表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

スケルトン編 相生

 あの後、罠として設置していたフラスコを保険として一つ取り外し、追いはぎに出かけましたが、結局問題なく集めてしまったので元に戻しました。


 取り外すときに確認しましたが、あの人間たちが立ち止まっていたところの落とし穴が使われており、おそらく仕掛けを確かめるためにわざと作動させたのでしょう。落とし穴のことが知られているうえ、霧の中から不意打ちもできないとなると、もはや私があの人間たちを倒すことは、諦めた方がいいかもしれません。


 そんなしょげた気持ちを抱えながらも、フラスコはもともと持っていた分と合わせて六個確保できており、これで魔導屍リッチと戦うことになっても最低限、逃げることくらいはできるはずです。


 しかし、土と火の魔法を使用する魔導屍リッチを確実に倒せる作戦は浮かばないまま、とりあえず物資の確保を目指して今日も霧けぶる荒野を探索していると、戦闘中の人間を『生者感知』が捉えました。

 人数が四人で、若干トラウマを刺激されますが、あのパーティーにしては戦闘に時間がかかっており、骨臥兵スケルトンの群れに手こずる別の人間たちでしょう。

 そう考えて、戦闘が続く場所へ近づいていきました。



 近づく間に終わると思っていた戦闘は一行に終わる気配を見せず、ついに戦闘音がはっきりと聞こえる距離まで近づきました。

 嫌に長い経過時間と聞こえてくる音から察するに、私の経験したことがない大規模な戦闘が行われているようです。これほどの戦闘をこなせる人間を襲うのはリスクが高いと、踵を返そうとしたとき――。


(人間風情に何を手間取っている、さっさと押しつぶしてしまえ!)


 っ! この声はおそらく、あの魔導屍リッチのものでしょう。

 魔導屍リッチが他のアンデッドを率いて人間と戦っているのかもしれません。だとしたら、さんざん頭を悩ませていた魔導屍リッチを相手に先制をとれる絶好の機会です。

 問題は戦闘に横入りすると、魔導屍リッチと人間の両方から攻撃される恐れがあることです。しかし、戦闘に参加するかは実際に戦いを見てから決めても遅くはないでしょう。



 というわけで、弓と宝石を用意して臨戦状態で近づいていきます。

 理想としては、最初から戦場にいたスケルトンとして近づき仕留めたいのですが、それには外見を合わせるために背嚢やポーチ、キョンシーの衣服などを外して防御力や対応力を犠牲にしなければならず、そうなってしまうぐらいなら怪しまれてでも、万全の状態の方がいいという判断です。


 そして霧の中を少し進むと、戦闘音はよりはっきりと聞こえるようになり、戦闘の様子が断片的にですが察せられます。

 一番派手に聞こえてくるのは――


火球ファイアボール


火球ファイアボール


 爆発音で、次に聞こえてくるのは――


『おらぁぁぁあ!』


 女性の雄叫びと、骨臥兵スケルトンが粉砕されている音です。

 見ずとも聞いているだけでその激しい戦闘音は、私以上の実力者同士の争いだという事を教えてくれます。

 それほどの脅威なら、なおさらここで見ておかなくてはいけない、と怖気づきそうな心を叱咤して、さらに進んでいきます。



 霧を抜けて目にしたのはまさに死屍累々と言った光景で、腐乱死体と骨と中華風の服を着た死体があちこちに散乱しており、空中には幽霊ゴーストなどが飛び回っていました。

 これがお化け屋敷なら素晴らしいクオリティーですが、残念ながらここは戦場の真っただ中で、現在進行形で量産されている散乱物は私と同族、同系統の存在たちです。


 そのうえ、どうやら私は魔導屍リッチと人間が争う中間あたりに出てしまったらしく、左を見れば後衛らしい人間が二人、正面では前衛の人間二人が無数のアンデッドと戦っており、そこからさらに右に視線を向ければアンデッドたちに守られるようにして魔導屍リッチが立っています。

 どちらからも狙われやすい位置なので、一度霧の中に引き返して魔導屍リッチの後方まで移動してみましょう。



 慎重に歩を進めていると、はたと思い出しました。

 魔導屍リッチと戦っていた人間たちは私を負かしたパーティーではないでしょうか。

 骨臥兵スケルトンを槍の柄で砕いていた女性、腐屍者ゾンビ僵尸キョンシーと戦っていた短剣使いの男性、魔導屍リッチと魔法を撃ち合っていた耳長の少年、幽霊ゴーストたちを散らしていた法衣の少女。


 その姿は霧が晴れたあの時に見たものです。

 魔導屍リッチに注意が向いており、全く気が付きませんでした。

 しかし、それがわかった所で行動を変える気はなく、魔導屍リッチを倒すことに集中します。


『生者感知』で人間たちの動向を確認してみると、アンデッドたちの壁が厚いのか少しずつ後退しており、体力が有限の人間がこれ以上の長期戦になると負けてしまうかもしれません。

 前方に注意が向いている魔導屍リッチを、後方からの奇襲で挟み撃ちにしたいので、手早く背嚢から不要なものを取り出し霧から姿を出さないように大回りで回り込みます。



 絶え間なく戦闘音が続く中、普段よりも見通しのいい霧の中を進んでいくと、六体の骨臥兵スケルトンに囲まれ、こちらに背をさらしている魔導屍リッチが見えてきました。


 骨臥兵スケルトンたちは戦士風の装備で両手剣持ちが三体、槍持ちが一体、剣と盾を携えた騎士鎧が二体のようです。鎧姿の骨臥兵スケルトンは、後方からでは中身を確認できませんが、先ほど正面から見た時に確認したので間違いないでしょう。


 取り巻きの装備を確かめ終えると、背嚢の肩掛け部分を右手で持ち魔導屍リッチへ向かって駆けだします。


(なにっ!?)


 私が駆けだしてすぐ、魔導屍リッチはこちらに気が付いたようで、驚きの声を上げながら振り返りました。


『ぶっ壊れろぉ!』


 霧の向こうで女性の雄叫びが上がるとともに、派手に骨臥兵スケルトンが破壊される音が聞こえてきます。


(くっ、混乱コンフュージョン


白球体ホワイト・スフィア


 魔導屍リッチは再び人間たちの方へ向き直り、黒いモヤを放ちますが白い光にはじかれて消えてしまいました。


(この慮外者どもが! お前たちは我を守れ)


 魔導屍リッチは取り巻きたちを迎撃に出すのではなく、自分の近くで守らせるようです。

 迎撃に出して、砂壁の時のようにその上からフラスコを投げ込まれたくないのか、はたまた別の理由なのかはわかりませんが、これなら一網打尽にできそうですね。


 魔導屍リッチは指示を出した後、ねじくれた杖を掲げて微動だにしません。


『おい、やべぇのが来そうだぞ!』


 その姿を見て、やはり人間たちも同じことを思ったのか、雄叫びとはまた違った鋭い声が霧の向こう、いえ霧を抜けて視界にとらえた、槍使いの女性が後方を向いて注意を促しているのが見えました。


『なっ!』


 再びこちらを向き直した槍使いは私を見て驚いた顔をしています。


骨臥キョンシー僵尸・スケルトンだ!』


『なんでこのタイミングで』


 人間たちがなにか言っていますが、魔導屍リッチとの距離は十メートルほどで、もはやほかのことを気にしている余裕はありません。

 魔導屍リッチはすでになんらかの魔法を使用する準備に入ってしまっており、のんびりと狙いを定めている時間はなく、走った勢いのまま手に持った背嚢を投げつけます。


 狙いは少し右に逸れてしまいましたが、十分に背嚢焼夷玉の射程内のはずです。

 これは地面に衝突した衝撃で、中のフラスコが割れて満載に詰め込んだ骨臥兵スケルトンの骨ともども大炎上する、というもので万が一フラスコが割れなかった時のために、あらかじめポーチから取り出しておいた宝石を左手に握りこんでいます。


死者の薪(ケフ・アン・アナオン)!)


 杖を掲げたままこちらに背を向けていた魔導屍リッチの一、二メートルほど右に背嚢が落下するその瞬間。杖の先に拳二つ分ほどの黒い炎が灯されました。

 その炎を見てとっさに後退しますが、魔法の効果がわかる前に背嚢は地面に落下し、その衝撃で中のフラスコはうまく割れてくれたようで、左にいた鎧と剣士骨臥兵スケルトンの二体を除き、四体の取り巻きと魔導屍リッチはまとめて炎が包みこまれました。


 炎はキャンプファイヤーのように燃え上がり、骨臥兵スケルトンたちはその姿をボロボロの炭に変えながら崩れていきます。

 そんな豪炎に包まれた中、魔導屍リッチがいまだに掲げていた杖の先に灯る黒い炎は激しく燃え上がらせ、黒炎の消滅とともに無数の火の粉が私を除くこの場にいる、すべてのアンデッドへと舞い降りてきます。


『させません! 聖球体ホーリー・スフィア


 しかし、人間たちと戦っていたアンデッドへと舞い降りるはずだった火の粉は、白い光によって半数ほどがかき消されています。

 それでも多数のアンデッドへと降り注いだ火の粉は、一瞬アンデッドたちの全身を包み込み、それが晴れた時には傷を負っていない姿で立ち上がり始めました。


黒球体(ブラック・スフィア)


 魔導屍リッチが新たに魔法を唱え、出現させたソフトボール大の黒い球体に背嚢焼夷玉の炎を吸わせると、黒炎が魔導屍リッチを包み込み、後に残ったのは魔導屍リッチと二体の取り巻き骨臥兵スケルトン、そしてその向こうにいる無数のアンデッドたちです。

 他の取り巻きたちは灰になり効果は発揮されなかったようですが、いずれも無傷となっており、他の取り巻きたちを消し炭にできたことを喜べるような状況ではありません。


(貴様ら絶対に許さんぞ! 八つ裂きにしてくれるっ!!)


 怨嗟の声とともに杖の石突で地面を打ちつけると、それを合図にアンデッドたちが人間に群がり、取り巻きたちは私の方へと向かってきます。


(特に貴様は必ずここで殺す)


 そう言いながら、こちらに杖を突き出してきました。

 どうやら人間たちは後回しにして、まず取り巻きとともに私を倒す気のようです。アンデッドの壁があるので、しばらくは私に専念できると判断したのでしょう。


 それを示すかのように、これまでと違い強い魔法を撃つ風でもなく私が逃げるそぶりをしたら、そこを撃ち抜いてやる、とでも言いたげな様子で杖を構えたまま動きません。


火弾ファイアバレット


 そうこうしている間に距離を詰めてきていた取り巻きのうち、戦士骨臥兵スケルトンに火の玉を放ち、さらにポーチから宝石を取り出し左手に持つと、右手で剣を引き抜きます。


 放った火の玉は剣の腹で防がれてしまいます。

 牽制目的とは言え、当たってくれることを多少なりとも期待していたので少し残念ですが、そんなことを気にしていられる状況でもなく、鎧骨臥兵スケルトンが盾を構えながら迫ってきました。


 半身を隠せるほどの盾を前面に掲げながら、右手に持った剣をコンパクトに振って攻撃してきます。

 その牽制には付き合わず、振るわれた剣を強くはじいて体勢を崩し一旦距離を取ろうとバックステップをすると、鎧骨臥兵スケルトンの陰から出てきた戦士骨臥兵スケルトンの両手剣による横なぎを受けてしまいました。

 とっさに両手剣と体の間に剣を滑り込ませることに成功しましたが、その勢いを受け流すことはできず吹き飛ばされてしまいます。


火弾(ファイアバレット)


 滞空ののち、地面を転がりながらも骨臥兵スケルトンたちに牽制の魔法を放ち、勢いが弱まるとすぐさま起き上がり、戦闘に支障が出るような傷がないことを確かめます。


 その後横目でちらりと魔導屍リッチの動向を確認すると、いまだに魔法を撃つ気配はなく杖を構えたまま動いていません。さすがにここまで来ると逃げだしたところを狙う撃つ以外に、魔法の使用を控える理由があると考えた方が自然でしょう。

 考えられるものとしては、先ほどと様子は違っていますが強い魔法を撃つ準備というものと、撃たないのではなく撃てないの二つが思い浮かび――


(くっ)


 宝石の魔法を弾いた骨臥兵スケルトンたちが、両側から挟み込むように襲ってきます。悠長に考え事をさせてもらえないこの状況では、巧遅よりも拙速の方がいいようですね。


 二対一にならないよう、位置取りに気を付けながら素早く思考をまとめます。

 なにも骨臥兵スケルトンたちを倒す必要はなく、魔導屍リッチを倒してしまえば私にとっては勝利です。


火弾(ファイアバレット)火弾(ファイアバレット)


 剣先をちらつかせて骨臥兵スケルトンたちの警戒を誘い動きを止めた瞬間に後退し、宝石を二つ取り出すとそれぞれの顔面目掛けて火の玉を放ちます。そして、剣を鞘にしまうと魔導屍リッチに向けてフラスコを投げるとともに走り出しました。


(ふんっ、何度も同じ手が通じると思うな。砂弾(サンドバレット)


 自身と射線が重ならないよう山なりに投げたフラスコは、あえなく空中で撃ち落とされてリッチの手前に炎の壁を作ります。

 炎で魔導屍リッチの視界に捉えられなくなったことを確認すると、首に巻いていたマフラーを外して頭全体に巻き付けます。目まで覆ったその様子は、ターバンというよりも包帯にまかれたミイラに見えるかもしれません。

 そして、腰に付けていた矢筒を外し、腕をできるだけ丸めて内側から袖口を握り込み、骨が一切外に露出しない格好で炎の壁に飛び込みます。


(なにっ!?)


 炎の壁を迂回してくると予想していたであろう魔導屍リッチは、炎を突き破って現れた私を見て、たいそう驚いたであろう声を上げました。


 その声を聞いて恐々と頭に巻いていたマフラーを少しずらして、体に一切火がついていないことを確認して安堵の息をつきます。完全にその場で思いついた運否天賦の賭けでしたが、何とか炎の壁を無傷で通り抜けられたようです。これで少しの間は魔導屍リッチと二人きりで戦えます。

 この時間を無駄にしないよう、動揺が抜けきっていない魔導屍リッチ目掛けてタックルをして地面に転ばせマウントを取ると、素早く逆手で剣を抜き、乾ききった右目にめがけて振り下ろします。


(ぐがぁぁあ、きっさまぁぁ!)


 ミイラに近い死体である魔導屍リッチに有効な攻撃かどうかはわかっていませんでしたが、この反応を見る限り片目の喪失に近いダメージは与えられたのでしょう。


(ぐっ、破砕(クラッシュ)!)


 それならば、と左目も攻撃しようとすると、地面に縫い付けられていたはずの魔導屍リッチから爆発的な力で吹き飛ばされました。

 混乱しそうになる頭はすぐに冷静さを取り戻し、現状の把握に動き出します。


 それによると、魔導屍リッチは自爆覚悟で寝そべっていた地面を破裂させて、自身ごと私を跳ね飛ばしたようです。跳ね飛ばされた衝撃で、肋骨が二本折れていますが今は手足に損傷がないことを喜んでおきましょう。

 当然ながら魔導屍リッチも相応のダメージを受けており、来ていたローブはボロボロで、左腕は肩口から喪失しています。この様子なら、背中にもかなりの損傷を受けているはずです。


 剣を逆手から順手に持ち替え、ちらりと魔導屍リッチの奥。人間たちの戦況を確認しようとしたところ、魔法使いの少年と目が合ったような気がしました。


火騎槍ファイア・ランス!』


 その直後少年はこちらに杖を構え炎の槍を放ちました。

 しかしその槍が魔導屍リッチや私に当たることはなく、後方へと流れていきます。


 狙いが外れたかに思えた槍は、着弾とともに私の背後を強く照らし、熱によって発生した風が服をはためかせます。

 とっさに振りかえると炎の壁を迂回してきた二体の骨臥兵スケルトンが、灰となって崩れ去る瞬間でした。


(貴様などに討たれるものかぁぁあ! 火散弾(ファイア・ショット)ッ!)


 私を助けるために放たれた槍の理由を考える暇もなく、怒声とともに魔導屍リッチが動きます。

 しかし魔法を使うそぶりを見せた瞬間、頭を覆っていたマフラーを外しており、それを魔導屍リッチにむけて投げつけ頭と胸部をかばうように腕を交差させます。

 幸い魔導屍リッチの使った魔法は、貫通力がなかったらしく、私に当たるはずっだ火の玉はマフラーを燃やしただけで、左右をピンポン玉サイズの火の玉が通り過ぎていきました。


 燃えるマフラーが地面に落ち盾としての役目を失うと、燃焼を続けるマフラーを迂回して、魔導屍リッチに迫ります。


(なぜだ! なぜ死なん!!)


 憤慨する魔導屍リッチは右手一本で上段から放たれた斬撃を、同じく右手一本で杖を構えて受け止めました。


(シッ!)


(くぅ)


 開いている左手で放った目つぶしは回避されましたが、その際魔導屍リッチが体勢を崩してつばぜり合いをしていた剣は、支えを外された形になり、本来左腕があった場所を通り過ぎていきます。

 すぐさま刃を返し腹部を切りつけると、少し遅れて振るわれた杖を回避、左手を握り込むとアッパーのように振り上げっ――


火弾(ファイアバレット)


(なっ!?)


 殴りかかると見せかけて魔法を使用しました。

 しかし、火の玉は私と魔導屍リッチのあいだに現れ、数舜もせずに上空へ飛翔していくでしょう。ですがこの一瞬、魔導屍リッチの注意は目の前に現れた火の玉に注がれています。


 そしてこれまでの戦いで、魔導屍リッチ骨臥兵スケルトンほど思考の切り替えが早くないことはわかっていました。


(フッ!)


 おかげでこの瞬間、剣の行く手を阻むものは何もありません。

 狙うのは心臓、がある位置。ここならば、火の玉が魔導屍リッチの視界をさえぎり、攻撃の直前まで剣を認識できない上、少なくともアンデッドとはいえ骨臥兵スケルトンにとっては急所となる場所です。


 ――キィィン


(ぐがぁぁァァア!!)


 魔導屍リッチの胸部に吸い込まれるようにして突き入れられた剣は、狙い通り心臓部に達し何か硬いものを砕いて止まりました。

 この攻撃はかなり効いたようで、魔導屍リッチは杖すら手放し胸元を手で押さえ、よろよろと不安定な足取りで後ずさりします。追撃を行おうと一歩踏み出したところで魔導屍リッチは膝を折り、倒れ込みました。


 長いようで短かったこの因縁もようやく終わりを迎えそうです。

 そう、安堵の息をついた時でした。


(……貴様だけでも、貴様だけでも道連にしてくれるっ!!)


 そんな絶叫とともに、全身から黒いモヤを立ち昇らせ一本だけの腕で上体を起こそうとしたところで、力尽き掻き伏しました。

 しかし魔導屍リッチが立ち昇らせていたモヤは消えるどころか勢いを増して私を包み込みました。


 モヤは私の視界と身動きを奪い、さらに体のあちこちから骨のきしむ音が聞こえてきます。

 このままでは数十秒もしないうちに、全身の骨を砕かれてしまうことは明白です。さて、どうしたものか――。


 パリィィン


(あ、やばっ……)


 瞬間、モヤの黒に覆いつくされていた視界は紅蓮に染まり、体は炎に包まれました。


(も、もえ、もえ、燃えるぅぅ~~~)


 手足をわちゃわちゃと動かし、這う這うの体で炎を脱すると消火のために地面を転がり回ります。


(も、もえ、燃え、てない?)


 冷静に体を見回すと、一切火はついておらずなぜか全身の骨が赤くなっています。燃えなかったのはモヤが炎を防ぎ、そのモヤの効果で骨が赤く染まった、ということなのでしょうか。しかしまさかモヤによって、ポーチに入れていたフラスコを壊されるのは想定外でした。


 いえ、今はそんなことを考えているときではありませんね。アンデッドの大群を全滅させたであろう人間たちが、驚いた表情でこちらを見ています。できればこれ以上の戦闘は避けたいのですが。


 こちらが弱った姿勢を見せてしまうと果敢に攻められかねないので、ゆっくりと起き上がり投げ出していた弓や矢筒、元から使用していた剣は炎に包まれてしまったため骨臥兵スケルトンが使っていたと思しき剣を拝借すると、戦場に背を向け背嚢から取り出した道具を置いている場所を目指して歩きだします。


 理性的な判断をしてもらえたなら、このタイミングで骨臥兵スケルトン一体を相手にするメリットなどないでしょう。そのため、お前たちなど警戒の必要もないというような強気な態度で行動します。

 先ほど、地面を転がり回った件を無かったことにするためではありません。本当です。


 そんな雑念交じりの願いでも天に届いたのか、人間たちは警戒態勢のままこちらに手出しすることなく見逃してくれました。



(はぁ)


 霧に包まれた荒野にポツンと置き去りにしていたシャベルやロープを回収しながら、ため息を一つこぼします。

 魔導屍リッチの脅威を排除できたとはいえ、改めてこの荒野の恐ろしさを実感しました。

 しかし弱音をこぼしたところで助けてくれる神様も存在しません。これからも大変でしょうが、粉骨砕身頑張るとしましょうか。


 そんなことを考えながら先の見通せない霧の中を進んでいきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ