表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リアルバウト! -冠水都市の拳闘士-  作者: タラバグマ
第二章 冠水都市のお祭り騒ぎ
12/14

~2-1~ 冠水都市のガールミーツボーイ

  白梅望は夢を見ていた。

 その夢は彼女の記憶だ。

 実際に起こった彼女の思い出。

 小学二年生の時、望は大好きだったゲーム

 「リアルバウト」小学生大会低学年の部に出場した。

 パートナーは一つ年上の彼女の兄だ。

 彼らは並み居る強豪を打ち倒し破竹の勢いで勝ち上がり

 ついには全国大会で優勝を果たした。

 皆が彼らを祝福し彼女は幸福の絶頂にいた。

 しかし、その幸せは早々に打ち砕かれた。


 人間の純粋な悪意が幼い彼女を襲った。イカサマ疑惑――。

 彼女と兄のキズナは不可解な挙動をしていた。

 試合の重大な場面で、二人のキズナは必ず異常なほど上昇したのだ。

 それは通常のキズナの振れ幅を遙かに超えたものだった。

 ゲーム中のキズナの振れ幅は通常プラマイ「5」程度、

 しかし彼らのキズナはここぞという時に限り「30」から「90」に急上昇していた。

 短時間で信頼の気持ちがそんなに大きくなる人間、

 そんな感情を持った人間がいるわけがない、という意見が世間一般の見解だ。

 また、望と兄の普段のキズナが「30」という

 平均よりも非常に低い数字だったことも、疑惑の後押しをしていた。

 ……最初は誰かが嫉妬で言ったことだったのかもしれない。

 だが、人の悪意はあっという間に伝搬し、増殖し、

 やがて疑惑は大衆の中で事実となった。

 そして、望と兄は名も知らぬ人達からの数えきれぬ罵倒を受け、

 その後「リアルバウト」をやめた。

 あくまで疑惑でしかなかったため優勝の資格は剥奪されなかったが、

 そんなことは彼女たちにとってはどうでも良かった。


  その後、望は何日も泣いて泣いて泣き続けた。

 あらぬ疑いをかけられたことが悲しかったからではない。

 むしろ逆だ。心当たりがあった。それが何よりも悔しかった。


――――――


「……ん」 


 朝陽が顔にかかり、白梅望は目を覚ました。その睫毛は水で湿っている。


「……ここは?」


 望が起き上がると背中に痛みが走った。

 やけに固い寝床で寝ていたようだ。

 背中をさすりながら望が辺りを観察すると見覚えのある風景が見えた。

 大きな湖、それを囲むようにいくつも建つ施設、

 そして、空には球体時計、時計の時刻は三月七日午前九時十二分となっていた。

 どうやら自分は広堀公園で眠っていたらしい。

 その事に気づいた望は自分の寝床を改めて確認する、

 それは湖に向かい合うように置かれている木製のベンチだった。

 道理で固いわけだ。望は一人で納得した。


「えーと」


 今の自分の状況を顧みて、望は再び考えた。

 なんで私はこんな所で眠っていたんだ? 

 昨晩の記憶がどうも曖昧だ。望は必死で記憶を辿る。

 「リアルバウト」の大会を見てそれから……。


「目が覚めたか」


 突然、背後から声がした。

 望が驚いて振り返ると男の子が立っていた。

 黒髪の少年で両手にペットボトル飲料を持っている。

 年齢は自分と同じぐらいだろうか。

 男にしては少し髪が伸びているせいか望は最初少年に暗い印象を受けた。

 しかし、敵意の無い、照れたような彼の笑顔を見るとその評価は覆った。

 その顔を見た時、望は小さい頃に育てていたひまわりの花を思い出した。

 出来は悪かったが精一杯太陽に向かって咲いていたあの花だ。

 その花が枯れた時、わんわんと泣いてしまったことを

 記憶の隅に浮かべながら、望は呟いた。


「あなた……」 次の言葉を望が言う前に少年が遮る。

「まぁほら飲めよ」 


 そう言うと少年は右手に持つジュースを望に渡してきた。

 驚いたことに望が一番好きなジュースだ。

 望は差し出されたジュースを見て、しばらく考えた。

 そしてあることに思い至ると、急いで自分が今すべき事をしようとした。

 そう、通報だ。


「待ってくださいお願いします!!」


  素早く「窓」を起動して、さぁ通報だという所で望は少年に止められた。

 白々しい、女子高生を襲って挙げ句の果てに野外に放置するとは、

 こんな愛嬌のある顔をしてこいつぁとんでもねぇサイコパスだぜ。


「待つことなど何も無い。後のことはポリスメンに任せることにする」

「落ち着いて!その手をゆっくりと下におろして!」

「そんなこと言って! どうせ油断させる気でしょう!?」

「俺は丸腰だ! 君に危害は加えないから!」


 少年は両手を開いて言った。

 手に持っていた二つのボトルが両方とも落ちて地面を転がる。

 一つは炭酸飲料だったため落下の衝撃で泡がモリモリと増えていた。

 あぁ、もったいない。ちょっとそう思いつつも望は少年から目を離すことなく続けて言う。


「信じられない……服の中にも武器をもっているかもしれない……」

「……くっ……どうしてもダメか……?」少年が悔しそうに言った。

「そういうこと、どうしても身の潔白を示したいのなら全裸にでもなって」


 悪いが言葉だけでは疑念は払拭出来ない。

 悪い奴ではなさそうだが魔が差したということもある。

 望は警察に連絡するべく、改めて「窓」を操作し始めた。


「……仕方ない」 


  少年が呟く。

 その後、彼が何やらもぞもぞとやっているのを望は視界の端で見ていた。

 なんとなく気になってちらりと彼の方を見ると、

 少年が着ているシャツを脱ぎ始めていた。

 十代の男子特有の健康的でビビットな肌色が望の目に刺さる。


「待ってくださいお願いします!」 先ほどの彼と同じ台詞を今度は望が言っていた。


 何やってんだこいつ! 望はそう考えつつ「窓」を動かす手を止めた。


「君が言ったんだろうが、全裸になれって」

「そんなこと言ってな……言ったわ!」


 だからってマジでやるやつがいるか!


「あれは……言葉の綾でしょう! 

 本気に取らないで! っていうか別件で通報されるようなことするなバカ!」


 望が叫んでいると通行人がざわざわと集まり始めていた。

 朝なので人通りは少なかったが、

 騒いだせいで流石に注目を浴びてしまったようだ。

 一方、少年の方は今度は肌着に手をかけていた。


「ほら! 人が集まってきたでしょ! 

 落ち着いて!その手をゆっくりと下におろして!」望は焦りながら少年に言った。

「断る!!他人に通報されるのはかまわない!

 だけど、君に通報されるのはなんとしても避けたい!」


 言いながら少年は肌着を脱いだ。完全に上半身があらわになる。

 とても貧相な身体だ。私よりも筋肉無いのでは?

 望がそんな事を考えている間に少年はズボンに手をかけた。やばい!


「あぁ!もう!通報やめるから!だから脱ぐなこのボケーーーー!!」 


 三月七日、白梅望にとってその日の朝は

 男の脱衣を止めさせるという人生で最も屈辱的で訳の分からない朝になってしまった。


「なんなのもう……」 すっかり炭酸の抜けたジュースを飲みながら望は言った。

「いやぁ悪かった」あっけらかんとした様子で少年が言う。


 望と少年は集まった野次馬から逃げるようにその場を立ち去り、

 今度は広堀公園入り口近くにある児童広場のベンチに座っていた。

 広場には幼稚園児達が遊びに来ており、ブランコやアスレチックで遊んでいる。

 中にはこっそりと「リアルバウト」を行おうとする子達もいたが

 先生に見つかり大目玉を食らっていた。

 望たちはベンチに並んでそれを眺めていたが、

 やがて、ジュースを飲みきると望から少年に声をかけた。


「……それで、誰なのあなた」


  当然の疑問を聞かれた少年はなぜだか目を見開いた。

 何だ、私はそんなに変なことを言ったのだろうか。

 望は怪訝な顔をした。

 しばらく少年は何か考えているように園児達の方を見ていたが、やがて答えた。


「……俺は新……黒松新、です」 


 急に敬語になった少年はどこか余所余所しい態度になっている。

 色々と言いたいことはあったが、ひとまず望も名乗ることにした。


「私は白梅望。……それでなんで私はこんなとこで寝てるの、あなたが何かしたのこの露出狂」

「露出狂言うな! ……覚えてないのか?」

「何を?」

「昨日の夜のこと」

「昨日の夜?」


  少年に言われて望は昨晩のことを思い出す。

 確か「リアルバウト」の大会を見に来て、

 その後……テンションが上がった結果いろんなゲームをやりまくって……そして……。

 思い至った所で望は顔を上げ、はるか遠くに見える天球式体育遊戯館、天体を見た。

 あそこで、久々に「リアルバウト」をやろうと思ったんだ。


「……『キズナ100』」少年が呟いた。

「……えっ」

「本当に覚えてないのか?」

「……少し……覚えてる」


 望は思い出していた、

 競技場の中で「フリーマッチングの操作側」としてゲームをプレイした時のことを、

 そしてその時に起こった一瞬の勝負を。

 キズナ100。

 その三桁の数字を望は今ハッキリと思い出した。

 そうだ、あの勝負の後気分が悪くなってすぐに外に出ようとしたら

 私を追いかけてくる男がいたんだ。

 思い出した望は隣にいる新の顔を睨むように観察する。

 男の顔と新の顔はとてもよく似ていた。

 いや似ているというより本人だ。じゃあ今隣にいるこの男は……。


「あの時のストーカー」望は心底いやそうな顔をして言った。

「思い出してくれたようで嬉しいけどせめて露出狂の方でお願いします」


  まるで酸っぱいものと辛いものを両方口にしたような微妙な顔で新が言った。

 どっちもあまり変わらないだろうにと望は思った。


「じゃあ露出ストーカー」

「どんどん俺の余罪が増えていくのやめて!」

「事実でしょ」


 望は切り捨てるように言った。


「……それでどこまで思い出した?」探るような態度で新が言った。

「……あなたが急に私に感謝し始めて、

 そのあと気を失ったみたいにあなたが倒れて……そこから先は覚えてない」


  望は正直に事実を述べた。昨晩、望が倒れる新を支えようと手を取った時、

 光が望達を包んだ。

 その光の直後から今朝目覚めるまでの記憶は

 まるで墨汁で塗りつぶされたように真っ黒で望は何も思い出せなかった。


「……あの光の後」

  口をもごもごさせながら新が言った。

 一つ一つの言葉を口の中でじっくりと反芻しているかのようにゆっくりと話す。


「君が気絶してしまって。そしてまぁ……色々あって、

 あそこのベンチに、寝せて、それから、君が目覚めるまで、そばにいたんだ」

「……そっか」


 望は新に対する警戒を少し弱めた。


「……信じてくれるのか」

「まぁ……そんなボサボサの格好してりゃあね」

「え?」


 「色々あって」で濁された部分が気になるし、

 彼の言っていることを望は全て信じたわけではない。

 だけど、昨晩から今朝にかけての長い時間、

 自分が目覚めるまで彼がそばにいたというのはおそらく事実だろうと望は思った。

 なぜなら、望が起きてから新が声をかけてくるまでの時間が短すぎたし、

 その上、新の服は昨晩と全く同じで、

 また、服の所々、特に背中や尻の部分が土やほこりで汚れていた。

 まるで地面の上で寝ていてさっき起きたかのような不格好な姿だ。

 多分、実際にそうだったのだろうと望は一人で腑に落ちたように頷いた。

 ふと新たな疑念が望の頭に浮かんだ。


「……なんで朝まで私に付き合ってたの? そのまま帰ればいいのに」

「……女の子を一人で放置するわけにもいかないだろ、それに……」

「それに?」

「言いたいこともあった」

「……?」

「望……いや白梅望さん。俺と……「リアルバウト」のチームを組んでくれないか」


 望の目をまっすぐ見つめながら新は言った。

 望を見る彼の黒い瞳はまるで新月のように真っ黒で、

 その瞳孔の奥にあふれんばかりの光があるようだった。


次回更新は3/3土の予定です


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ