死神の戦姫と呼ばれた少女と敵国の魔導師の青年の話
――少女は《死神の戦姫》と呼ばれていた。
それは少女を表現する上でもっとも的確な言葉であり、死神でもあると同時に戦場を駆ける美しい戦姫でもあった。
灰色の長い特徴的な髪。
血に染まった戦場でも、迷うことのない真っ直ぐな瞳。
まるで人形のような姿をした少女は、意地の持たぬ人形のように、人を殺した。
戦争であるのだから、何も間違ったことはしていない。
けれど、少女は敵からも――そして、味方からも恐れられた。
仲間であったとしても、《死神の戦姫》には近づくな――そんな話が仲間内でも広がっていたのだ。
それでも、少女は戦い続けた。
戦いの終わるその日まで。
戦争は和平という形で終わりを告げ、その日から《死神の戦姫》は不要な存在となったのだった。
***
「……」
少女――エリア・アルフィスは森の中で息を潜めていた。
じっと草木に身を潜めて、ただその時が来るのを待つ。
どれくらい時間が経っただろうか――不意に、ズシャリと地面を踏みしめる音がエリアのすぐ近くで聞こえた。
(来た……)
エリアが構える。
一歩、また一歩と音の主が歩いていくと――不意に音の主が大きな声を上げた。
「ギュイイイイ!」
(かかった!)
エリアはすぐに飛び出した。
手に持った銀色の剣を構えて、音の主――巨大な《魔猪》へと飛びかかる。
魔猪はエリアの作った罠に引っ掛かり、足を取られていた。
大きな魔猪ならば、ロープを切るのに数秒とか掛からないだろう。
だが、その数秒が決め手となった。
風を切るように、ふわりとエリアが魔猪と交差する。
エリアが振り返ると、ズゥンという魔猪は力なくその場に足をついた。
だが、エリアはすぐに魔猪には近づかない。
そっと回り込むように魔猪の前方へと向かい、その様子を確認した。
「よし、問題なさそうね」
エリアはそこで握った剣を腰に提げた鞘へと納める。
「魔物狩りにも大分慣れてきたかも……!」
感慨深そうに、そんな事を口にするエリア。
魔猪――正式名称は《フォレスト・ボア》。
森に生息する魔物であり、草木の他、人間の畑などを荒すことも多々ある。
危険な魔物であり、暴れながら人里も襲うことがあった。
そんな魔猪を一人で、それも一撃で仕留めることができる――それだけで、エリアの実力は十分高いことが分かる。
エリアは魔猪に近づくと、懐から短刀を取り出して、解体を始める。
さすがに大きな魔猪を運ぶような力はない。
魔猪を一撃で屠ることができる剣術はあっても、それを運ぶことができる力は、エリアにはなかった。
「本当は、凍らせられたら楽なんだけど……」
「――僕が凍らせてあげようか?」
「っ!」
不意に背後から声を掛けられ、エリアは剣を握る。
声の主は、ローブを着た若い青年だった。
エリアは警戒したまま、青年との距離を保つ。
「……何者?」
「そんなに警戒しないでほしいな」
「いきなり現れて、『凍らせてあげようか?』なんて言う人を警戒するな、という方が無理でしょう?」
「ははっ、確かにその通りかもしれないね」
素顔までは見えないが、青年はゆっくりとエリアに近づく。
エリアは青年を睨んだまま動かない。
やがて、その距離はエリアの剣の届く範囲にまで詰められた。
(あえて私の間合いに入ってくるなんて、どういうつもり……?)
訝しげな表情で青年を見ると、不意に青年が動いた。
パサリ、とローブを脱いだのだ。
「久しいね、エリア・アルフィス」
「あなたは……ルベール・オルト?」
「覚えていてくれて嬉しいよ」
にこり、と微笑む青年――ルベール。
少し長めの黒髪に、青い瞳。
中性的とも言える顔立ちをしていて、女性と見間違える風貌をしている。
エリアは骨格や出で立ち、声から男と判断していた。
よくよく聞けば、その声自体も知っている人物であったが。
「……何をしに来たの。ルベール・オルト」
「ルベールでいいよ。僕も君のことはエリアと呼ばせてもらうから」
「勝手に呼ばないで。私とあなたは敵同士のはずでしょう」
エリアははっきりとそう宣言する。
だが、その宣言に対して、ルベールは肩をすくめた。
「それは昔の話だろう?」
「ほんの少し、ね。私はあなたと違ってもう軍属ではないの。だけど、あなたはどうなの?」
「僕も軍属じゃないよ」
「そうでしょう――え、何ですって?」
「だから、僕ももう軍属じゃないよ。君に会うために《ガルシア帝国》軍を辞めてきた。だから、もう軍属じゃない」
「は――はあっ!? 私に会うために辞めてきたって、どういうこと!?」
突拍子もない発言に、驚きを隠せないエリア。
そんなエリアに対してにこりとした表情で、ルベールは答えた。
「僕と一緒に来てくれないか、エリア」
ルベールが手を差し伸べる。
久しぶりに出会ったエリアにとっての敵は、エリアをそんな風に誘うのだった。
***
「なあ、少し待ってくれないか」
「待たない。ついて来ないで」
エリアは解体した猪の一部を木造の台に乗せて運んでいた。
ガラガラと音を立てて引っ張るが、時折木の根や小石に引っ掛かってがたりと揺れる。
エリアはルベールの提案を拒否した。
それはそうだ――いきなり現れて、一緒に来てほしいなどと言われて行くはずもない。
そもそも、エリアは望んで森で暮らしているのだから、他の場所に行くつもりもなかった。
「話くらい聞いてくれてもいいだろう?」
「……私が、どうしてあなたと一緒に行かないといけないの?」
「僕には君の力が必要なんだ」
「……っ」
(力って……)
その言葉だけで、ルベールにとって何が必要なのか分かってしまう。
エリアが――《死神の戦姫》として呼ばれていた理由だ。
「――えて」
「ん?」
「今すぐ消えて!」
「まだ話の――」
「うるさいっ! 私はもう、人と関わり合いにはならないのっ!」
ピシャリと拒絶の言葉を告げて、エリアは早足でルベールから離れる。
ルベールが追ってくる気配はない。
(……急に現れて、どういうつもりなの)
結局、怒りに任せて理由までな聞かなかった。
けれど、それでいい――エリアは、自身の力が必要とされるというのなら、そんな願いは絶対に拒否しようと決意していた。
エリアはそのまま、森の中を進んでいく。
人里から離れた小さな小屋が、今のエリアの自宅だった。
(……私はこれでいい)
一人でいなければならないのだから。
***
《死神の戦姫》が戦場に現れたら、誰も彼女に近づいてはならない――いつしか、敵からも味方からもそう言われるようになった。
ただ一人の戦場は、冷たくて、悲しくて――けれど、開放的だった。
(私は、必要とされている)
エリアはそう思い込むことにした。
戦場だけが、唯一エリアにとっての居場所だ。
「……また、来たの」
倒れ伏した敵兵達の向こう側から、一人の青年がやってくる。
いつもそうだ――ローブに身を包んだ魔導師。
(そうだ……どうして、いつも一人で……?)
どうしてだろうか、青年がやってくるときはいつも一人だ。
「……あなた――」
エリアは向き合った青年に対して、初めて言葉を交わした。
***
ガタリ、と物音と共にエリアは目覚める。
身体に走る痛みは、ベッドから落ちた痛みだ。
「……夢、か」
エリアは身体を起こす。
朝早くから狩りに出たからか、疲れが出たのかもしれない。
外を見る限りでは、まだそれほど時間が経ったわけではないようだ。
「……少しくらい、話してもよかったかな」
ポツリと、そう呟いた。
ルベールのことをはっきりと拒絶したのはエリアだ。
けれど、今思えば理由くらい聞いてもよかったのかもしれない――そうは思っても、もうルベールもエリアのところへはやってこないだろう。
「……そうだ、お肉売りにいかないと」
エリアはそう言って支度を始める。
魔猪の肉は、もちろん自身が食べるためのものでもあるが、売るための食材でもある。
大きめに加工したものを、近くの村へと売りに行くのだ。
エリアは支度を終えて、早々に家から出ると――
「やあ、少しぶりかな?」
「……何でここにいるの」
思わず不機嫌な表情になってしまう。
先ほど話を聞いてもいいか、と思ったけれど、まさかすぐに出くわすことになるとは思わなかった。
エリアの手製の椅子に腰掛けて、青年――ルベールは優雅にくつろいでいる。
「実はね、僕も反省したんだ」
「反省?」
「そう、急に現れて一緒に来てくれなんて、普通言わないだろう?」
「……そうね」
ルベールの言葉を肯定する。
実際のところ、いきなり現れて一緒に来てほしいなどと言うのはとても普通ではない。
「僕も別に、一緒に来てほしいとは思うけれど急いでいるわけじゃないんだ」
急いでいるわけではないということは、まずは急を要するに自体ではないようだ。
エリアは一先ずは安心する。
(――って、違う違うっ。何で私が安心するの)
いきなり現れたルベールを心配することなんてない。
「……それで?」
「まずは仲良くなるところから始めようと思ってね」
「仲良くって、友達にでもなろうって言うの?」
「まさにそういう感じだね!」
「……馬鹿言わないで。私の近くにいるということが、どういうことか分からないの?」
視線をそらして、エリアは言い放つ。
ルベールは先ほど、エリアの力が必要だと言った。
それならば、エリアの力については理解しているはずだ。
「……《魔力吸収》のことかな?」
「そうよ」
やはり、ルベールも知っている。
エリアの能力――それは、魔法を使う上で必要な魔力を他人から吸い上げる力だった。
生まれながらに特殊な能力を持つ人間が、この世界では稀に生まれる。
魔力は魔法を使う以外でも、人の生命力と密接に関係していると言われる。
エリアの近くにいるだけで、人は疲れを感じたり、体調を崩す者まで現れる。
だから、エリアは人里離れた場所で一人暮らしているのだ。
「……私の側にいる限り、あなたもその被害を受けるわ」
「被害、ね。僕にとって、それは恩恵なのだけれど」
「恩恵、ですって……?」
カッとなってしまいそうなところを、何とかこらえる。
エリアの様子を見てから、ルベールは再び口を開いた。
「僕がそもそも戦場で君に宛がわれていたのは何故だと思う?」
「……あなたが強い魔導師、だから?」
「ははっ、そう評価してくれることは嬉しいし、間違ってはいない。けれど、《魔導師殺し》とも言える君の能力に対して、魔法が得意な僕がいくこと自体、少しおかしいとは思わないかな?」
「あ……」
思えば――その通りだ。
短時間なら問題ないとはいえ、ルベールとは戦場で長い時間戦ったこともある。
その間にも、魔力は尽きることなくルベールは魔法を使用してきていた。
「さすがに、戦いながら魔力を吸われると消費は激しかったけれどね。それでも僕は問題ない」
「……どういうこと?」
「膨大な魔力と、そして魔力回復の早さ――それが僕の能力なのさ」
ルベールの言葉を聞いて、エリアは少し驚いた表情をする。
ルベールとは実際ほとんど話したこともなければ、能力のことなんて考えもしなかった。
ただ、倒すべき敵としか考えていなかったからだ。
思い返してみれば、戦場で幾度となく出くわしたのはルベールだけだ。
――それもそうだ。エリアと戦った者は皆、戦場で散る運命にあるはずなのだから。
魔力吸収の能力を加味せずとも、剣術においてエリアは突出した才能を見せる。
魔法に対して絶対的に優位に立てる剣士――それがエリアなのだ。
「……確かに、あなたは何度も戦場で私と戦ったわ」
「そうだろう?」
「でも、それがどうして私が必要だって話になるの? それじゃあまるで、私を勧誘してるみたいじゃない」
はっきりと、思っていることを口にする。
まだ、あくまでルベールの口から軍を辞めたという話しか聞いていない。
「君のその能力、制御できるものじゃないんだろう?」
「……っ!」
不意にルベールが指摘したのは、エリアの能力について。
すぐに答えることはできなかった。
――何故なら、その通りだから。
制御できないからこそ、エリアは人々から畏怖され、戦場でもたった一人で戦い続けたのだから。
「僕の能力もだよ」
「……え?」
「膨大な魔力だけならまだいいんだけどね。常に回復しているのが問題なのさ」
「魔力の回復に問題があるの?」
「ああ、過剰なんだよ。僕の許容を超えても魔力は増え続ける――君は周囲から魔力を吸収しても問題ない体質のようだけれど、僕の身体はそうはできていなかった。日に何度も大魔法を使用しなければ、僕は僕の魔力に耐えられない。そういう意味では――戦場という場所は僕にとって居心地のいい場所だったけれどね」
「!」
(私と、同じだ……)
戦場は、エリアにとっても居場所であった。
孤独だけれど、自身の力が必要とされる場所。
でも、すでにその戦場はない。
だからエリアは、所属していた《アウレスタ王国》軍を脱退し、一人辺境の地で暮らすと決めたのだ。
エリアにとって、ルベールには共感できるところがあった。
「だからさ、僕と《契約》を結んでほしいと思ったのさ」
「契約……?」
「そう、魔導師との契約だから……まあ《使い魔》契約みたいなものかな。成功すれば君の魔力吸収の対象は僕だけになって、他の人への被害は抑えることができる。僕もまた、君に魔力を与えることで魔法を使って発散する必要がなくなるということさ」
「……そういうこと」
エリアにも理解できた。
ルベールにとって、エリアがどうして必要なのか――エリアがいることで、ルベールは無理に魔法を使わずとも暮らせるようになるということだ。
そして、エリアもまた周囲から魔力を吸収することもなくなる。
聞く限りでは、エリアにとっても良い話ではある。
だが――
「……はっきり言って、信用できない」
「だろうね」
エリアの発言にうなずくルベール。
使い魔契約というのは、本来《魔物》や《精霊》といった人ならざる者と交わすものだ。
それを人間であるエリアと――それも、契約の内容によっては好きなようにできてしまうのだ。
むしろ全ての自由を奪われてしまう可能性だってある。
それを考えたとき、簡単には了承できることではなかった。
「だからこそ、僕も順序を間違えたと思ってね」
「それって、仲良くなろうってこと?」
「そういうことさ。まずは信頼できる人間にならないとね」
ルベールはそう言って立ち上がると、スッと手を前に出す。
「しばらくここで住まわせてもらおうと思うんだけど、構わないかい?」
「……え、ここで!?」
「それはそうだろう。君と一緒にいても問題ないことを証明もできるし、何より信頼してもらうのに一緒に生活するというのは必要なことじゃないかな?」
先ほどから、ルベールは思い切ったことを言う。
話自体は決してエリアにとっても悪い話ではないのだが――
「信用できない人と一緒に暮らすのはちょっと……」
「ん、それも確かに……」
あまりにも急な話だったから、素直に思っていることを口にする。
始めに一緒に来てほしいと言われた頃に比べると多少は話せる相手だとは感じるが、
「……なんていうか、胡散臭い」
「……僕が?」
「ええ」
エリアの言葉を聞いて、ルベールは目を丸くする。
そして、そのあと大きな声で笑い始めた。
「あはははっ、君は思った以上に素直な子のようだ。戦場とはまるでイメージが違うな……いや、ある意味イメージ通りなのかな?」
「そ、それは戦いの場と普通の場じゃ違うのは当たり前でしょう。いっつも無言で剣を振り回すような女じゃないわ」
「確かに、その通りだね。うん、別に一緒にって言っても同じ小屋で暮らそうなんて言ってないさ。ただ、近くにいて一緒に行動させてほしい。最初はそういうところからでもいいからさ。それでどうかな?」
ルベールの提案を受けて、またエリアは悩んだ。
自分と一緒にいると、必ず誰かを苦しめることになる。
目の前の青年――ルベールは問題ないというが、そこがどうにも引っ掛かった。
(でも、もし、本当にそれが叶うなら……)
誰かと一緒に過ごすという、とてもありきたりな願いも叶うのだろうか。
「――いい」
「ん?」
「一先ず、近くにいるくらいなら、いい」
ぎこちなく、迷いながらもエリアは答えた。
けれど、ルベールの手を取ることはせず、ぎゅっと拳を握りしてたままだ。
ルベールは微笑みを浮かべると、
「うん、まずはそれでいこう」
そう一言だけ答えた。
エリアとルベール――戦場で知り合った二人は、辺境の地で暮らし始めることにしたのだった。
パワーが不足したので書いた一先ず短編投稿しておきます。




