スケルトン編 外伝 虎口
骨臥兵の追跡中、突如静止の声をあげたヴォルテールの言葉に反応し、それぞれが背を合わせるようにして四方を警戒する。そんな中正面に位置していたヴォルテールが数歩進み、地面を数回さすり顔を上げた。
「落とし穴だ」
近くに来て確認するよう促したヴォルテールに従い、周囲への警戒を緩めて、落とし穴の前まで集まった。
「たしかに、あると言われれば何となく穴の場所もわかるな」
「ああ、おそらく本職が作ったものではないだろう」
そういうと穴のふちに手をかけて、何かをめくりあげた。
ヴォルテールの手には冒険者のものと思われる服が握られており、その上にかぶせられていた砂がパラパラと落ちている。服が覆っていた部分を見ると、骨臥兵の骨がまさしく骨組みとなっており、同じように穴全体を覆っている。
「ルース、槍で壊してくれ」
「大丈夫なのかよ」
「ああ、その程度なら問題ない」
手の届く範囲で服を取り去った後、パーティーで唯一の長柄武器を持っているルースに骨組みを壊すよう指示が出た。
「これは……」
「同業者狩りか?」
落とし穴の中を覗いたマーガレットとルースが苦い声をあげる。
穴の底にいたのは白骨死体だ。頭から落ちたのか、下半身を上にして上半身や頭蓋骨は背負っていたであろう満載の背嚢の近くに転がり落ちている。
一見すると落とし穴にはまった冒険者だが、これは――。
「違う」
「ええ。爪の部分を見てください、人の死体ではありません」
「あっ」
「骨臥兵か」
人の白骨死体と骨臥兵は非常に似通っているが、数少ない差異として手足の指先がとがっていることがあげられる。
この死体は、足先の骨が骨臥兵であることを示していた。
「なんだってこんなところに骨臥兵が? まさかこんな穴に落ちて死ぬほどやわじゃないだろ」
その通りなのだ。『測量』の魔法がないので正確なところはわからないが、この穴は直径が一.二メートルほどで深さは三メートルほどだ。しぶとさが強みの骨臥兵がこんなことで死ぬとは考えにくいので、誰かかがわざわざここにここに配置したことになる。
しかし、いったい何のために。
「……おそらくあれだ」
同じことを考えていたであろうヴォルテールがなにかに気づいたらしく、穴にたらされているロープを指さした。
ロープの一端は地面から十センチほど下、穴の側面に埋められもう一端は穴の底まで伸びている。不審に思いながらも白骨死体のインパクトもあり、あまり気にしていなかったがただのロープではないようだ。
ヴォルテールは私たちを下がらせると、穴の底に伸びているほうとは逆の一端、地面に埋められているロープの根元をつかみナイフで穴のふちを掘った。
数秒ののち、掘られた部分から土くれが落ち、ロープが巻かれたフラスコが土とともに転がり落ちようとしたところで、ロープを手繰り寄せヴォルテールはこちらに向き直った。
「錬金オイルで丸焼きってことかよ」
「ス、骨臥兵の骨は助燃材がわりでしょうか?」
「それもあるけど、おそらく背嚢を置いていても不自然じゃないように見せるためでしょう」
ヴォルテールはうなづいているが、ルースとマーガレットは首をかしげている。出てきたフラスコを見て、この落とし穴の性悪さを即座に見抜けたが、金銭にあまり執着がない二人はさらに踏み込んだ悪辣さには気づいていないようだった。
「落とし穴にはまって、そこに荷物を満載にした背嚢があれば、ぜひとも持って帰りたいと思うでしょう。そして背嚢を背負って、用意されているロープに手をかければ、元の体重が軽くても背嚢の重さが足されてフラスコの罠はしっかりと発動します。そうなってしまえば死体代わりに置かれていた骨臥兵と、おそらく背嚢に入っていた骨ごと焼かれることになるでしょう」
女性人二人は顔を引くつかせている。
「背嚢は重りと助燃材で、骨臥兵はカムフラージュとこれまた助燃材かよ」
「わざわざそんな手の込んだ罠を作るなんて。なんのために……」
その疑問は当然浮かんだが、確実といえる答えまではわからなかった。
「わざわざ背嚢と素材を丸焼きにするってことは、金銭度外視の罠好きくそったれ同業者狩りだろ。胸糞わりぃ」
……やはりそんなところだろうか。確かにこの階層で罠を使う存在は人くらいだろう。アンデッドは軒並み知能が低く『アスポデロスの野』で最強の魔導屍は知能があっても罠を使うタイプの魔物ではない。
「……いや、それにしては罠の隠ぺいがお粗末だ。わざわざ戦利品を失うような作りの罠を、素人の同業者狩りが作るとは思えない」
「なるほどな。確かに罠を作りになれてる同業者狩りって線はないかもしれないけど、だからってアンデッドどもがこれを作ったってのも考えにくいだろ。ただの落とし穴ならともかく、急にこんな代物を作れるアンデッドが現れたなんて、さすがにないだろ」
ルースの言葉にある程度同意しながらも、やはりヴォルテールは納得がいかないような顔をしている。罠の出来と構造の複雑さの乖離を、だれよりも認識しているからこそなのだろう。
「はいはい、議論はそれぐらいで。あの骨臥兵をこれ以上追えないようなので、依頼に戻るか今日はもう帰ってしまうか決めましょう」
手をたたいて議論を中断させ、これからの行動についての話し合いに切り替えた。
結果、意見は割れることなく帰還することとなった。人が作ったのであれ、アンデッドが作ったのであれ、どちらにしてもこの落とし穴は何の対策もなしに探索を続けようという気にはさせてくれなかった。
あくる日の朝。頭上に灯る光のもと、昨日よりも薄らいだ霧の中を進んでいく。
薄らいだとはいえ、依然として見晴らしの悪い霧の中を進むのは神経を過敏にさせる。昨日までとは違い、周囲だけではなく足元まで気にかけなくてはいけないのでそれも当然だ。
無論依頼の中止はない、ダンジョンから帰って一番最初に決まったのはそれだった。しかし、それまでの『アスポデロスの野』と同じような対応をしていては身に危険があるのは明らかだった。その解決策として頭上に灯る光が関係してくる。
光源を作り出す魔法として、火魔法と白魔法の二つがあげられるが、この光は白魔法によって生み出されたもので、あたりを照らすとともに『闇』を遠ざける力も持っている。当然ただの光源を作り出す魔法に比べて魔力的負担が大きく、一日当たりの探索時間は削られるがアンデッド的性質を持つこの階層の霧を遠ざけることができるので安全度が上昇するのだ。
そんな時間的制約がついた探索だったが、思いのほか順調に進んだ。
階層の端である昨日の落とし穴があった場所を起点に、その周辺を探るように進んでいたためほかの冒険者と競合しなかったためだろうか。それでも本来の獲物である骨臥兵だけと戦えるわけではなく、腐屍者に僵尸、悪霊などと遭遇しながら問題なくこれを退けた。
霊体系最弱の幽霊は頭上に灯る光によって退散させられるので見かけていない。
一見順調だった道程を遮ったのは、ヴォルテールの制止だった。
階層全体を照らす自然光と頭上の光球、聖球体の光を浴びて伸びる二つの影を従えながら、魔術師然としたアンデッドが姿を現した。
その瞬間前衛二人が前に出て、私とマーガレットはいつでも魔法を放てるように準備する。
即座に攻撃するようなことはしない。『アスポデロスの野』の主でC級の魔導屍はその分類に見合う脅威度を持っている。
特にC級からは一つ級が違うだけで強さが加速度的に上昇する、と言われている。
その最たるは、C級からは知能を持った魔物がとたんに増加するのだ。あくまで目安としての話ではあるが、魔導屍は知能を持つ方の魔物なのでこちらからは攻撃せずに、やるならやってやるという姿勢を見せて引いてくれることを祈る。
(ネズミを探していたらハエを見つけてしまったか。まあ、さっさと潰せばよいか)
「火球!」
(黒球)
気負いない声とともに杖を掲げ、それこそハエでも払うような軽快さで魔法を放った。
発言から敵対は免れないと察した私が魔法を放つほうが数瞬早かったようだが、それぞれの中間地点から少し魔導屍よりで衝突した魔法によって生じた爆発が視界をふさいだ。しかしそれだけでは終わらず、その炎の中から黒球が飛び出してきた。しかしそれも、こちらに向かう途中であらぬ方向に曲り薄れて消えていく。
「聖球体!」
黒球と相殺する形になり姿を消した頭上の光に代わり、すぐ新たな退魔の光が灯った。もともと使用していた白球体の上位魔法だ。現在マーガレットが使える魔法の中でも最上位のものなので、そう何度も行使できるものではない。
(どいつもこいつも忌々しい!)
感情を表すように杖で地面を激しく打ちつけると、それを合図に周囲から様々なアンデッドが姿を現した。その数はかなり多く、三十体以上だ。
(せいぜいもがくがよい。砂原)
視界内に変化はないので、ちらりと後方を確認すると聖球体の影響によって効果が減少したのか、広範囲ではないものの退路を塞ぐように砂漠のような砂地が広がっている。わざわざ足元ではなく背後に発動させることで逃がすつもりはない、と言いたいのだろうか。
魔導屍が杖を振り下ろすと、周囲を囲んでいたアンデッドたちが一斉に動き出した。
聖球体の効果を受けて弱体化するとはいえ、その分光球も消耗するので魔導屍からの魔法に対する守りに不安が出てしまう。どうにかして、逃げるなり、せん滅するなりしなくてはならない。