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リアルバウト! -冠水都市の拳闘士-  作者: タラバグマ
第一章 冠水都市の遊技場
11/14

~1-8~ 冠水都市の出会い

  その後、新は再び「操作フリーマッチング用スペース」にやってきていた。

 あと何試合かして今日はもう帰ろう。

 そう思いながら、新は空を見上げた。

 開いているドームの天井から星空が見える。

 球体時計は見えないが、おそらくもうすぐ0時になる頃だろう。

 周囲の人影も先ほどより減っていた。

 新は「窓」を起動し、ゲームの準備を始める。

 先ほどの結衣の件で、新の気持ちは沈んでいた。

 まともなゲームが出来るのならばもう誰でも良いという気分だ。


  その時、準備を進める彼の足下では芝生が揺らめいていた。

 そのことに気づく者は誰もいない。もちろん新本人さえも。


  ゲームをスタートし、新がマッチングを待っていると、

 突然アラートが鳴り、新の目の前に画面が表示された。

 「CHALLENGER!」とある。乱入だ。

 競技場内の誰かが新に対戦を申し込んでいる。

 離れた場所に立つそれらしき人影を新は見つけた。誰だろう。

 そう思い新が目をこらしているとその人物は声をかけてきた。

 何故かその声に聞き覚えがある。


「よぉよぉ、またまた会ったな」


  驚いたことに、乱入相手は先ほど結衣に撃退されたはずのあの不良だった。

 新は目を丸くする。こんなにしつこい奴は初めてだった。

 まるでRPGに出てくるやけにキャラの立った中ボスのようだ。不良は言葉を続けた。


「俺思い出したんだよ、お前、一回も勝ててないって噂のやつだよな?」


  新は心の中で舌打ちした。

 不名誉な噂もあったものだが事実なので仕方がない。


「それが?」


  新はあえて答える。この男が何故こんなにしつこいのか引っかかった。


「記念だよ記念。そんなに弱い奴闘ってみたいだろ? 

 どんだけ弱いか確かめてみたいだろ?」


  新は納得した。そういう輩は過去に何度もいたからだ。

 弱い者とあえて闘って勝利し、自分の自尊心を満たす連中。

 新の一番嫌いな人物だった。

 一方で、新はもう一つ気になったことがあったので聞いてみた。


「……大会に出る予定だったならパートナーはどこなんだ?」 


  乱入者は男一人だった。周りに操作側の人物がいるように見えない。


「あー? 逃げられたよ。まぁまた探せばいいだろ。

 っていうか誰でもいいだろ、このゲームってそんなもんだろ。

 結局勝つのはケンカが強い奴なんだからよ、お前のお友達みたいにさ。

 あんだけいい体格してりゃ優勝ぐらいできるよなぁー」


  羨ましそうに不良は言った。

 それは違うと新は言ってやりたかったがすんでの所で止めた。

 わざわざ言ってやる価値もない男だ。

 そして、この瞬間から新はこの男にだけは負けたくないと思った。

 心の奥底が煮えたぎるのを感じる。自分をあざ笑うのはいい。

 だが、友人を侮辱することだけは許せなかった。

 こいつはヒロと華実の何を知っているというのだろう。

 新は試合中の華実の目を思い出す。

 普段とは全く違う彼女のまっすぐな目、美しい瞳。

 あいつらがどれだけ真剣にやっているのか知らないくせに

 勝手なことを言って欲しくなかった。

 新は「窓」を見る。マッチングはまだ終わっていなかった。

 それは相手も同じようで不思議な顔をしている。


「……? なんだやけに遅くねぇか? 誰でもいいんだけどなぁ」


  誰でもいいなんてあってたまるものか。

 そうだ、新には夢がある。それは太陽のように大きく熱い夢だ。

 そのために自分は何百回何千回負けようと

 必ず運命のパートナーを探し出すと一年前に誓ったはずだった。

 度重なる敗北と劣等感でその決意を忘れていた自分に腹を立てながら、

 新は思う。あぁ、勝ちたい。勝ってやりたい。勝たせてやりたい。

 いいや、違う。勝たねばならぬのだ。力の差は歴然。

 気持ちで新の肉体が強くなるわけでもない。それでも勝つと決めた。

 だから、そんな自分のアホみたいな我が儘に

 付き合ってもらうパートナーが誰でもいいわけなんてない。

 新はマッチング中の文字を見ながら、まだ見ぬパートナーに願う。

 俺の全てを託す。だから、君の全部を背負わせてくれ――。

 そして、マッチングが終わった。 


 その瞬間、あの時と同じ暴風が吹いた。

 その風は競技場全体の芝生を根こそぎ刈り取るように吹きすさんだ。

 試合が始まったが、風に気を取られて新たちは動けない。

 次の瞬間には、風はそのまま夜の空へと消えていた。

 予想外の事態に不良は少し驚いていた様子だったが、

 試合が始まっていることを確認すると新の方へ駆けた。

 一方、新はその場から動いていない。彼の心臓がバクバクと脈打っていた。

 鼓動がいつもよりずっと早い。相手が近づいてくるのが見えた。

 身体が熱い。なんだ。どうしたんだ。相手はもうすぐそこまで来ている。

 動け動け動け――!!新は拳を握った。せめて一発――――! 

 その時、不意に新の右腕の動きが楽になる。操作側の入力だ。

 マッチングした相手は新を動かそうとしていた。

 新は精一杯の力でそれに応えようとする。

 構えなど関係なく右腕を振りかぶった。

 見え見えの動きだ。避けられる。新はそう思った。

 しかし、その刹那、まるで星が産まれた時のような輝きと爆発力が新の身体に宿った。 

 

  隕石が落ちたような音がした。地面が揺れ、広堀公園の湖に波紋が広がる。

 何が起きたのか新にも分からない。

 気づいたときには不良は競技場の壁にめり込んでいた。

 彼の体力ゲージは0。新の勝利だった。

 ネオンイエローの「KO!」の文字が空中に浮かんでいる。

 だが、その時の新は初勝利の事など頭から消えていた。

 新は空に浮かぶ自分の体力ゲージを見ている。

 いや正確にはその下にある数字を。

 その数は……「100」。


「キズナ……『100』……?」


 三桁の数。信じられなかった。

 故障?バグ?いや、だがそれじゃあ、あのパワーはなんだ?

 様々な思いが新の脳裏をかすめる。そして新は一番大事なことに行き当たった。


「……誰だ!? 今マッチングした奴は!?」


 新はディスプレイに映る操作側のアカウント名とそのプレイ場所を確認した。

 アカウント名は「フルムーン」。場所は……「明都eパーク-明都天球式体育遊技館」。

 ここだった。新は急いで周囲を見回す。どこだ、どこにいる。

 周りがやけにうるさかったが新には聞こえなかった。

 今、俺を操作していた奴はどこにいる。それだけを考えていた。

 やがて、新は競技場の出口へ向かう白く長い髪を見つけた。


「……あれだ!」


  根拠はない。だが新は確信した。

 反射的に身体が動き、新は彼とも彼女ともつかない人物を追う。

 建物から出た所で、新はその人物の後ろ姿を捉えた。

 彼が追っているのに気づいているのか、その子は逃げるように走っている。

 新の体力と筋力じゃとても追いつけない。走りながら彼は精一杯声を張り上げた。


「待ってくれ!! そこの――綺麗な髪の子!!」


  ナンパかよ、と内心思いながら新は叫んでいた。

 でも思わずそう言ってしまうほど、その子の長く艶やかな髪は印象的だった。

 そして、公園中央の湖の畔まで来たところで、ついにその子は足を止め振り返った。

 女の子だ。新と同じ年頃の少女。

 その少女は端正な顔立ちをしていた。

 彼女のぱっちり目はまるで満月のような力強い輝きを持って新を見返している。

 吸い込まれそうなほどに澄んだ瞳だった。思わず新の背筋が冷える。

 彼女も走って息切れしていたので、

 腰まで伸びている彼女の純白のロングヘアーが呼吸のたびに揺れていた。

 しばらく息を整えた後に、少女が言った。


「……この、ストーカー」


  あぁ、もっともな台詞だ。新はしみじみ思った。

 見知らぬ男から追いかけられたら誰だってそんな感想を持つだろう。

 多分新だってそう思う。でも新には言いたいことがあった。

 彼女にどうしても伝えたいことがあった。


「怖がらせて……ごめん。でも……」 


  息も絶え絶えに新は言った。まだ体力が戻っていない。


「……でも?」 少女が訝しげに言った。

「……ありがとう」


 少女の目が見開かれた。大きく丸くなったその瞳は本当に満月のように見える。

 新は続けた。


「俺……いままで一回も勝てなくて……それでも続けてたんだけど……

 やっぱり勝てないのは少しきつくて……

 だけど今日君が俺を操作してくれて……勝てて……」


 酸素が足りない頭で必死に言葉を選びながら新は言う。

 多分彼女には何が何だか分からないだろう。

 だけど感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。

 彼女が右腕を操作してくれたおかげで自分は勝てたのだから。

 あの謎のパワーのことなんてどうでも良かった。

 まず彼女に会ってお礼が言えればそれで良かった。


「とにかく……ありがとう」

「……キズナ『100』のことじゃないの?」


 少女が戸惑った様子で言った。

 しかし、もう新の声は出そうに無い。完全に体力切れだ。

 新は前に向かって倒れ込んだ。


「え? ちょっと――!」 


 驚いた少女が新の元に駆け寄り、倒れる彼を支えようと手を差し伸べた。

 そして、再びそれは起こった。

 少女の手と新の身体が触れた瞬間、まばゆい閃光が彼らを包んだ。


「……!!」

「……!?」


  動脈に直接エネルギーをぶちこまれたような熱い感覚が新の全身を駆け巡る。

 心臓が今までに無い早さで鼓動した。

 地面に倒れこむ姿勢のまま新は目を見開き、少女の手を取る。

 倒れる身体を支えようと新は右脚を出し、地面を踏んだ。

 次の瞬間、まるで空気の壁を巨大な太鼓バチでぶっ叩いたような音と共に二人は跳んだ。

 その跳躍の初速は音を置き去りにした。

 自分が地面を蹴った爆音を新が聞いたのは、跳んでから数秒後のことだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 夜の冠水都市を新は見下ろしていた。

 はるか下に見えるそれはまるで作り物のように現実感がない。

 また、それを綺麗だと感じる余裕もなかった。

 新の両腕には先ほどの少女が抱えられていた。

 奇しくもその格好は試合の時のヒロと華実のようにお姫様抱っこの形になっている。

 少女は気を失っているのか、目を閉じ何の反応もない。

 新の体内を巡る血液が、いや、情水がまるで沸騰したようにぐつぐつと弾けていた。

 その激痛と高熱で混乱しながらも、新は考えていた。

 どこか安全に着地できる所は……!数秒の思考の後、新はそれを見つけた。


「あそこなら……!」


  ちょうどいい場所を見つけた所で、新と少女の身体がまた輝き始めた。

 何かが……くる……!! 

 その流星のような何かは二人の身体を内側から貫き、そして、二度目の閃光が瞬いた。


――――――


 数分後。なんとか着地出来た新は、手頃な場所に少女を寝させた。

 やはり気絶しているのか彼女の意識はない。

 息はしているので死んではいないはずだ。

 少女の寝顔を見ながら、新はいろんな事に頭を巡らせていたが、やがてポツリと言った。


「……さて、どうしようこの状況」 


  新が見下ろす先には未だ夜の冠水都市があった。

 立ち並ぶビルと住宅の明かり、絶え間なく流れる水とその反射が遠くで輝き夜空のようだ。

 新は大きなため息をついて横を見る。

 少し向こうで、巨大な孔からとてつもない量の水が放出されていた。

 春の夜、冠水都市の空に浮かぶ巨大球体時計の上で新は一人途方に暮れていた。



次回更新は 2/27か28の夜です。

次から第二章、視点が白梅望視点に戻ります


――以下予告のようなもの 内容は変わる可能性があります――


「目が覚めたか」


「私の名前は白梅望」


「俺とチームを組んでくれないか」


「いたぞ! キズナ100の子達だ!」


次回「リアルバウト!」 2-1 冠水都市のボーイ・ミーツ・ガール




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