『そうよ、あなたたちは悪くない。私たちが、わたしが逃げようって言った挙句、あんな方へ行かなければあなたたちの命を危ぶめることもなかった』
『ナラ、オ相子。ドッチモ、ゴメン』
正直、二人から同時にまくしたてられて完全に聞き取れるほどリスニングを習熟していないので、すべて内容が分かったわけではないが、言いたいことは伝わったのでこの日本人的な頭の下げ合いをストップさせる。
『でも、迷惑かけたわけだし……』
『ナラ、オ願イガアル』
そこからは、俺たちの群れが人間に発見された場合どうなるかと問い、予想通り討伐のための戦力が向けられるとのことだったので、もしそうなった場合でも生き延びられるよう協力を頼んだ。そして、少女たちはその対価として食事にありつくのだ。
回りくどいやり方だが、ようはこの巣の一員にしてしまおうというわけだ。
『わかったわ、これまで迷惑かけた分たっぷりとこき使って頂戴』
『ええ、できる限り協力させてもらうわ。どこまで役に立てるかわからないけれど……』
元短剣少女は少し落ち込んでいる様子だ。今回の件で自身の判断がことごとく裏目に出て、自分の力を信じきれないのだろう。
『助カル。アリガトウ!』
その悩みを言葉で取り去ってやれるほど器用ではないので、努めて明るくそう言った。
『そうよ、存分にあたしたちに頼りなさい! でも、エッチな命令はダメよ』
元戦士風少女も明るい口調で場を和ませてくれる。
しかし、最後の方は何を言っているかわからなかった。突然難聴になった訳ではなく、単純に知らない単語が出てきたのだ。
『エッチ、ナニ?』
『へっ!? え、いや、それはその……』
なぜかごにょごにょと言葉を濁される。人間の暮らしを思い出させるようなことだったのだろうか。
『言葉、覚エタイ』
『だから、そのぉ~~~あれよ、あれ!』
『もう、なにやってるのよ。交尾とか性交渉のことよ』
……故郷を思い出し郷愁に駆られていたわけではなく、ただ単に羞恥で口をつぐんでいたらしい。完全なセクハラである。いわば、雇い主が新入社員の女の子に卑猥な言動を強要したようなものだ。ネットでよく叩かれているやつである。
『ゴ、ゴメン。変ナコト聞イタ』
『いや、あたしの方こそごめんなさい』
せっかくいい流れだったのにいろいろと台無しである。いや、少し考えればわかりそうなものだが、あんな軽口を叩かれるほどの関係まで、進展しているとは思っていなかったのだ。
お互いにぺこぺこ頭を下げあい、気まずい沈黙が下りる。
『ぷっ、ふふふ』
元短剣少女が失笑し、俺と元戦士風少女も顔を見合わせ笑う。
『ソウイエバ、二人、名前ナニ?』
しばらく三人で笑い合い、空気が和んできたところで質問する。
意図的なのか偶然なのか、はたまた俺が認識していなかっただけなのか、理由はわからないがいまだに二人の名前を聞いていなかったのだ。それまでは、他に聞きたいことが山のようにあったので聞いていなかったが、これからは一緒に働くことになるので知っておいた方がいいと考えたのだ。まさか、小鬼のように名前がない、という事はあるまい。
『今更だけど名乗ってなかったわね。あたしはルーシーよ、これからよろしくね』
『私はイヤンテ、精いっぱい頑張らせてもらうわ』
そう名乗った時、二人がはにかんだのが印象に残った。
『それで、あんたのことは何て呼べばいいの?』
『オサ、呼バレテル』
『それは名前じゃなくて役職じゃない、ないならあたしがつけてあげるわ。……そうね、これからはジャレスと名乗りなさい』
『名前、嬉シイ、ワカッタ、ジャレス、名乗ル』
そうして俺は名前をもらい、二人は巣の一員として仲間になったのだった。
あれから三ヶ月が経過し少女たち、ルーシーとイヤンテも群れに馴染み、それにより二人が能動的に話しかけてくれるようになったため、俺の言語習得も飛躍的に進んだ。
群れにおける二人の役割は、力仕事や装備の作成、対人間戦闘の模擬相手など多岐にわたる。そのため他の小鬼と接する機会も多く、単語でのやり取りが可能な個体もちらほら出てきている。
そんなのんびりとした日々に、突如として凶報が響いた。
「人間、五!」
狩りに出ていた小鬼からの言葉だ。
これは、強そうな存在に発見された場合声を上げさせ、それを聞いた周りのパーティーがリレー形式で巣まで情報を知らせる、というもので今回は街道方面に出ていたパーティーからの情報だ。
声が聞こえたらしいパーティーが狩りから帰ってくる。
「戻ッテ来タ人数ヲ確認後、防衛準備開始」
街道方面の防備を整えつつ、三パーティーを声が聞こえてきた方へ偵察兼囮として送り出す。
『慌ただしいけど、どうしたの?』
『人間が来た、お前たちはどうする』
情報は偽らず、正直に現状を告げる。
『えっ、戦うことになるの?』
『囮を送り出したから、それを追いかけてきたら殲滅する。小鬼の巣が見つかると討伐も検討されるんだろう』
『そうなるでしょうね。わかったわ、協力させて』
『……そうね、ジャレスたちを見殺しにはできないわ』
意外なことにイヤンテの方が決断が早かった。ルーシーはまだ感情的に人間と戦うことに対して、引け目のようなものがあるのかもしれない。
まあ、当然と言えば当然なのだが。俺は人間の記憶がある分、小鬼を完全に同族とは見られないし、人間に対しても小鬼として生きる上で必要なことなので割り切れる。この辺りは小鬼の器の影響があるのだろうか。
『別に矢面に立たなくてもいいが、もしかしたら重要な仕事をしてもらうかもしれない』
さすがに二人を人間と戦わせる気はないが、人間にしかできないことを任せるかもしれない。
二人には巣の正面からは見えない家屋の陰に隠れているよう指示を出し、小鬼たちも配置につかせる。そうしているうちに、偵察兼囮として送り出したパーティーのうち一つが報告を届けに来た。
それによると、鎧を着た盾持ちが一人、比較的軽装の剣持ちと槍持ちが一ずつ、弓持ちが一人に杖持ちが一人という計五人編成らしい。蛇行しながら巣までの誘導は順調で、あと五分ほどで到着するとのこと。
ちなみに時間は生活に密着したものが覚えやすいと考え、肉一塊が焼けるまでの時間を、俺の体感で勝手に定義したものだ。ルーシー達曰、時間を計測する魔法もあるそうだが。
それにしても杖持ちは十中八九魔法使いだろう。
ルーシーとイヤンテから聞いていたので予想はしていたが、攻撃力の高い遠距離攻撃はかなり厄介だ。そのうえ鎧相手では、小鬼の弱点である火力のなさが顕著に表れてしまう。まあ、どちらも対策を考えてはいたが、それもこちらの予測を上回らない範囲で、という但し書きがついてしまう。
その予測も二人の話と俺のファンタジー知識をもとにした上限設定で作戦を構築しており、それ以上の存在だった場合はそもそも小鬼ごときでは、悲鳴を上げる間もなく殺されると考えているので問題ない、はずだ。
「ギィィ」
作戦を反芻していると、巣の入り口方向の森から小鬼の悲鳴が聞こえてきた。
偵察が出来るほどの頭を持った個体は少ないというのに、やってくれる。
『おい、この小鬼ども廃村を巣にしてやがるぞ』
『面倒なところに棲みつきやがって。だが所詮は小鬼だ、とっとと殺しちまおう』
『早く片付けるわよ。こんな依頼も出てないような場所の小鬼なんて、儲けにならないんだから』
ずいぶんこちらを下に見たことを言いながら、まずは前衛と思しき鎧と剣持ちと槍持ちが現れる。
剣持ちと槍持ちは胸当てや籠手を金属で、他の部分を革で補った動きを優先したような装備をしており、鎧は小鬼一体分ほどありそうな盾を左手に持ち右手に剣を携えている。構えもしていないのはこちらを完全に侮っているのだろう。
あいつらから見たら廃村に棲みついただけの小鬼に見えるだろう。
街道のある方向は、意図的に一見してわかる防衛施設をほとんど配置していない。俺の立てた作戦は基本的に、相手の慢心とそこを攻撃されたときの動揺をもとにしているので、一見するだけではただの少し数の多い小鬼の群れだと思ってもらわないと困るのだ。当然ながら、魔物の襲来を警戒している強者の森方面はかなり重厚なバリケードを設置し、こちらを襲うという選択肢を持たせないようにしている。
「一人残ラズ殺セルヨウニ動ケ。マダ攻撃ハスルナ」
確認できただけでも槍持ちは女だが、今回は一人も生け捕りにするつもりはない。こちらから相手を選べる状況であれば、生け捕りにできそうな相手を選んで戦うことも出来るが、今回のように相手が選べずに後手に回るような状況だと、生け捕りで帰ってくるリターンに対してリスクが大きすぎるのだ。なので、こちらの勝利条件は一人の逃走も許さない鏖殺だ。
逃走を許した場合、間違いなく俺たちを討伐するための戦力が差し向けられるだろう。そうなったらもう、ここを離れて巣の場所を移すしかない。そのための場所も目ぼしは付けているが、ここほど安全な拠点は今のところ見つかっていないため、やはり逃走は容認できない。
小鬼たちに指示を出しながら人間を観察していると、三人に続いて弓持ちと杖持ちが木々の向こうから姿を現した。弓持ちは急所を革鎧で覆っただけの軽装で、杖持ちは魔法使いらしいローブを着ている。
「他ニ敵ハ確認デキテイナインダナ?」
「間違イナク」
偵察を行っていた小鬼に最終確認を取り、頭の中でこれからの動きをシミュレーションする。――――うん、問題ない、はず。
いや、できなければ俺が死ぬかもしれないんだ、やるしかない。
「奇襲ハ必ズ決メロ。俺ガ指示ヲ出シタラ一斉攻撃ダ」
そう命令を出したとき、こちらに向けて火球が飛んでくる。
普段は柵で覆われていない廃村の入り口に展開していたパーティーに向けてのもので、直径五十センチもないほどの火球だが、着弾と同時に爆発した。
「ギィァァ」
「ギィ」
ルーシー達から聞いていたその特徴から『火球』だと推測する。土煙で被害状況は確認できないが、だとしたら数体死亡したかもしれないがそこまで甚大な被害ではないだろう。
阻むものがなくなったその入り口に向け、前衛三人が走り出した。後衛の護衛がないとは、本格的に舐めてくれているのだろう。
「敵ガ侵入後、穴ヲフサゲ。パーティー同士ガ近スギルト火球ニ狙ワレルゾ!」
『こいつら、廃村に棲んではいるが動きがトロい。そこらの雑魚と同じ要領でやるぞ』
剣持ちがご丁寧に心情を吐露してくれた。これで自信をもって指示が出せる。
「奇襲部隊攻撃開始! 前衛ノ三人モ決シテ囲イカラ出スナ」
弓持ちと杖持ちのそばにある木から一斉に投擲物が降って来た。
『なっ!? 小鬼が木の上に』
『ぐっ!』
事前の指示通り杖持ちに向かって、重点的に投擲物を浴びせたことで杖持ちは一角兎製投げ槍で肩を貫かれて崩れ落ち、弓持ちにもダートが幾本か刺さる。
『おい、どうなってるんだ! なんでこんなに統制の取れた動きしてるんだよ、この小鬼ども!』
『くそっ! 変な武器使いやがって』
巣に侵入してきた三人には、対人間用の部隊を当らせている。
普段のパーティーと違い、盾を持たせた前衛を二体に槍持ちと敵が『変な武器』と評した鎌爪状槍を持った中衛が一人ずつ、あとは戦闘の邪魔にならない範囲の投擲支援付きの専用部隊だ。
鎌爪状槍は、槍のような長柄だが突くことで相手を負傷させるのではなく、相手を引っ掛け転ばせる用の武器だ。アイスホッケーのスティックのような形状をしており、これを小鬼が人間相手に使えば膝を狙いやすく、それで転ばせられなくても相手からしたらかなり鬱陶しい攻撃になるだろう。実際に模擬戦でルーシーとイヤンテに対してはかなり有効だった。
『キャっ、来るな! やめっ』
そう考えたそばから、槍持ちの女が引き倒され頭に石斧を叩き込まれた。
『イェーラ! 小鬼風情がぁ!』
その重厚な装備と重量により、鎌爪状槍での小細工が通用しておらず決め手を欠いていた鎧が、女を殺されたことに激高し剣と盾を振り回し小鬼たちを蹴散らした。
そのタイミングでずっと狙っていた切り札を切った。
『な、に……』
きっと兜の向こうでは目を見開いていることだろう。まさか小鬼が、鎧を破る手段を有しているとは考えていなかったのだろう。
俺が使ったのは、この群れにおいてもっとも高い威力を誇る黒い刀角鹿の角を使った投擲剣だ。作りは角に柄を付けただけの簡素なものだが、枝分かれした角はまるでトゥルスやクピンガのように、どのように投げても高確率で敵へのダメージが期待できる。元の黒い刀角鹿は木を断ち切るほどだったが、俺の投擲が悪いのかそこまでの威力は出ないが、今回はそれで事足りた。
一対二本あったうちの一本を対人間用の切り札にしたのだ。もう片方は普段の狩りでも使っているうえ、対魔物用の切り札だ。
『嘘だろ、おい! くっそ、小鬼のくせにいいもん使いやがって、俺が有効活用してやるよ』
最後に残った剣持ちが鎧の遺体に刺さった投擲剣を振り回す。しかし、
『なっ、ふざけんな! 粗悪品使いやがって』
黒い刀角鹿の角が柄からすっぽ抜けた。
これは黒い刀角鹿が主と認めていないから……、とかではなく単純に一度投擲するだけで柄が外れるように作っているのだ。
わざわざ人間用と魔物用に分けている理由がこれで、人間と戦う場合こちらが放った投擲物を利用される可能性があるので、群れ一番の高威力武器を敵に使用されないようにかなりの回数試行し、苦労の末に作りだしたのだ。
といっても、今回は黒い刀角鹿の投擲剣を敵に利用されるリスクと、鎧相手に決め手に欠けた勝負を続け時間をかけるリスクとを比べて、時間をかけて逃亡のリスクを高める方が危険だと判断したため、人間用が外れた時のために魔物用も持ち出していたのだが、投擲剣を拾うため無理に鎧の遺体に駆け寄りその成果がなかった動揺に揺れていた剣持ちは、あっさり小鬼たちに引き倒され群がられているのでダメ押しとして使う機会もなさそうだ。
「オサ! 弓ガ逃ゲタ」
奇襲も決まり、前衛も殺したため完全に油断していた俺は、その言葉で現実に引き戻された。
話を聞くと鎧が倒されたあたりで逃げ出し、現在は偵察用パーティーが追っているらしい。まだ最悪のケースという段階ではないようだ。
ダートを当てたのは見ていたので、街道に出るまでに毒が回り動けなくなるはずだ。
『ジャレス! あたしたちも見てたけど、あいつ多分解毒薬飲んでたわ』
……良くない報告は続くもので、家屋の陰から戦闘を見ていたルーシーが逃走する際に、瓶から薬を服用するのを見たという。
森での逃走劇ならこちらに分があると思うが、体格の違いで逃げられてしまう可能性が高い。それだけは避けたいが偵察用パーティーだけでは決め手に欠けてしまう。足止めしようにも生半可なものでは、相手は多少の手傷覚悟で必死に逃亡を図るだろう。
『小鬼たちに案内させて。あたしたちが行くわ』
『そうね、この森を走り回るのは私たちの方が上のはずよ』
『……無理に戦わなくていい。弓持ちに追いついたら、冒険者のふりをして足止めを頼む』
今は寸暇も惜しいので、手短に指示だけ伝え追跡を開始する。
俺たちは偵察小鬼たちの先導で森の中に分け入り、ルーシーとイヤンテの二人は小鬼を連れさらにスピードを上げる。俺も弓持ち討伐用の戦力を引き連れ追いかける。
森の中からは今も、追跡している小鬼から声が上がっており二人にはそれを聞き、案内する小鬼が必要なため一番人間に体格が近い元オサに、その通訳として進む方向の案内をしてもらっている。といっても、弓持ちを二人が捕らえられる距離まで詰めると、姿を確認されなうちに元オサはこちらと合流する手はずになっている。
声はかなり遠くから聞こえてきており、俺たちが追い付くにはまだ時間がかかると感じさせる。
思ったよりも距離を開けられてしまったようだ。解毒薬を飲んでも、すぐに完治するようなものではないと思っていたが、品質のいいものだと効果も変わるということだろうか。俺が作ったものでは、動けるまでの時間を早める程度のものなのだが、やはり人間の技術と比べると数段落ちるのだろう。
「オサ、戦闘始マッタ」
小鬼たちが距離を詰めすぎたのか、元オサの離れるタイミングが遅く見つかってしまったのか、理由はわからないがなかなか思うようにはいかないな。
もし、ルーシーとイヤンテが元オサとともにいるところを見られた場合、事態がどう転ぶか予測できないところもネックだ。
「オサ勝ッタ、戦闘終ワッタ」
今後の軌道修正を考えていたら報告が届いた。
展開がスピーディーすぎじゃないか。いや、結果敵を殲滅できたのだから文句を言う必要はないはずだが、これからについて頭を悩ませていた身としては、あっさりと事態が収束してしまうとなんとも肩透かしを食らったような感覚に陥ってしまう。
そんな悪態を内心にとどめつつ、報告の聞こえてきた方へ向った。
『勝手に始めてごめんなさい。油断してたから、あたしたちで倒せると思って戦ったの』
『心配をかけたことに関しては謝るけれど、下手に足止めに失敗して逃げられるより、こうした方がリスクが低いと思ったのよ』
「オサ、スマナイ。止メラレナカッタ」
俺が現場に着くと同時に、ルーシーとイヤンテそして同行させていた元オサが頭を下げてきた。追跡させていた偵察用パーティーの面々も頭を下げていた。
話を聞けば合理性があるように思えるが、突然戦闘が始まったことを告げられれば不測の事態を想定してしまうわけで、その上まさか二人が人間を殺すことに対して積極的に動くとは思っていなかったため、それに対する驚きもある。
『せめて、事前に一言言っておいてくれ。不測の事態かと思って心配したぞ』
『ごめんなさい』
ルーシーが申し訳なさそうな、少し不満げな顔をしながらもう一度謝罪した。イヤンテはその様子を見て、少し口元を緩めている。
『だが、逃げられる危険を減らして早く倒してくれたことは助かった、ありがとう』
そういうと、得意げに胸を張るルーシーを見て今度こそイヤンテは声を上げて笑っている。
「オ前タチモ、ヨクヤッタ」
じゃれている二人を放置し、小鬼たちに声をかける。その言葉に安心し、嬉しそうにしている。
「弓持チノ遺体ヲ運ベ、所持品ノ見落トシガナイヨウ注意シロ」
俺が連れてきていた、弓持ち討伐用の小鬼たちに指示を出しながら遺体の様子を確認する。
弓は少し離れたところに落ちておりすぐ近くに短剣が落ちていることから、おそらく接近戦になり短剣で応戦したのだろう。右足の太ももに、小鬼が使うものよりサイズの大きい投げナイフが刺さっており、体にも投げナイフとダートが幾本か刺さっている。ところどころ血の新鮮度に違いがあり、おそらく巣の近くで奇襲を受けた時のものも含まれているのだろう。鎖骨あたりにある大きな裂傷が致命傷になったようだ。ちらりと元オサの剣を確認するとそれほど血はついていない、ルーシーの剣は鞘に納まっているが、おそらくルーシーがとどめを刺したのだろう……。
『言いたくないことがあれば無理に聞かないが、言いたいことがあるなら溜め込まず、俺に言え』
巣に帰る途中そういうと、二人は驚いたような顔をした。
『大丈夫よ。しっかり自分の中で整理を付けたことだもん』
『どうなるかわかって行動したのよ。問題ないわ』
『そうか。問題ないならいい。でも、無理はするなよ』
その言葉に二人はきょとんとして、すぐに可笑しそうに笑った。