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リアルバウト! -冠水都市の拳闘士-  作者: タラバグマ
第一章 冠水都市の遊技場
9/14

~1-6~ 冠水都市の黒い竜

「キズナ『92』と『87』ァッ!?レベルたっけぇー!」


 新達の後ろに座る観客達が驚きでどよめいていた。

 新はあえて後ろを振り返らず、目の前の試合を見る。


「『87』か、高いな相手」

「んー、この前よりも数字が一つ上がってるね-」


 二杯目のポップコーンに手をつけながら結衣が言った。

「今日は調子がいいのかもな。にしても、轟木って奴、

 ヒロみたいな投げ中心のパワータイプだと思ったら、意外といい飛び道具持ってるなぁ」

「……ま、ハナミン達のキズナには敵わないだろうけどね」

「……同感」 新はドリンクに口をつけながら言った。


 キズナはその名の通り、操作側と格闘側の絆を数値にして表した物だ。

 情水が開発され、人間が情水を飲んでネットへ繋がるようになった現代、

 人間の感情も当然のように情報として数値化されるようになっていた。

 もちろん個人の感情はプライバシーに関わることのため、

 当人が公開しない限り基本的には非公開の情報だ。

 しかし、リアルバウトはあえてこれを用いることで

 今までにない新しいゲームとして爆発的なヒットを飛ばした。

 リアルバウトのシステムはチーム二人の信頼や愛、

 あるいは友情の感情をキズナとして数値に換算する。

 その数値が大きければ大きいほど格闘側の攻撃力や防御力、

 スピードなどが指数関数的に上昇するのだ。

 要するにチーム二人の仲が良いほど、このゲームでは強くなれるということだ。

 キズナの値の平均はリアルバウト全体で50の後半。上級レベルのプレイヤー達でも平均85ほどだ。

 キズナが90を超えるチームは全国レベルと言っていいだろう。

 なお、記録されているキズナの最大値は96で

 十年前の日本の全国大会で一度記録されたきりと聞いている。

 今闘っている2チームのキズナは間違いなく今大会、いや明都内でもトップレベルの数字だ。

 だから、抽選の結果とはいえ優勝候補ともいえる二人が序盤で潰しあうことに

 残念な気持ちを抱く者も多かった。

 新もその一人である。……できることならば、自分があの二人を倒したかった。

 その自信はあった。新は、結衣が座っている方とは反対の席を見る。

 空席だ。結衣はチケットを"三枚"買っていた。埋まりきらなかった一人分の席が空いている。

 今日、ここに来るはずだった、新の六十五人目のパートナーの席だ。

 彼女は今なにをやっているのだろうか。今日までのパートナーのことを思い出したせいか、

 ドタキャンのショックが今頃やってきてじわじわと新の心を蝕んだ。

 思わず、ため息が出そうになる。


「アラタ」

「うん……?むっぐ!」


 不意に、結衣が新の口にポップコーンを詰め込んできた。

 詰め込まれたポップコーンを一つ残らず口内にいれ咀嚼しながら、新は言った。


「……なにしやはる!」

「ボケっと口開けてんのが悪いよ。……あんな女のことなんて気にしない方がいいよ」


 呆れたように眉を下げて結衣は言った。心なしかダミ声のトーンが低い。

 そういえば結衣も彼女とはそれなりに話していたはずだ。

 裏切りのような欠席に結衣も心中穏やかではないのだろう。

 新は前を見て試合に集中しなおすと、結衣と彼女がどんな会話をしていたのか思い出す。

 そうだな、確か……。主に結衣や華実がその子に対してセクハラ全開の発言や行動をしていたような……。


「…………なぁ、俺思うんだけど、あいつが今日来なかったのっておまえらのせ」

「おおっと!!!試合が動くみたいだよアラタぁ!!」

「おいコラ!」


 こいつやけに優しいと思ったら罪悪感からか。


――――――


 試合が始まっておよそ五分、普通の試合ならば中盤とも言える時間だが、

 すでに両チームの体力ゲージはお互い残り二割を切っていた。

 これまでの主な展開は、ヒロの強力な投げを警戒しつつ、璧が中距離から風で攻撃しつつ削り、

 その風の合間を縫ってヒロが璧を投げて一気に同じ体力まで持ち込むという一進一退の攻防だった。


「……絶妙に距離を保ってくるのがウザいですね」 華実が言った。

「相手がこちらを見失うぐらい長く間合いをとってくれれば、

 建物の陰に隠れながら移動して強襲できるんだが、華実」

「そもそも、隠れて近づけないようにしてるみたいですけど」


 華実が周囲を見回して言う。それを聞いたヒロは軽くうなずいた。

 艶があったマスクは今では埃で薄汚れている。

 璧は先ほどから必殺技を使って、建物ごと攻撃してきていた。

 ヒロ達の周囲には壊れた建物の残骸があちこちに散らばっている。

 フィールドはヒロ達の周囲だけが、まるで廃墟のようになっていた。


「この攻撃……他にどんな意図があると思う、華実」

「……迂闊に近づけない以上、静観するしかないんじゃないですか」


 風にたなびく髪をかき上げながら華実は言った。

 彼女の視線の先にはなにやら憤慨している璧の姿がある。


「くそ……なんとかならんのか、あの卑怯くさい威力の投げ技

 コマンド入力ですらないくせに食らうと二割三割減るではないか」璧が言った。

「キズナ『5』も違うんだからそりゃアホみたいな威力だよ。愚痴言う前に体動かして。

 ……そろそろ仕掛けるよ」


 かけらはそう言うと、必殺技コマンドを入力した。

 それは今試合初めて使う技。壁の両手が暴風を纏う。


「!! 任せろ! 必殺! 真空竜巻烈風拳・双!!」


 前に突き出した璧の両腕を中心に二つの竜巻が起こった。

 風は地面を這うように疾走し、凄まじい速度でヒロ達を襲う。今までの風とは規模の桁が違った。

 咄嗟の回避を行おうにも瓦礫に足を取られる可能性がある。だからヒロは――。


「華実! 来い!」

「え、おわぁ!」


 次の瞬間、まるで雷が落ちたような音を立てて、ヒロ達の背後にあった家屋が消し飛んだ。

 しかし、そこにヒロ達の姿はない。暴風が彼らに届くその時、ヒロは空高く跳び上がっていた。

 その両腕には華実がすっぽりと収まるように抱きかかえられている。

 具体的に言うとお姫様抱っこの形だ。跳びながら、ヒロははるか下にいる璧達を見下ろしていた。

 璧達も攻撃から逃げたヒロと華実を見逃してはいない。


「まだ何かやる気だ、華実」 


 ヒロが言った。華実はうなずくとヒロの首へと腕を伸ばし、バランスを取る。

 その顔はにんまりとしていて、どことなく嬉しそうだった。

 その柔らかい表情に、思わずヒロは顔をそらした。


「……ヒロさん、私が合図したら……」

「…………わかった」


 ヒロ達が跳んだ先には集合住宅のような建物があった。

 そこの屋上に彼らは着地するつもりだ。しかし、そうは上手くいかないらしい。


「超必殺!!!」 壁の声がフィールドに響く。

「来たか!」 ヒロは華実を抱く腕に力をこめた。


 その時華実の顔がほのかに赤くなるがヒロは気づかない。


「真空竜巻烈風陣・黒竜!!!」


 ヒロ達の後方、先ほど倒壊した家屋の辺りで風が渦を巻いた。

 その風はあっという間に勢力を増し、やがて、フィールド上の瓦礫をすべて巻き上げて巨大な黒い暴風となる。

 それはまるで黒い竜が天に昇るようだった。

 地鳴りのような鈍い風切り音を放ち、黒竜はヒロ達へと飛ぶ。


「我が竜に飲まれて朽ちるがいい!」


 巻き上げられた瓦礫を己が爪と牙にして竜は空中のヒロ達に襲いかかる。しかし。


「投げてください!」 

「おおおおおおおおおらあああああああああああああぁああああああ!」


 竜が二人を飲み込む直前、ヒロが全力を込めて華実を投げた。

 迫り来る攻撃に対して垂直の方向に投げられた華実は、いち早くそれから逃れる。

 また、ヒロも投げの反動で華実とは逆方向に勢いよく飛んでいき、間一髪で攻撃を避けた。

 暴風が二人の間を通り抜ける。それを見届けると、ヒロは即座に攻撃態勢に入った。

 方向転換により近くに迫っていた壁を思い切り蹴ると、璧達の方へ跳ぶ。

 相手への距離およそ10m。チャンスだ。

 あの大技のせいでおそらく璧達には立て直す時間が必要なはず。

 ヒロは戸惑うこと無くそのまま突っ込んだ。距離5m。璧は向かってくるヒロに気づく。

 その顔は――。


「思った通りだぞ、かけら!」

「単騎。こっちに……分がある!」


 そう言うとかけらは今日一番の早さでコマンドを「アケコン」にたたき込む。

 同じく璧もここ一番とばかりにヒロへと駆けた。パートナーがいない相手。

 それはプレイヤーにとって絶好のカモだ。

 壁は拳を握ると、渾身の力でヒロへと殴りかかる。 

 ――だが、その拳が届く前に勝負は決まった。

 ヒロが壁の突き出した腕を捕らえ、彼の学ランの襟首を握りしめていた。

 そのスピードは今までと同じ。まるでパートナーがすぐそばにいるかのような早さだった。


「……なるほどな、璧、煌樹。あの大技は俺と華実を離れさせるためだったか、いい狙いだ」


 力を微塵も緩めずにヒロが言った。細い汗が璧の額をつたう。

 一方、かけらは予想外の事態に大きく口を開けていた。

 操作側の的確で素早い操作が無ければ、格闘側はあんなに早く動けないはずなのに、そう言いたそうだ。


「だが、少し勘違いをしているな、俺たちは『キズナ』が高いから強いんじゃない。

 お互いを『信頼』しているから強いんだ。

 俺の動きが少しの間見えなくても、俺の動きを予想し操作することぐらい、華実には容易だ。

 ……さて、今度は俺が竜を見せてやる、璧」


 そう言うと、まるで両腕で風車をまわすようにヒロは壁をぐるぐると回転させ始めた。

 回転の速度はどんどん上がっていき、やがて、風が巻き始めた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 加速する回転は風となり、風巻きとなり、やがて竜へと昇華する。

 フィールド上に、さっきの倍近い大きさの竜巻が現れていた。

 なおも加速する回転速度がやがて最高潮に達したその瞬間、ヒロは璧を空高くぶん投げた。


「飛竜ッ!!天昇おおおおお!!」 

「ぐああああああああああああ!!」


 きりもみ状態で上昇する璧のHPが一気に減っていく。

 そして、上昇の頂点に達した時、璧は空に浮かぶ自分のHPゲージが0になったのを見た。


――――――


「試合終了ーーー!! 勝者、ヒロ、華実チーム!!」


 璧はすがすがしい顔でアナウンスを聞いていた。

 芝生に大の字になって寝そべるその姿はどこか爽やかだ。

 壁の顔に影がかかる。かけらが彼の顔をのぞき込んでいた。


「……ごめん、私の作戦ミス」


 かけらは声を震わせてそう言った。


「……楽しかったなぁー、そう思わんか、かけらよ」


 璧は屈託のない笑顔でそう言った。


「……うん、楽しかった」


 かけらは言った。前髪に隠れた瞳の端がきらめいたように見えた。


「……俺たちは楽しかったぞ。だから、お前ももっと楽しそうな様子をみせんか」


 寝転んだまま、璧はヒロに声をかけた。


「……忘れてくれ……死にたい」


 ヒロはフルフェイスマスクの上から両手で顔を覆い、丸まるように地面に横たわっていた。

 とても勝者のものとは思えない姿だ。


「何を忘れろと? いい勝負だったではないか『今度は俺が竜をみせてやる』……いい言葉だ」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!やめろおおおおおおおおおお!!」


 テンションが最高潮になっていたせいで、普段らしからぬ台詞を吐いてしまったヒロは

 自分の痛々しさを思い返し悶えるように芝生の上を転がった。


「なーにやってんですか、ヒロさん」


 芋虫のように転がるヒロを見下ろして、華実が言った。走ってきたのか息が上がっている。


「……華実」

「ほら、行きますよ、次の人たちだって待ってるんですからね」


 そう言うと、華実はヒロの両手を取って、彼を立たせた。そして、璧達のほうを振り返る。


「いい試合でした、またやりましょう、かけらちゃん」

「うん」


 立ち去る華実とヒロを見送ると、璧は何かに気づいたような顔で言った。


「……あれ? 俺の名前は!?」

「いいからいつまでも寝転んでないで、そっちも立ちなよ」


「大丈夫だったか、華実」 競技場を後にしながら、自分の先を歩く華実にヒロは言った。

「何がですか」 華実は振り返らずに答える。

「いや、投げた先でケガとかしなかったかなと、華実」

「……ゲーム中は操作側も格闘側と同じようにケガとか痛みとかないじゃないですか」

「あ、そういえばそうだったな」

「ねぇ、ヒロさん。次もアレやりましょう、私を投げるやつ」

「えっ」

「あれ、面白かったです、だからまたやりましょう」

「でも」

「ね?」

「……分かりました」

「ふふん、じゃあ次も頑張りましょうか!」

「なんか機嫌良くないか、華実?」

「気のせいですよ」 


 はぐらかす華実の顔が今日一番の笑顔をしていたことにヒロは気づかなかった。


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