~0-3~ 冠水都市のボクサー
午前六時十分。帰り道をとばしながら、先ほどの言葉を望は繰り返し思い出していた。
「同じ趣味や同じ好みを持っている男の子……ね」
同じ趣味を持つ男子なら沢山いるだろう。
望の趣味はゲーム、アニメ、読書というインドア系三種の神器ともいえるものだから。
しかし、自分と同じ好みの男子なんて、そうは見つからないと彼女は知っていた。
今までに自分と同じ好みの人間に会ったことも、見たこともなかった。
十六年生きてきて、ただの一度も。
望が街の中心部に目をやると、特大の球体時計は六時十分過ぎを示していた。
帰ったらシャワーを浴びて一眠りだ。起きるのは昼過ぎになるだろう。
望の春休みはまだまだ始まったばかりだった。
冠水地区を抜ける直前で望はある人物を目にした。
それはパーカーのフードをかぶり、ジョギングをする一人の少年。
その人物を見て、望は以前に見たボクシングの映画を思い出した。
その映画の主人公もフードを目深にかぶり、早朝から走り込みをしていた気がする。
(まさか、本当にそういうことをやる奴がいるとは)
望は密かに感動していた。フードを被っているため少年の顔は見えない。
しかし、雰囲気から望と同じ年頃のように見えた。
ふと、先程言われた言葉が望の頭をよぎる。
『やっぱりねぇ、男の人が運動で汗を流す姿って惚れ惚れするじゃない?』
その言葉に促されるように、望は再びその男子を見た。もちろん惚れ惚れはしない。
だが、その走る姿を見て望は思い出した。
自分も昔、同じように朝からランニングをしていた時期がある。
勝つために、二人で毎日努力していた日々、自分の人生が最も充実していた頃。
だけど終わってしまった、あの輝かしい数年間。
(……嫌なこと思い出したな)
自らの苦い記憶を振り切るように望はバイクの速度を上げた。
男子の姿は望の目の端から流れて、やがて視界からいなくなる。
望は彼の面影をもう忘れていた。
「……やっぱりアニメかゲームかなぁー」
ため息のようなつぶやきは白い水蒸気となり、赤くぼやけた朝陽の中に消えていった。