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ゴブリン編 邂逅

 俺がオサになってからは様々な改革を行った。

 皮や蔦を利用した投石武器(スリング)や骨から作った小型投げ矢(ダート)、決闘時にも使用を考えた投擲用の斧(フランキスカ)や弓矢などの遠距離武器。

 用途別の様々な槍の普及、体格の優れない小鬼ゴブリンにとっては相手と接近せずに戦う方法は、上手く欠点をカバーし数の有利を最大限発揮できる最良の戦い方だ。

 それ以外にも棲み処である廃村の防衛力強化、そして最も困難だったのがチームプレイの理解と徹底だ。


 もともと知能の高くない小鬼ゴブリンに頭を使う戦い方はかなり難易度が高く、それぞれの武器とメンバーを固定した専業制にすることでかろうじて形になったが、半年ほどたった現在でも満足のいくできではなくギリギリ及第点といったところだ。



 俺は現在、そんな及第点パーティとともに森の探索をしている。普段の狩りとは違い、巣の周辺の環境調査だ。

 それ自体はこれまでも複数回行っており、周辺には森林地帯が広がっていることを確認していたのだが、今回に限っては大きな発見があった。

 馬車が一台通れるかどうかの小さな街道を発見したのだ。


 この場所は巣から小鬼ゴブリンの足で一時間ほど歩いたところで、街道に生える下草や落ち葉などから頻繁に利用されているようには見えないが、全く使われていないようにも見えない。


「少シ歩コウ」


 後ろをついてきていた四体の小鬼ゴブリンに声をかけ、森の中を街道がかろうじてとらえられるくらいの距離を開けて太陽の方を向いて歩き出す。

 ちなみに北半球か南半球かもわからないため、どの方角に向かって歩いているかはよくわかっていない。



 しばらく歩いていると、かすかな音を耳が聞きとった。街道からだ。

 音を立てないように近づいてみると会話らしきものだと分かった。


『いつ……歩くの……これ』


『無駄……ら余計……イラ……わよ』


 ばれないように慎重にのぞいてみると、若い二人の女が会話しながら歩いていた。

 その姿を目に捕らえると鼓動が跳ね上がった。興奮なのか恐怖なのか、跳ね上がった理由は自分でもはっきりせず、それでも人間に対して親近感などの感情は沸いてこなかった。それをいえば、小鬼ゴブリンたちに対してもそれほど親近感を感じているわけではないのだが。


 それはともかく軽く深呼吸し感情を落ち着けると、二人を改めて観察する。

 ともに十代半ばで、その容姿からおそらく人間だと思われる。


 不機嫌そうな顔をして歩いている少女は貧相な革鎧と腰に差した剣により戦士、あるいは剣士のような戦い方だと推測できる。金がなかったのか盾の様なものは持っていない。

 たしなめるように声をかけている少女は、軽装で腰に二本の短剣を下げておりそれ以外の武装は確認できない。

 二人とも大きな背嚢を背負っている。


 選択肢は二つ。戦うか戦わないか、だ。

 戦うメリットは人間との戦闘経験と、とらえた場合ナニとは言わないが巣の増強につながることだ。

 デメリットは万が一逃げられた場合は討伐を検討される確率が高いことと、全滅させたとしても人間側の対応を完全に予測が出来ないことだ。


 悩んだすえ戦うことにした。

 相手は初心者らしき装備で、かつ奇襲をかけることが出来る絶好のチャンスだからだ。ここで引けば、次に人間と戦うときはここまで状況がそろうことはないと判断した。


 街道がこのまま先まで続いていることを確認すると、少し離れてパーティーである小鬼ゴブリンたちに作戦を伝える。

 ちなみに武装は、俺が一角兎アルミラージの角製短槍と石斧で、鉄製の剣と木製の盾を持った個体、牙猪ファングボアの牙を利用した短剣を持った個体が一体、スリングやフランキスカなどの投擲武器を多く持った個体が二体の計五体だ。全員毒を塗ったダートを持ち、皮で出来た鎧、というよりその拙さから服と呼んだ方がいいものを着ている。

 剣持ちは元オサの小鬼ゴブリンである。体格がいいため盾を持たせて、敵の注意を引いてもらっている。



 手早く作戦を伝え終えると、再び慎重に街道へ移動する。


『誰よこんな村もないような道通ろうなんて言ったやつ』


『二日前のあなたでしょう。こっちの方が近道だ、なんて言ってたの』


『そうなんだけどさぁ』


 街道から樹を数本隔てた程度の距離まで近づけば、内容はわからないが明確に会話していると分かる。いまだにぶつくさ言っている少女たちに、気付かれぬよう斜め後方から街道に出る。近くに他の魔物や人間がいないことは確認済みだ。ちょうど街道がカーブに差し掛かったところなので、どちらにせよ遠方からは見えないだろうが。

 俺は毒の塗られたダートを構える。後方をちらりと見てほかの四体もダートを構えていることを確認すると、一つうなずき勢いよく投擲する。


『キャァ』


『ッゥ』


 戦士風の少女に放たれた二本のダートは、一本が革鎧に阻まれたがもう一本が少女の太ももに刺さり、短剣をを持った少女に三本放たれたダートは、一本外れたが残る二本が腰と二の腕に刺さった。


「グギャ」


「グギャグギャ」


小鬼ゴブリン!?』


『なんでっ』


 驚愕を表す少女たちに落ち着く間を与えないよう、元オサを戦士の、短剣持ちの小鬼ゴブリンを短剣持ちの少女に差し向けつつ、俺と他の二体は再びダートを投擲する。

 放たれた三本のダートは、一本外れたが少女たちそれぞれに一本ずつ刺さる。

 俺のダートは、最初の投擲で革鎧にはじかれたものと今回外れたものだ。……確率的には次で当てられるはずだが、今は槍でけん制すべきだろう。


「離レスギルナ」


 前衛の二体に指示を出しつつ、その後ろから少女たちに向けて軽く槍を突き出す。


『こいつらかなり頭いいわ』


『逃げるべきよ』


「短剣ニ投石ヲ集中」


 ちらりと後方を確認した短剣持ちの少女に対して攻撃の密度を上げながら、俺は元オサとともに戦士風の少女を攻撃する。

 投石はスリングを用いない手投げであり、他の前衛にも傷付けるなと命令してある。それが原因で小鬼ゴブリンたちが死んでもなお、この少女たちの生け捕りは利益があると判断したためだ。


『グゥッ、なんか体が重いんだけど』


『な、これ毒矢だったの!?』


 刺さったダートを慌てて抜こうとしているという事は、毒が仕込んであることに気付いたのだろう。

 それを知覚できるほどに、毒が回っているというのであればもう十分だろう。


「引キ倒セ!」


 指示とともに後衛は少女たちの顔に向けて投石し、前衛は腰めがけてタックルを行う。


『くっ、こいつらっ』


『きゃっ』


 顔をかばって、受け身の態勢が不十分だった少女たちは見事に地面に転ばされ、短剣持ちの少女は二本とも武器を取り落としてしまう。

 剣を手放さなかった戦士風の少女が、腰にしがみつく元オサに突き立てようとするところで、俺が飛び掛かり剣を持つ右腕に十字固めを極める。


「短剣ヲ押サエロ」


 戦士風の少女が剣を手放したことを確認しながら後衛の小鬼ゴブリンたちに指示を出す。


『ぅぅ、はなせ』


『くぅ、離れなさい』


 少女たちはわめきながら暴れるが、次第に毒が回りおとなしくなっていく。


「森ノ中ヘ連レテ行ケ」


 小鬼ゴブリンたちに指示を出しながら、街道に誰もいないことを確認して、落ちていた枝葉で地面を掃いてその上に落ち葉を散らしておく。

 これで、注意深く見なければここで戦闘が起きたことがバレることはないはずだ。

 その後、少女たちが投げ出していた背嚢を抱え俺も森の中へ入る。



 隠蔽工作ののち森へと入った俺は、少女たちの背嚢からロープを取り出す。蔦は獲物を引っ張って帰る用に持ち歩いているが、丈夫さに不安があったため持っていてくれて助かった。

 取り出したロープで未だ体を動かせない少女たちの手足を縛る。縛る最中かなり睨まれたが、一部の人間にとってそういうシチュエーションの方が滾るということを知らないのだろうか。

 そういうタイプでもなければ、そもそも人間ですらないのだが。小鬼ゴブリンにはそういった性的趣向の違いはあるのだろうか、などと益体も無いことを考えながら少女たちを縛り終えた。


「上ノ毛皮ヲ脱ゲ」


 小鬼ゴブリンたちに指示を出しながら俺も上半身に着ていた毛皮を脱ぎ、それを並べてその上に少女たちを寝かせて簀巻きにした。

 毛皮を脱ぎ始めたあたりで、少女たちが怒りやら悲哀やら諦観やらを宿した目をしていたが、たぶん小鬼ゴブリンが女性を犯すときはこんなにお行儀よく服を脱いだりはしないだろう。

 わざわざこんなことをしたのは相手が十代半ばの少女とはいえ、百五十センチほどある人間二人を抱えながら巣に帰るのはあまりに時間がかかりすぎるため、この状態で引きずって帰るのだ。


 その後、目と口を背嚢から拝借した布で塞ぐ。決して下着を口に突っ込んでふさいだわけじゃない。

 いや、背嚢からかぼちゃパンツが出てきたときは、これを頭からかぶせたら簡単に目が塞げそうだとは考えたが実行していない。


「オ前タチハ先ニ帰リ、三体ホド連レテコイ」


 元オサと後衛組の一体に指示を出し、他の二体に簀巻き状態の少女たちを運ばせる。

 別に楽をしているわけではなく、他の魔物に遭遇した場合に俺の手が空いていた方が全員の生存率が上がるからだ。



 そんな状態で一時間ほど歩いていると、先ほど送り出した元オサたちが帰って来た。休憩やら一角兎アルミラージとの遭遇戦やらを挟んだため思うように進んでいなかったようだ。


「新シク来タ二体ト交代シロ」


 引き手を交替して進み、ペースが落ちてきたら再び交代を繰り返しながら巣に近づいてきたところで進路を変える。


「オサ、ドウシタ」


「ソノママ着イテコイ」


 わざわざ目隠しと増援を命じた理由はこれで、遠回りをして戦闘地点から巣までの距離を正確に測らせないようにと、五体だと巣に帰る間に疲れて、そこを魔物に襲われた場合被害が出かねないためだ。

 そこからは蛇行しながら巣に向かい、運び始めてからゆうに三時間ほど経過したあたりで巣についた。





 あれから三日が経過し、俺は食事を持ちながら昔は納屋として使われていたであろう小屋に入る。


『さっさと犯すなら犯しなさいよ。あんたたちなんかに屈したりしないんだからっ!』


 戦士風だった少女が強気な口調で何かを言い、短剣を持っていた少女はじっとこちらを観察するように見つめている。

 この反応は昨日と同じなので何となく予想していた。元戦士風の少女はきっと解放しろ、とか言っているのだろう。まあ、その態度も強がりだろうと想像がつくのだが。


 二人は小屋の柱と首をロープでつながれている。別に奴隷とか犬とかを意識しているわけではない。手と足は、一定以上開けないようにそれぞれ結んである。

 首を柱につないだのは、手足や腰では縄ぬけされる懸念があったためだ。


『あたしたちの食事持ってくるなんて、きっとあんたは下っ端なんでしょうね』


 挑発的な口調で何か言っているのを無視し少女たちの前に食事を置き、少し離れたところで同じような食事を置き、食べ始める。

 食事はイモから作った主食と兎肉を焼いた主菜、そこらへんで摘んできた葉っぱの副菜からなる小鬼ゴブリン的にはかなり豪勢なものだ。といっても、香辛料になりそうな香りの強い野草で味付けしただけなので人間的には微妙なものだろう。実際に初日はぶつくさいっていた。

 ちなみにイモは、村の一角に草が生い茂っていたところがあったので、そこを掘ったら出てきたものだ。メークインをさらに長くしたような形で、味はしょせん腹持ち用の食べ物といった程度だ。


『同じようなものばっかり』


『でも食べないと、いざって時に力が出ないわよ』


『わかってるわよ』


 食べながら様子を伺い、その会話を聞く。

 きっと、食事に文句をつけて力が落ちるとたしなめられ、しぶしぶ返事をしたというところだろう。内容のわからない会話を推測しながら、それぞれの単語を日本語に置き換えて言葉の把握に努める。


 彼女たちを犯さないのは、人間の知識を得るためだ。

 お互いの言葉が通じるならば、痛みや苦痛で口を割らしてしまえばいいが、言語を理解するところから始めるのであればその方法では難しいと考えたのだ。

 ほかにも、人間から生まれた知能の高い個体がクーデターを企てる可能性がある、という理由もあるのだが。


 現在小鬼ゴブリンたちは決闘でしかオサを決めていないが、自身の勢力を作り独立したり魔物に殺された風を装って暗殺したり、オサの地位を手に入れる方法はいくらでもある。

 そして、そのことに知能の高い個体だとあっさり気がつくだろう。その危険性の排除という意味でも、彼女たちが犯されて子どもを作らされると困るのだ。


『で、これからどうするのよ』


『ずっとここにいるつもりなの?』


『まさか、そんなわけないでしょ』


『だったら、聞く必要ないじゃない。どうやってここから逃げるかでしょう』


『そのための方法を聞いてるんじゃない』


『相手の数もここがどこかもわからないうちに逃げるのは難しいでしょうね。犯す気もなく食事も与えてくれてるんだからいいじゃない』


 なかなか長いこと会話している。初日や二日目では俺を警戒してあまりしゃべらなかったので、言葉の理解という意味ではこちらの方が助かる。おそらく逃走の算段だと思われるが、現状急いで逃げなければならないような状況ではないはずなのでしばらく猶予はあると思う。


 なんとか、会話できるところまで距離が縮まればいいんだが。

 他の小鬼ゴブリンに襲わせて、颯爽と俺が助けるか? いや、万が一計画だと知られたら会話どころじゃなくなるし、それが原因で逃走に踏み切られても困る。却下だな。


『しばらくは様子見ってことね』


 はあ、しばらくは様子を見て地道に距離を縮めていこう。



 それからさらに三日。

 再び食事を持って小屋を訪れていた。


『やっと来たわね』


『毎度ご苦労なことだわ』


 初日に比べれば、表情も口調も明確に変化していた。食事以外にも見張りとして四六時中同じ場所にいたおかげだろう。

 群れに関しては、俺がいなくともある程度動けるようになっているので、しばらくはこのままで問題ないだろう。しかしそれは、群れが俺の手を離れるきっかけになりかねないので、早いところ人間側の情報収集を行うことにする。


 食事が終わると、少女たちに近づきと地面にミミズがのたくったような線を描く。

 少女たちに目を向けると、キョトンとした顔で俺の描いた線を見ていた。この反応を得るために、わざわざ時間をかけて距離を縮めたのだ。


 きっと初日に同じことをしても怪訝な顔をされるだけだっただろうが、トイレ用のツボの交換や数日に一度の水浴び用の桶やタオルの用意など彼女たちに必要なものは大抵用意した。

 暴行されると思っていた彼女たちからすれば、この待遇はかなり戸惑っただろう。その上同じ場所で過ごすことにより、俺が無闇に暴力を振るうようなことがないのは理解し、警戒心は低下するだろう。

 警戒心は態度も口も硬くする、そして警戒心の緩んだ相手から謎の模様を見せられたらこう言うはずだ。


『なにこれ』


 おそらく、俺の思った通りのことを言ってくれたのだろう。この言葉さえわかれば、あとは手当たり次第指をさしながらこの言葉を繰り返したら、語彙を増やせるわけだ。

 試しに自分を指さしながら。


小鬼ゴブリン


 少女たちを指差しながら。


『なにこれ』


 少し言葉はおかしいかもしれないが、これで伝わるはずだ。

 ちなみに『小鬼ゴブリン』と言う言葉は、街道で襲った時に言っていた言葉でその後も監禁中に何度か言われたので、小鬼ゴブリンに類する言葉だと推測したのだ。


『なにこれ』


 そして急にしゃべりだした俺を見て、ぽかんとしている二人にもう一度同じことを言ってみた。


『えっと、人間』


 思わずっといった感じで、元戦士風少女がつぶやいた。ちらりと短剣少女に目を向けるが、ぱちくりと瞬きをしただけで返答はない、ということはおそらく自身の名前を言ったわけではなく種族名を言ったのだろう。

 ようやく、コミュニケーションらしきものが取れたことに安堵しながら、さらに質問を続けていった。

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