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リアルバウト! -冠水都市の拳闘士-  作者: タラバグマ
第二章 冠水都市のお祭り騒ぎ
13/14

~2-2~ 冠水都市の賞金首

 ほんの一瞬、望は眉をひそめる。

そして、そのまま口に蓋をしたように黙り込んだ。

しばらく、二人の間に気まずい沈黙が流れる。

そのまま十秒、三十秒、一分、五分、やがて十分が経過する。

その後更に五分がたった頃、ついに痺れを切らしたかのように新が言った。


「なぁ……」

「……」

「もう一度最初から聞くか?」

「はい?」呆気にとられた様子で望が言った。

「望……いや白梅望さん。」

「いやいやいやいや、待って待って」

「俺と……」

「ゲームで選択肢ミスったみたいに最初から言い直すの止めて!? 

確かにハイって言ったけど!」

「なんかすげぇ時間黙ってたからてっきり聞こえなかったか、

考えてる内に俺がなんて言ったか忘れたのかと」

「答えたくないから無視してたんだよ!! バカ!」


 あぁもう調子が狂う。

思い返すと望は隣に座る男に対して困惑しっぱなしだった。

昨晩の唐突なストーカー行為、今朝の脱衣、

挙げ句の果てには初対面の人間に対してチーム結成の勧誘。

望はこの新という少年の考えがよく分からなくなっていた。

というか思い返すとこの男ろくな事をしていない気がする。

望は自分の付き合いの良さに思わず感心してしまった。


「答えたくない?」


 新が引っかかったように望の言葉を繰り返す。

勘のいい男だなと望は思った。

チームを組む件について、望は断りたい訳でも、賛同したい訳でもない。

ただ単純に苛立っていた。

自分の嫌な思い出に素手で触られたような気がしたから。

もちろん、新は望の過去なんて知らないし、

キズナ100の相手とチームを組みたいのは当然のことだろう。

悪気なんてない。

だけど、だからこそ、そんな無自覚な行為に対して望はイライラしてしまう。

望はハァと大きな息を吐いた。


「……チームなんてどうでもいいの。

私はもう誰とも組まないから、

だからアンタの誘いもどうでもいいの

 ハイともイイエとも言いたくないの、わかる?」

「……そっか」


 やけに諦めのよい感じに新が言った。


「言いたいことがそれだけならもういいでしょ? 私、帰るから」


 空のボトルを新に投げ渡すと望は立ち上がった。

何故か彼女のイライラは収まっていない。


「さよなら」


 そのまま振り返らずに望はベンチから離れた。

児童広場を早足で歩きながら望は考える。


(あぁ、イライラする。無駄に嫌な思いをしてしまった。

何がチームだ、何がキズナ100だ。

あんなの……あんなの……。あの男は最低だ。

私の触れられたく無いところにずかずかと踏み入って来て。

世話を焼いてくれたのはありがたいし、

少し面白い奴だなと思ったけどなんて――。)


そこで望は足を止めた。


(――今、私なんて思ってた? 

 "イライラする"、"最低だ"、"面白い"――? 

 あり得ない。そんな事、そんな感情、

 私が人間に感じるはずなんて無いのに。)

「……っと」


 不意に何かが望の足にぶつかった。

 望が驚いて下を見ると女児が望を見上げている。

 顔を上げると保育士さんが駆け寄ってくるのが見えた。

 どうやら遊んでいた園児が望にぶつかってきたらしい。


「あぁごめんね、ちょっと考え事してたの……」

「……ねぇ」


 謝ってその場を去ろうとした望だったが、突然女児が声をかけてきた。

 今日はやけに見知らぬ人から声をかけられる日のようだ。


「何?」

「お姉ちゃん、キズナ100の人でしょ?」

 

――――――


「どういうことコレ!!」


 慌ててベンチに戻った望は新に向かって怒鳴っていた。

 そして新はというとただただ戸惑っている。


「いや俺に言われても知らないんだけど」

「私だって知らないんだけど!」


 烈火のごとく怒る望の隣には「窓」が開かれていた。

 それにはとあるニュースサイトの記事が表示されている。

 サイトにはとても目立つ極太ゴシック体の真っ赤な文字でこんな見出しが書かれていた。


 『史上初のキズナ100チーム出現! 深夜の明都に現れた二人が起こした奇跡』


 サイトには望と新の画像が貼られていた。

 画質こそよくないが、見る人が見れば彼らだと分かる程度のものだ。


「めっちゃ拡散されてるな……うわ、50万件以上も共有されてる」

「言ってる場合か! 実際に闘ってたアンタはともかく……

 なんで離れた場所で操作してた私までバレてるの!」


 昨晩のあのキズナ100の試合の時、

 望はフィールドを直接見ながら新を操作していたわけではない。

 新から遠い場所で画面を見ながら操作していた。

 格闘側のフリーマッチングスペースから離れた位置にある、

 操作側のフリーマッチングスペースだ。


「対戦のログでも見たんじゃないか。

 試合内容は全て録画されてるし、

 フリーマッチングの操作側もそれは同じだろ」

「うぐ……」


 望は言葉に詰まった。

 そういえばそうだ。

 ログを見ればあの試合、

 誰がとまでは分からなくてもどこで操作していたかは分かる。

 そしてあの時間、あの場所で操作をしていたのは私だけだったはずだ。

 望が自分の迂闊さを呪う一方で、

 新は自分でも「窓」を起動しネット上の記事を読みあさっている。

 すると何かを見つけたようで望に言った。


「……顔バレは置いといて」

「置いとけないから!」 


 長い髪を振り乱して望が言った。

 また「リアルバウト」で注目なんかされてたまるか!という気持ちがありありと表れているようだ。


「問題はコレだな」


 神妙な顔で新は「窓」をくるりと反転させて望の方にそれが見えるようにする。

 今度は違うニュースサイトの記事だった。

 またしても極太ゴシックの赤文字で見出しが書かれている。


『【急募】キズナ100チームを倒す強者求む、勝てたら10万円、期限は本日まで』

「はあああああ!? なんじゃこりゃ!?」

「どうやら、ネットの暇な奴らが俺たちの試合映像を見て、

 嘘だ本当だと盛り上がったみたいだ。

 ガセだって意見が大半だったが、

 顔も場所も割れてるし実際に闘ってみようってことになったらしい。

 そんでそのままじゃ面白くないといった誰かが金をだして賞金にしたみたいだな」

「捕まれよそいつ! 勝手に人を賞金首にするな!」

 

 思わず大声で望は言った。


「注目されるのはともかく、これじゃ対戦を申し込んで来る奴らがドンドンくるぞ」

「そんなやつらなんて無視すればいいでしょ」

「それで済めばいいけど。金がかかってるんだぞ。

 無理にでも俺たちと闘おうとする奴らがいると面倒くさい。

 もし断っても力尽くで無理矢理対戦の場に立たせようとする

 ガラの悪いやつらがいるかも。それだと君が困る」

「……お気遣いどうも」


 望が辺りをキョロキョロと見ると通行人が数人、顔を背けた。

 二人が急いで家に帰ってそのまま引きこもろうにも、

 既に見つかってしまっているようだ。

 無理矢理絡んで来ない様子から見るとおそらく良識を持った人達だろうが、

 そういう人達でも油断はできなかった。

 選択肢を誤ると二人の家までバレる危険がある。

 望は自分のトラウマを思い出す。人が手のひらを返すのはいつだって唐突だ。

 何処かの誰かが一人で始めて、それから堰が切れるように大勢が追従する。

 そのことは身に染みて理解していた。望は新に顔を近づけてこっそりと囁く。


「ひとまず私は逃げる」 

 

 言うが早いが全力ダッシュで望は逃げようしようとしたが、

 走り出す直前に新に手首を掴まれたせいでその逃亡は失敗した。

 一方、新はとっさに望を捕まえたせいで身体のバランスを崩し、

 ベンチから転がり落ちていた。


「待てよ。……俺に考えがある」 地面に転がりながら新は言った。

「……ひとまず立ったら?」


 望は地面に横たわる新を引っ張り上げる。

 うわ軽いなこいつ。望は内心驚いた。

 男子ってこんなに軽いものなのか。

 立ち上がった新は「窓」の画面を切り替えてどこかに連絡しようとしているようだった。


「あぁ……通報?」望が納得したように言った。

「違う」

「なんだ」

「……つまりは、人目に付かず追っ手を振り切って、

 その後誰の目にも届かない場所に行けばいいわけだ」

「そんなこと出来るの?」

「出来るけど出来ない」

「禅問答やってるんじゃないんだけど」


 望のツッコミに新は苦笑しながら答える。


「……俺には出来ない。だから出来る奴を今ここに呼んでる」

「……信用できるの?」

「信用は出来る。でも、んー……。まぁ俺たち両方が助かるのは50%ぐらいかな」

「ダメじゃん!」

「おいおい勘違いしてるぞ。

 そいつらは君のことは100%助けるけど俺のことは必ず見捨てるだろうなって意味だ」

「もっとダメじゃん!?」


 へらへらと笑う新に戸惑いながら望は言った。笑いながら、新は付け足すように言う。


「大丈夫だよ、そいつら友達だからな」

「……友達」


 自分がずっと憧れている響きに望は心が波打つのを感じた。

 そうだ、彼にも友達がいるんだ。困ったときに助けてくれる(?)そういう人が。

 嫉妬とも羨望ともつかないような気持ちが望の胸の奥で渦巻く。

 微笑むべきかムッっとするべきかも分からず、望の唇がぐにゅぐにゅと動いた。

 きっと新の友人達がついたら私はかわいそうな被害者Aになって、

 その後、腫れ物を触るかのように扱われ、

 蚊帳の外に置いて行かれるのだろうなと望は思った。

 なんとなく予想した未来に肌が粟立つのを感じる。

 そんな事を考えている場合じゃないと望は思い直そうとするが、

 勝手に出てくる残酷な想像を止めることは出来なかった。


「……望さん?」


 新の声で望は我に返った。心配したような新の顔が目の前にある。


「大丈夫か?」

「……別に」

「とりあえず連絡は終わった。

 あとはあいつらが来るまでしばらく待つ。

 んで、その間に対戦を申し込んでくる奴が来たら逃げよう」

「……そうだね」


 望が再び周りを見渡すと自分たちを観察する人影が増えたようだった。

 その数およそ二十人、10チームほどがお世辞にも広いとはいえない児童公園を

 囲むように立っている。あるチームは盛んに何かを話し合い、

 またあるチームは準備運動でもするかのように柔軟をしている。

 その様子を見て児童広場の保育士さん達はただならぬ雰囲気を感じたのか、

 遊んでいたはずの幼稚園児たちに帰り支度を始めてさせている。

 一人の園児が望に気づいて手を振っていた。

 あの時ぶつかった幼女だ。望は社交辞令的に手を振り返すと新に向き直った。


「でも、そんな暢気なこと言ってる場合じゃ無いかもね」

「んー、どっちに逃げる?」

「あっち」


 望は園児達がいる方向とは逆の方を指差した。

 一番近い公園の入り口とは反対の方向だ。

 誰かに迷惑をかけたくないとかそんな気持ちがあったわけではない。

 ただ、こういう時はこうするものだろうなと望は思っていた。


「いたぞ! キズナ100の子達だ!」


 突然、広場を囲む人々の向こうから声が飛んできた。

 おそらくたった今来た新参者だろう。

 望達を包囲する人達の注意がそちらに向いた。

 そのチャンスを見逃さず、新は望の手を取り、駆けた。


「行くぞ!」

(――なんだ、思ったより強いんだな力)


 よろめき、走りながら、望は新の手を数秒見つめた。

 ゴツゴツとした固い手はやはり男の子のそれだった。


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