スケルトン編 外伝 邂逅
「なんでそうなったんだよ!」
「だから、さっきから謝ってるじゃないですか」
ギルドに併設された酒場に、またひとつ喧騒のもとが生まれた。
この程度の声では見向きもされないほど賑わっている、夕暮れ時の酒場で食って掛かってきたのは、パーティーメンバーの女性だ。
二十人はゆうに座れるほど広い長机の対面から、不満そうな顔でこちらを見ている。彼女との付き合いもかれこれ四年ほどになるので、こうなることはわかっていた。
「ルースさん落ち着いてください」
そして隣から仲裁が入るのも予想できていた。
声を上げた少女との付き合いは二年ほどだが、毎日のように顔を合わせ冒険者として背中を預けていれば、並の生活を送るよりも濃密に互いの性格というものが見えてくる。それが年単位で続いているというのは、相性のいいメンバーということだ。
「けど、これからってときに別階層のクエストを受けてくるか、普通」
少女とは反対方向に座っている、見知らぬ冒険者の男が景気良く酒をあおって笑い声を上げているなか、少しは落ち着きを取り戻した声で、それでもなお不満そうに唇を尖らせている。
「……普通じゃないことをしたというなら、一度理由を聞いてみるべきだろう」
文句を垂れる女性の隣、先ほど仲裁に入った少女の正面に座った男性が静かに制止する。
その寡黙な性格を写したように、武骨な外見をした男が表情も変えずに淡々と制止する様は、はたから見ていると不機嫌なように見えるが実際のところ、そんなことがないのはここにいるメンバーなら皆わかっている。
「分ーたよ。たくっ」
それを示すように、こちらへ手をプラプラさせながら話の続きを促してくる。
ようやく話が進められそうだ。
ことの始まりは、冒険者になりたてのころからお世話になっているドワーフの親方が営む、この都市の基準でいえば小さめの鍛冶屋に出向いた時だ。
「お前さんら、最近ようやく『ジェナーテラ』を抜けられそうなんだってな」
「はい。長くかかったように感じますが、他の冒険者と比べたら結構順調に進んでます」
「そうかそうか、そいつは重畳」
たしかにめでたい話はしているが、それにしてはからかうような笑い方で言祝いでくる。そんな笑い方をした人間が言ってくることなど、それこそ重畳ではないのだろうが、続く言葉を遮るすべもなくその口から言葉が紡がれる。
「そんな順調なところ悪いんだが、ちっとばかり骨臥兵の骨を集めてきてくれねぇか」
「悪いと思ってるなら他の冒険者に頼んでくださいよ。この店に通ってる駆け出しの冒険者だっているでしょう」
この都市において、骨臥兵の骨は駆け出し冒険者の象徴であり、わざわざ依頼を出して入手するということはあまりない。
というのも、骨臥兵の骨は鍛冶師と錬金術師ぐらいにしか需要がなく、その分の供給は駆け出し冒険者でまかなえてしまえる。
というのも単純にアンデッドを相手にするのは、相性が良くなければかなり手こずってしまうからだ。収入も支出もすべて自分次第のこの仕事は、基本的に時間当たりの稼ぎがいい獲物を狙うものだ。
そしてここの迷宮の構造上、アンデッドの主な狩猟場『アスポデロスの野』の次の階層が最も手軽にかつ、確実に稼げるうえ、出てくる魔物の強さは『アスポデロスの野』とほとんど変わらないのだ。
そしてアンデッドといえば骨臥兵だけでなく、腐屍者なども相手にしなくてはならず、単純に腐肉に対する嫌悪感がある。
このように、稼げない、手ごわい、不潔の三拍子を押されるこの階層は、他に選択肢のない駆け出しぐらいしか立ち寄るメリットが薄いのだ。
いくらこの店が小さいとはいえ、さすがに常連客が私たちのパーティーだけということはないので、本来はもう少し下位の冒険者に頼むような内容だ。
「ちっとばかし量が必要でな、今なら報酬に加えて依頼開始前と終了後の装備のメンテはタダでしてやるぞ」
「……それでも旨味の少ない依頼であることには変わりないですよ」
僕がそう言うと、ドワーフの鍛冶師は嘆息を漏らすようにうつむいた。
「おぉ、なんちゅう冷血な冒険者なんじゃ。こんなしょぼくれたジジイから搾り取ろうとするとは。そんな冒険者は出禁にした方が良いかのぅ」
そんなふざけたことを言いながら、下ろした顔を上げてちらちらとこちらに視線を送ってくる。
「……どれだけ集めてきたらいいんですか」
「受けてくれるのか! いやぁ、助かる助かる。詳しいことはギルドで依頼を受けた時に確認してくれ」
「説得にちょっと時間がかかるかもしれないってことは理解しておいてくださいね」
「そういえばあの娘っ子が『ジェナーテラ』を攻略できそうだと息巻いておったのう。ならこの話をしてやれ―――」
「それ、ほんとなんですか?」
胡乱な目で見つめる私に対して、心外だといわんばかりに大きくうなずき言葉を続けた。
「さっき来たヒヨッコ冒険者どもが言うておったことじゃ。まだほとんど知られておらんはずじゃよ」
「それなら、まあ説得できると思います」
その返事を聞くと思惑通りとばかりに鷹揚とうなずいた。
という話を、最後に聞いた情報をはぶいて話すと、案の定正面から不機嫌そうなうなり声が聞こえてきた。
依頼を受けるのは仕方ないが、面倒な話を持って来やがって、といったところだろうか。他の二人の顔を伺うと依頼に対しての反対よりも、ルースの反応に対して苦笑いしているという感じなので問題ないだろう。
なので、とっておきの情報を解禁しよう。
「ああ、そうだ。言い忘れてたけど親父さんの店に通ってる冒険者が『アスポデロスの野』で見覚えのない魔物に遭遇したそうです」
「あんな序盤の階層でそんなことあるのか?」
数多の冒険者によって探索しつくされた階層の新情報に、懐疑的ながらも興味を持ったらしく、とりあえず不機嫌な顔を引っ込めた。
「情報の真偽はともかく、話では僵尸の恰好をした骨臥兵らしいです。冒険者たちと遭遇したら、すぐに姿を消してしまったそうです」
「なんだそりゃ、聞いたこのもない外見だな。骨臥兵が僵尸の服を着てるのか、僵尸が骨臥兵系に進化したのかってとこか」
「ついでに、この話は発見したのが今日のことなので、ほとんど知られてないはずです」
「未知の魔物と戦えるかもしれないってことか」
どうやら相応に興味を引いたようで、最初の不満げな様子はどこにもない。
「やるなら、今日中に装備を親父さんに渡しておきたいのですが」
「最初っからやらないなんて言ってないだろ。爺のところに行くなら、アタシも直接行って詳しい話を聞いてやる」
「二人も依頼は受けるってことで問題ありませんか?」
「はい、もちろんです!」
「ああ」
「ふふ、ありがとうございます」
そういうと、二人は静かに苦笑いを浮かべた。
装備の受け取りやアンデッド対策などに時間を使い、実際にダンジョンへ入った時には翌日の正午に差し掛かろうとしていた。
『アスポデロスの野』はダンジョンの五階層に位置しているが、わざわざ一から階層を下る必要はなく五階層と六階層の間に転移できるのだ。
ここを使う場合大半の冒険者が六階層に向かうので、五階層へ向かう私たちは少し奇異に見えただろう。
「ここに来るのも久しぶりですね。私がパーティーに入った時に来ただけですよね」
「アタシとヴォルテールは相性が良くないからな。マーガレットのランク上げにはちょうどいい場所だし、なによりここの魔物を見とけば大抵のやつは大丈夫だからな」
「そうですね。初めて霧の中から腐屍者が現れた時は怖かったです」
濃霧が包む荒野の中、槍を持った女性と法衣の少女が思い出話に花を咲かせている。
二人も当然周囲の警戒を怠っていないとはいえ、やはり普段ほどの緊張は見られない。
「さっさと依頼にとりかかりますよ」
そんな二人に釘を刺して武骨な男に先導をお願いする。あらかじめ話し合っていた通り、『道』を外れて進んでいく。
『道』というのは五階層の入り口と出口を直線的に結んだ通りで、厳密に道があるわけではないが冒険者の間では、他の冒険者とも遭遇しやすい比較的安全なルートとして『道』と呼ばれている。
その『道』を離れて霧の中を進んでいると、何度かアンデッドに襲撃される。しかしヴォルテールの索敵のおかげで先制されることもなくやり過ごせている。
常時霧に包まれているこの階層は、一般的な『察知』系の技能が減衰されるため、前回ここに来たときは魔物が霧から姿を現してから対処することが多かったので、自分たちが進歩しているのがよく分かった。
戦闘面においても、アンデッド、とくに骨臥兵対して有効な攻撃手段のないルースとヴォルテールでも十分討伐できている。
そして索敵により万全の状態で開戦し、骨臥兵三体を倒し骨と魔石を集め終えたところで少し休憩を挟んでいると、ヴォルテールがサッと手を上げた。
他のメンバーも心得たものですぐに武器を構えて周囲を警戒する。
「右! おそらく一体」
ヴォルテールが示した方向に前衛が移動し、後衛である僕とマーガレットは一か所にまとめていた背嚢の近くに陣取る。
「飛ばします。強風」
魔法を使用すると霧が吹き飛ばされ、視界を遮られない空白地帯が出来ました。
『アスポデロスの野』を覆う霧は自然発生する水の粒ではなく、アンデッド的な性質を持っており、この中ではアンデッドの能力が一部強化されますが、白魔法を使用することで消してしまうことが出来る。
しかし視界を確保するだけなら、白魔法とは違い押しのけるだけとはいえ、風魔法の方が効率がいいのだ。
霧が晴れた先にいたのは、僵尸をそのまま骨臥兵にしたような魔物で、背嚢を背負い弓をつがえているところだった。
霧が晴れてこちらを視認したアンデッドは、素早く矢を放つとともに火魔法を使用してくる。
「火弾!? まさか魔封石を」
矢はルースを、火弾は背後に集めてある背嚢を目掛けて飛んでおり、その狙いからは明確な知能が感じられる。
「しゃらくせぇ!」
「やらせません!」
ルースがこともなげに矢を払い、僕もかろうじて背嚢に向けて飛んでいた炎を杖で阻んだ。そこから反撃に移ろうとしたところで、骨臥兵はフラスコを投げており、地面にぶつかると両者の間に炎の壁を作るところだった。
「ッチ!」
前衛の二人が炎の壁を迂回しようと動き出した時に、その向こうから現れた燃える矢をルースが槍を伸ばして、かろうじて叩き落とす。
おそらく矢に、骨臥兵の骨などの可燃性のものを使用したのだろう。ただの火矢と違い、矢全体が燃えていた。
「ヴォルテール!」
「矢を射てすぐに離れたみたいだ」
骨臥兵の行方を尋ねるとすぐに返答がかえって来た。
「あいつが話に出てた骨臥兵僵尸だろ。追いかけようぜ」
ルースは当然のことながら追撃の案を唱えた。その言葉に他の二人の顔を確認すると、どちらも消極的賛成といったところだ。
「背嚢は置いていきます。でも、距離を離されるとすぐに諦めますよ」
「よっし! ヴォルテール、頼んだ」
ヴォルテールもこうなることがわかっていたのだろう。すぐに頷くと先導を開始する。
「近づいている」
『察知』の反応を告げる言葉に走る速度を上げようとしたとき――
「止まれっ!」
――先頭を走っていたヴォルテールは、鋭い声とともに腕を上げて制止をうながした。
本編では詳細が出ていなかった矢の詳細。
魔導屍との初遭遇時、フラスコで燃やした後に矢を射かけようとしたのは、骨臥兵の骨製矢で体内を焼くためでした。
ついでに魔導屍討伐時、炎の壁を突き抜ける際に矢筒を外したのは、矢の延焼への警戒です。