ゴブリン編 転生
処女作ですので、至らぬ点は多々ございますがしばしお付き合いいただけると嬉しく思います。
では、本編をお楽しみください
前提として、多くのファンタジー作品にみられるゴブリン像に準拠しており、緑の小鬼で他の人類種の女性をはらませる魔物である。
検証に当たりもう少し詳しい生態について考えてみるべきだろう。
一般的なゴブリンをベースにするため、身長は百二十センチ程度で知能は低い、衣服は毛皮を腰巻にする程度であり、蔦や枝葉を重ねて簡易式の住居を作り寝泊りしたり、洞窟や廃村を拠点とする場合もある。
一つの群れは百匹ほどでオスの方が多く、メスは巣の周辺で果物などを採取し、狩りなどはオスが行う。複雑な会話はできないが、ある程度の意思疎通は行っている。個々の名称は存在しないが、リーダーなどを呼び分けることは可能である。
生殖については、ゴブリン同士でも子をなすが他の人類種の母体が生んだゴブリンは、知能や身体能力が高くなり母体である種族の特徴を受け継ぐため、他の人類種との交配も行う。なお、ゴブリンのメスと人類種のオスでは交配は不可能である。
そして最も重要な武器だが、例外的な個体を除けば石斧や棍棒、獲物の骨や角などから作られた武器を使うことが多く、少数ながら弓矢を使う者も存在する。その場合は矢に毒を塗って使用する。まれに鉄製の武器を人間などから奪って使用していることもある。
とりあえず、これぐらいを本検証で使用する一般的なゴブリンとし、そこに群れでの生活や独自のルールなどが付け加えられたりする。
「だそうだよ」
「急になんだ? というか、どういう状況なんだよ、これ」
「君はこの検証において、適当だと判断されて作られた疑似人格だよ。異世界へ旅立つことの多い高校生をモデルにして、それに基づく経験や知識を与えられているはずだよ」
「説明されても、なにがなんだかわからないんだが……」
「ちなみに、タイトルを見て理解してもらえているとは思うけどチートの類は一切なしで、パンピーな個体としてどう行動すれば生き延びられるか、に主眼を置いているよ。世界観はよくある剣と魔法と魔物のファンタジー世界だから頑張ってね」
「無茶ぶりだろ。せめて、多少は強靭な個体にしてくれよ……」
「というわけで、ナウでヤングでハイカラな男子高校生がゴブリンに転生して必死に生存方法を模索してみた件、はじまります」
「無視かよ! というか、ハイカラな高校生は異世界知識が少ないと思うぞ~~~~~……」
そんな経緯で、目が覚めると汚れた緑色の四肢が目に入った。
腰には茶色の毛皮をまいており、身長は情報通り百二十センチほどの若い個体だという事がすんなり頭に入って来た。
どうやら、この個体が知り得ることは事前にインストールされているとのこと。
それによると、この群れは運よく人間の廃村を見つけてそこで生活をしており、俺の立場は一般的な若い個体であり、今は年上小鬼指導のもと狩りに同行することが多いようだ。その狩りにおいて、特に目覚ましい成果を上げるでもなくいたって平均的なスペックをしているとのこと。
そんな個体に、高校生の知識や経験を与えるとどのように生き延びるか、というのが前提条件であり生存本能が強くなるように作られた、とのことだ。
割とあっさりこのような現実を受け入れられるのも、疑似人格の特徴のようだ。
「オイ、行クゾ」
現状を把握していると、先輩小鬼から狩りの指示が出た。
この群れの小鬼は、五体ほどのグループを作って狩りをしており、現在は時折木漏れ日の零れる集落近くの森で探索を行っている。
普段小鬼たちは、普通の兎よりも少し大きな体格と額からのびる六十センチほどのらせん状の角が特徴的な一角兎を獲物とすることが多いが、状況が整えば体高一メートルほどで下あごの牙が発達した牙猪を仕留めることもある。
「ウサギ、ウサギ」
しばらく、それぞれ少し距離をとって探索していると、そのうちの一体がそう声を上げ一角兎がいると思わしき場所に突撃していく。周りはそれを制止することなく少し遅れて同じように突撃していく。
知識として知っていても、その様子は滑稽さすら感じさせる狩猟風景であり、こんなに騒いでも獲物が逃げることのないのは相手が魔物だから、というのもインストールした知識が教えてくれる。
普通にこんな狩りをしていたら、獲物に逃げられすぐに絶滅しそうなものだと思いながらも、声を上げずに俺も他の小鬼に続く。
近づきながら様子を見てみると、最初に走って行った小鬼は足の付け根を六十センチほどもある角で突かれ喚いている。他の小鬼が声を上げ棍棒を振り回しながら近づいてくるのに気付いた一角兎は、必死になって突き刺した角を抜き、少し距離を取ったところだった。
他の小鬼は、角で突かれた仲間を無視してそれぞれが勝手に一角兎との距離を詰めていく。
一角兎は、魔物のセオリー通り逃げるようなことはせずに自身に一番近い小鬼に向けて再び突撃していく。
狙われた小鬼は、慌てて棍棒で体をかばい突撃をいなす。
いなされて態勢の崩れたところを、他の小鬼が群がり持っている棍棒で滅多打ちにしている。そんな状態でも一角兎は必死に身をよじり包囲を逃れ、今度は自身を滅多打ちにしていた小鬼の一体を標的にしようとしたところで、俺が割込み力いっぱい頭を横殴りする。
「クキュゥ」
悲壮感を漂わせる弱弱しい悲鳴を上げ、少しの滞空ののち地面を転がる。
ふらつきながら立ち上がろうとする一角兎にむかって、突撃をいなした小鬼が棍棒の一撃をくわえるとついに倒れ伏した。
「ヤッタ、ヤッタ」
「倒シタ」
他の小鬼が、一角兎の死体の周りで喜んでいるところを見ていると不安を覚えた。
もちろん知識としては、索敵から戦闘までのこの流れは理解していたが、高校生レベルの思考と植え付けられた生存本能がこのままでは早晩俺が死亡することを訴えていた。
一角兎を発見し無謀な突撃ののち大けがをして、俺たちが戦っている間に結局死んでしまった小鬼を見て、最低限の規律とチームプレイが出来なければ小鬼は数を減らし、俺の死亡する確率が加速度的に上昇するのは明らかだった。
そこからは、日頃の狩りで様々なことを試した。
小鬼の体格で扱いやすい武器や戦闘術、指示を出せる立場ではないが後々のためにチームワークの考察など、自身のひいては群れの生存率を上昇させるために頭と体を働かせた。
その集大成が今、発揮される。
「勝テバ、オサ」
穂先の濡れた石槍を持ち石斧を腰に括り付けた俺の七メートルほど先には、下半身の腰巻に加え上半身にも牙猪のものと思わしき毛皮を羽織った身長が百四十センチほどの体格がいい小鬼が、鉄製の剣を携えている。
この小鬼は群れにおけるオサで、この状況こそがオサを決める方法なのだ。
他の群れがどうかはわからないが、この群れにおけるオサを決める方法とは現在のオサ、あるいはオサが死んだ場合は名乗り出たもの同士での決闘なのだ。
決闘と言っても必ずどちらかが死亡するまで戦うわけではない。とはいえ、ほとんどの場合が敗者は死ぬのだそうだ。これは決闘について情報を集めているときに、ほかの小鬼が拙い口調で言っていた。
そんな命がかかった戦いをわざわざする理由こそが、俺の生存率を上げるために必要な行為だと判断したためだ。
群れに指示を出せるオサになることが最善だと判断したため、この決闘に向けて二ヶ月ほどかけて準備してきたのだ。
「オサ、決メル!」
「オサ、ガンバレ」
「オ前、ガンバレ」
周りでは多数の小鬼が騒ぎ立てて囲いを作っている。どちらかを応援しているというよりも、戦いを囃し立てるための声援が重なり合って祭囃子のようになっている。
まあ、人間からすればグギャグギャと小鬼が騒いでいる風景に見えるだろうが。
そんな熱狂に包まれたなか、審判もおらず合図もなしにオサが駆けだしてくる。
小鬼の決闘には始まりの合図も終わりの合図もない。たいていは両方が走り出し殴り合ってどちらかが明確にダウンしたら、周りの小鬼が立っている方をオサと呼ぶのだ。これこそが、決闘での死亡率が高い要因だろう。
そしてそのセオリーと、準備期間の二ヶ月のうち一番時間を掛けオサの戦闘スタイルの把握に努めたことにより、このような展開になることを予想していた俺は持っていた槍を相手にむかって構える。
近づいてくるオサに対して穂先をちらつかせ、けん制して相手の足を止める。
「フッ!」
「ッ!」
オサが石槍の範囲外で立ち止まり、剣を構えようとしているタイミングで勢いよく前に出て脇腹を浅く傷つける。
自身よりも若く貧弱な俺に攻撃されたことを驚いたのか、剣で槍を払いのけながら少し後ずさる。
下がってくれて助かった。
勝てる自信があるからこそ挑んだ決闘だが、俺は現在のオサを殺さずに決着をつけたいと考えていた。この体格のいい小鬼は、俺の指示で動けば今までよりも確実に大きな成果を上げることが目に見えているからだ。
殺すことが前提の戦いなら、投擲用に改良した石斧や投石で近づかせずに勝負をつけている。
それが出来ないからこその石槍なのだ。もっと言えば植物を使用した毒を塗った石槍だ。
突き殺すことにおいては優れている一角兎の角を利用せずに、わざわざナイフ状にした石の刃をギザギザにして、浅くだが切ることと毒の保持性を高めることで毒を与えることに要する時間短縮している。
そこまで工夫しても、使用している毒で浅く傷つけた程度では一角兎を行動不能にするためには五分ほどかかってしまう。素人が作った毒の強さとしてはなかなかのものだろうが、戦闘においては切り札としての利用はできないような効果である。
しかし今回は動きを鈍らせることが出来れば、接近戦に持ち込んで勝利する予定なのでそこまで時間はかからないだろう。しかし、それも含めて下がってくれて助かったという意味だ。
一度下がったオサは、眼を鋭くさせこちらをにらみながら剣を構えて少しずつ近づいてくる。
こちらも石槍を構えて抗戦の姿勢を見せる。
「グギャァ」
じりじりと近づいてきたが、石槍の範囲ぎりぎりまで来ると気勢を上げ勢いよくこちらに駆け出してくる。
オサのトップスピードは思っていたよりも早くとっさに石槍を手放す。オサの袈裟斬りをバックステップでかわし、着地と同時に石斧を取り出しオサに襲い掛かる。
距離をとっても石槍がなければ、すぐに詰められると判断したためリスクは高いが前に出てオサに攻撃させないよう、こまめな攻撃しながら防御を強いる。
しばらく小競り合いを続けていたが、それに焦れたオサが強い横薙ぎをしてきたので石斧を盾にして、力に逆らわず飛ばされる。
やはり力勝負ではまるで歯が立たないが、思ったよりも吹き飛ばされていない。そろそろ毒が効いてきて力が出なかったのだろう。
俺は起き上がりながら左手で砂を握り込むと、追撃に来たオサの顔にめがけて投げつける。
目にをふさがれ、反射的に剣を持った手を顔の周りで振り回しているオサの腰をめげけてタックルをきめ地面に引き倒す。
視界を閉ざされた状態の思わぬ衝撃でおもわず剣を手放したオサの頭に向け、右手に握った石斧を思い切り振り下ろす、ところで止める。
「オサ、オサ!」
「新シイ、オサ」
「決マッタ、決マッタ!」
周りの小鬼が歓声を上げたところでオサ、いや元オサから離れて立ち上がる。
よかった、聞き込みした結果これで問題ないと考えていたが、小鬼たちが本当にこれでオサと認めるか少し疑念があったのだ。
「負ケタ、オサ、認メル」
元オサが頭を下げながらそう言ってくる。
その言葉からは遺恨を感じさせない。
こうして、この群れにおける俺をオサとする環境が整ったのだった。