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リアルバウト! -冠水都市の拳闘士-  作者: タラバグマ
第二章 冠水都市のお祭り騒ぎ
14/14

~2-3~ 冠水都市の友達

 十分後。


「足がおっせぇ!」


 息を切らしながら望が言った。その頭には葉っぱや枝が載っている。

 茂みに飛び込んだ際についたものだろう。


「……ごめん」


 心底申し訳なさそうな顔で新が言った。

 自信ありげに駆け出した男の姿とは到底思えない。

 児童広場から逃げ出した後、

 望たちは予想通り数十人の人々から追われることとなった。

 不意を突いて駆けだしたところまでは良かったが、

 新の足が望の予想以上に遅く、何度か追手に追いつかれそうな場面があった。

 幸いにも、レストランの厨房を通り抜けたり、

 広堀公園内の博物館で大立ち回りをして

 その場は逃げはしたのだが、とうとう追い詰められた望達は今、

 広堀公園の外れで木々と茂みの間に隠れるように地面に腹ばいになっていた。

 地面との距離が近いせいで草と土の匂いがダイレクトに感じられる。

 うつ伏せのままお互い向かい合った状態で望は声を潜めた。


「……なんか最初よりも人が増えてない?」

「多分、コレのせいだ、ほら見てみろ」


 新はいつの間にか「窓」を開いてネットを見ていた。

 その画面にはまたニュースサイトが映っている。


「彼ら二人の情報提供者にも謝礼として5000円差し上げますってあるだろ、

多分俺たちの今の居場所もこれで拡散されてると思う」

「……何がしたいのよこいつらは」

「さぁ、単に暇つぶしか、他人をおもちゃにしたいか、そんなとこだろう」

「……あんな人間にはなりたくないわ」


 望は茂みの隙間から自分たちを探す奴らを見ていた。

 ヘラヘラと遊び感覚で人を追い回す連中だ。

 何が面白いのか分からないのに標的にされていることだけは理解できてしまう。


「……そういえば」 望が思い出したように言う。

「いい考えの具体的な部分を聞いてなかったけど?」

「……『リアルバウト』の拡張ルール、あるよな?」

「あぁ、1VS1の対戦が2VS2や3VS3とかになるやつ」

「それを使う。ただし……ちょっと弄ったやつをな」

「……改造したやつ?」

「なんだ知ってるのか。さっき連絡した奴の中にアプリの開発とか改造とかが好きな奴がいる。そいつが改造した拡張ルールはかなり広い範囲でフィールドを形成して、1VS他のバトルロワイヤル形式で リアルバウトの対戦が行われる」

「広い範囲?」

「そうだな、ざっとこの公園全域ぐらい」

「……ねぇ、さっきから聞いてると、まるで『リアルバウト』を使って逃げるみたいなんだけど」


新は黙った。望の次の言葉を待っているようだ。


「私、誰とも組みたくないって言ったよね」


 新を見る望の目線には殺気がこもっている。話が違うと言いたげだ。


「他に方法はないの?」

「……別に俺と組んで欲しいってわけじゃない。……ってのは屁理屈だよな。君が嫌なら、俺の友達に全員ぶっ倒してもらうつもりだ」

「……私はもうやらない」

「そっか、分かった」


 新は力なく笑った。その顔は残念そうでも、悲しそうでも無く、

 ただ単純に「そうだね」と納得したような顔だった。

 やることは強引な癖に、新は望の拒絶に対してとても消極的だった。

 なぜそんな顔をするのか。どこかひっかかった望が新に聞こうとしたとき、

 突如二人の間に「窓」が開き声が響いた。

 その声はまるで慣れない泥沼を泳いだせいでへとへとになったアヒルのような

 ひどいものだ。


『話は聞かせてもらったよ、アラタ』


 四角く表示された「窓」にはみかんのイラストが表示されていた。

 そのイラストがアカウントのアイコンと望が気づくまでにすこし時間がかかる。

 その間に再び音声が届いた。今度の声はスッキリとよく通る声で男性のものだった。


『すまんもう少しかかる、新。今こっちはチャリ使って全速力で向かってる』


 今度のアイコンは有名変身ヒーローのマスクだった。

 趣味が合いそうだなと望は思った。

 おそらくこれが新の言っていた友人達なのだろう、

 半透明の「窓」ごしに望は新の顔を見る。口角を緩ませながら新は答えた。


「あとどれぐらいでどこらへんに着く?」

『あと五分ぐらいで北の入り口にだ、新』

『私もヒロと一緒に来てるからそんぐらいで』

『華実は地下鉄使って来るが、やむを得ない事情で遅れるそうだ、新』


 話の内容から推測するにどうやら友人達は三人のようだ。

 遅れる一人を心配してか声のトーンを落としながら新が尋ねる。


「……やむを得ない事情って大丈夫か?また痴漢にでも」

『ハナミンはコンビニで飲み物買ってから来るって』

「遊びの待ち合わせじゃねぇんだよ!!」


 新が言っていた自分を見捨てる友人達というのはおおよそ冗談ではないようだった。

 軽口をたたき合う新を望は冷ややかな目で見ている。

 凍てつく視線は羨ましさの裏返しだと望は分かっていた。

 新に気づかれないように望は顔を下に向け地面につけた。

 土の茶色い匂いが鼻に入ってくる。思わず望はむせた。


『……私とヒロが公園に入ったら即起動すっからね、どうせアラタの足じゃすぐ追いつかれてるんでしょ』

「は? そんなすぐじゃなかったし」

『結局追いつかれてるのを肯定してるあたり何の自慢にもならんぞ、新』

『それはそれとして今どこにいんの、いちおうこっちでもアラタ達の目撃情報を確認してるんだけど、十五分ぐらい前から更新されてないんだよね。はよはよ、情報はよ」

「えーと……天体からちょっと離れた」

『茂みの中?』

「え、なんで分かったんだ?」

『たった今更新されたアラタ達の最新目撃情報がそこらへんだったから。……逃げたら?」

 

 喉が焼け爛れたような声がそう言い終わったのと同時に新と望は顔を上げた。

 見知らぬ男が新達を見下ろしている。顔中に汗をかいた小太りの青年だ。

 その男は汗で濡れた頬をにんまりと緩ませると叫んだ。


「いたぞーーー!! 早く来ーーい!!」

「クソが!! 逃げるぞ!」

 

 言うが早いが新は立ち上がり走り出す、望もそれに続いた。


「……私の方が足速いんだから私が前に出た方がよくない?」


 走りながら望はふと思った疑問を投げかける。

 あわよくばそのまま新を置いて逃げ切ろうという気持ちがチラリと浮かぶがそれは黙っていた。

 新は息切れしながら疑問に答えた。


「そう、かも、なぁ。でも」

「でも?」

「大事、なのは、速さ、よりも……機転だと、思うんだよ!」


 走る新達は公園のメインストリートに飛び出した。

 何人かの通行人が横から出てきた新達に驚いている。

 その内数人が新たちの顔に見覚えがあるようにしげしげと眺めていた。

 望が振り返ると四十人ほどの人が群れとなって追いかけてきている。

 うわぁ私たち人気者だなぁ。望は目を細めた。


「こっちだ!」新が望の腕を引っ張り再び走りだす。

「え!? こっちは南だけど!? 合流するんじゃないの?」


 望の言うとおり新は北の入り口から離れる方向に走っている。

 このままだと例え新の友人が来たとしても、助けに来るまではそれなりに時間が

 かかるはずだ。


「あの人数だ。このままじゃあいつらが着くまでに追いつかれて囲まれる。だから、あれを使う」

「あれ?」

「さっきのヒロとの会話で思い出したんだ。この公園にはレンタルできる自転車が設置されてたはず。それを使って時間いっぱいまで逃げる!」


 確かに明都の観光名所でもある広堀公園には所々にレンタル自転車が置かれている。

 地元民の望は一度も使ったことはないが、それに乗っている人は見たことがあった。

 たしか、登録などもなく即座に簡単に使えるのがウリだったはずだ。

 それを使えればあるいは逃げ切れるかもしれない。か細いが希望の光が差すのを

 望は感じた。


「あった! あれ――」 


 言いかけて新は目を見開いた。たしかにレンタル自転車はあった。

 しかし、一台だけだ。

 いつもはたくさん残っている自転車が今日に限ってたった一台しか残っていない。


「……俺たちを探す奴らが使ってるのか?」


 自転車には荷台もなく、二人で乗るのは不可能そうだ。

 迷っている間にも追っ手は近づいてきていた。

 望の頭にどうするという言葉が群れとなって現れる。

 数秒の間の後、新が自転車のロックを外した。

 望の心臓がドキリと音を立てて冷や汗をかく。

 まさか。先程、一瞬だけ考えた悪意がフラッシュバックする。


「……どうするの?」


 望がそう尋ねるとほぼ同時に新はその自転車を望に押しつけるようにして渡した。


「え?」

「君が乗って逃げろ。こうなりゃ俺が少しだけ時間を稼ぐ。なぁに殺されやしないさ」


 望は鳩が豆鉄砲を食ったように口をポカンとあけた。

 開いたその口から反射的に疑問が漏れ出る。


「……なんでそこまで?」

「は?」

「さっきから、なんでそこまで私を? 今日会ったばかりじゃん! なんでそこまで!?」

「……なんでって……友達助けるのは当たり前だろ」


 ――トモダチ。

 

 何が?誰が?誰と?あふれ出てくる疑問は喉の奥で詰まって声にならない。


「げ、もう来た! いいから早く乗れ! 行け!」


 新は自転車に無理矢理望を乗せると背中を押して走らせた。

 思考がフリーズしたままの望を乗せ、自転車は勢いよく公園のメインストリートを

 走る。木々の緑が流れる風景と肌に当たる風を感じて望はハッと目を覚ました。

 自転車を走らせながら振り返ると新が既に大勢に囲まれているのが見えた。

 何人かの追っ手はレンタル自転車で望を追いかけてきている。

 少しでも止まると追いつかれそうだった。

 しかし、望にはもはやそんなことはどうでも良かった。

 今は、あの言葉の意味が何より大事だった。


「トモダチ」


 望は呟き、考えた。だが答えは出てこない。

 彼が、新が何を思いそう言ったのか、どんな理由でそれを言ったのか。

 望は新に聞きたかった。

 どういう意味?

 考えを巡らせているとやがて公園の南側入り口が見えてきた。

 このまま外に出れば望だけでも逃げ切れるかもしれない。

 だが。 


 ――友達助けるのは当たり前だろ。


「……あぁクソが!」


 望は叫ぶと思い切りブレーキをかけつつ車体を傾けてUターンした。

 ブレーキに固定されたタイヤが傾き、地面を滑る。

 最大限の傾きでバランスが崩れそうになるが

 水上バイクの要領で望は難なくそれをいなすと再び走り出した。

 急に方向転換してきた望に追っ手は全員仰天し、そのまま彼女を見送る。

 望は自転車を漕ぎながらただひたすらに怒っていた。

 あの訳の分からないことを言ったバカに何が何でも聞かなければならないと、

 だがしかし、自分に対してはそれ以上に怒っていた。

 何てこんな馬鹿なことを私は何をしているんだ、あぁもうバカバカバカバカ!!

 私のクソバカ!! ヤケクソで思わずギリギリと噛みしめた奥歯の痛みすら

 今の望には些細なことだった。十数秒後、黒い人混みが見えてきた。

 あそこの中心にアイツはいる。確信した望はペダルを踏む足に精一杯の力を込めた。


「どけええええええええええええ!!」


 望の叫びとスピードと勢いに気圧された人々がすぐさま間を開けて道を空ける。

 望はそこに飛び込んだ。


「新!」


 人混みの中心にたどり着いた望が見たのは、

 何人かに囲まれ地面にひれ伏し所々ケガをしている新の姿だった。

 それ見たことかと望は内心憤る。


「え、なんでお前……?」


 呆気にとられたように新が言った。


「……分かんないよ! 私には分かんないんだよ!! だから来たんでしょ! このバカーー!!!」


 望の叫びが人々に届き、染み渡ると同時に新の目の前に「窓」が開いた。

 あのみかんのアイコンが表示されている。


『ゲームスタート。だよ』


 電子音と共に、公園中の水が噴水のように吹き上がった。 

 試合開始。


次回は3/15のつもりですが前後するかもしれません

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