~1-7~ 冠水都市の独り者
「カンパーイ!!」
午後五時半。
広堀公園敷地内のレストランで新、ヒロ、華実、結衣の四人は祝杯を挙げていた。
あの激戦の第五試合の後、ヒロは順調に勝ち上がり、
なんと、優勝という快挙を成し遂げていた。
この宴会はそれを祝うために急遽開かれたものだ。
テーブルには所狭しと和洋中の様々な料理が並べられている。
みんながメニューを雑多に頼んだせいで何だかアンバランスな食卓になっていた。
「しかし、表彰式のヒロは受けたねぇ」
泡の浮いたドリンクをちびちびと飲みながら結衣が言った。
「額に入れて飾りたいぐらい緊張というものをよく表していましたよ」
華実が言った。エビフライの尻尾が口からはみ出している。
「俺、宇宙人思い出したわ、ほら、前みんなで見た映画のやつ、カタコトの言葉喋ってた」
トロの握りを口に放り込んで新が言った。
「あー、分かります分かります」
「たまにはアラタもいいこと言うねぇ」 結衣と華実が笑う。
「えぇい、うるさい! 新、華実、結衣!!」
ヒロがテーブルの上に身を乗り出し、新達をたしなめた。
だがしかし、振る舞いとは裏腹にその声は
周りのお客の迷惑にならないようにひそひそ声だ。三人は苦笑した。
「ヒロさんがあんなだったから仕方なく私が優勝者インタビュー答えたんですよ?」
そう言った華実の顔はすこしむくれていた。余計な注目を浴びてしまったせいだろう。
「いやぁ、いいおっぱいだったよーハナミーン、試合中めっちゃ揺れてた」
「ははは、結衣ちゃん。表でろ」
「ごめんなさい」
「でも、堂々としたもんだったぞ、いいインタビューだった」
「それはありがとうございます。
新さんも早くあそこに立てるといいですよね、
早くいいパートナー見つけてくださいよ」
「こっちは褒めてんのにケンカ売ってんのかてめぇ」
「はー? 新さんの出場中止の処理誰がやったと思ってるんですかぁ?」
「ごめんなさい、ありがとうございました」
二人が頭を下げたのを見とどけると、華実はグラス満杯のドリンクを一気に飲み干した。
「まぁまぁ、そのぐらいにしておけ、華実。
本当にいいインタビューだったと俺も思う。改めて礼を言うよ、ありがとう」
「……今度はヒロさんがちゃんとインタビュー受けてくださいよね」
「あぁ、華実」
そうやって言葉を交わしていた二人の間には確かに絆があった。
もちろん彼ら四人の友情も強いものだったが、ヒロと華実のそれはやはり堅く強い。
だから優勝できたのだろう。
新は悔しさと羨ましさを隠せない目で一瞬、彼らを見る。
そして、そんな新から目をそらすように
結衣は空っぽになったグラスをぼんやりと眺めていた。
それから数時間後。
四人は騒ぎまくってレストランを追い出された後
広堀公園の歩道を歩いていた。
歩道と平行して走る水路には黄色い月と空に浮かぶ球体時計が映っている。
時計の時刻は午後十時四十分。そろそろお開きの時間だった。
「じゃあ俺はもう返るぞ、新、華実、結衣」
「あ、私も帰りますよ」
「私もー」
公園の出口に向かう三人の背中に向かって新は言った。
「……俺はもう少し残るわ」
三人は振り返り、新の顔を見た。数秒後、ヒロが口を開く。
「……そうか。じゃあまた明日な、新」
「早くパートナー作ってくださいよ-」
「……じゃあね、アラタ」
小さくなっていく三人を見送りながら、新は踵を返した。
向かう先は決まっている。
数分後、新は今日の大会のメイン会場、明都天球式体育遊技館にいた。
彼は今観客席でなく競技場に立っている。
元々、ここは夜遅くまで開いている遊技場だ。
大会が終わり、スタッフも撤収した今の時間
すでに競技場はいつもと同じようにゲームを遊ぶ人間で賑わっていた。
ゲームのメインはもちろん「リアルバウト」。
競技場のそこらで、対戦が行われていた。
「リアルバウト」は今日の大会のように広い会場全体を使って闘うこともできるし、
フィールドの範囲を設定することで小さなフィールドで闘うことも可能だ。
また、手頃な対戦相手がいなくとも「リアルバウト」は
かつての格闘ゲームのようにネット上で対戦相手を見つけ、対戦することが出来る。
お互いが離れた場所にいるため対戦相手は情水によって形作られた仮想の肉体だが、
動きやパワーはオリジナルのものと同じだ。
いつでも誰とでも出来るゲーム性のためか
「リアウバウト」は夜中でも遊ぶ者が絶えなかった。
新が少し歩くと、競技場の隅っこに空いているスペースを見つけた。
そのスペースには「窓」と同じぐらいの大きさの情水ディスプレイが浮いている。
ディスプレイには「操作フリーマッチング用スペース」と表示されていた。
「あったあった」
「操作フリーマッチング」とは格闘側がネット上で募集した操作側プレイヤーに
自分を操作してもらう仕組みだ。マッチングそのものはランダムだが、
マッチングの結果、良いチーム相手が見つかり、実際にチームになった例も多い。
新の狙いはそれだ。
これで自分とチームになってくれる人を探す。
淡い期待を抱きながら、新はゲームをスタートした。
――――――
「くそが……」
一時間後。
自販機で買った水を飲みながら新は観客席に座っていた。
対戦結果は散々なものだった。開幕早々、新の弱さを見抜き切断する者。
新の貧弱な性能でやる気をなくす者。
あげくの果てには罵詈雑言を並べ立てたメッセージを送ってくる者もいた。
「この弱キャラ!」と書かれたメッセージを見ながら新は自嘲する。
「……そんなこと、俺が一番よく分かってるよ」
新は生まれつき身体が弱かった。病弱という意味ではない。
遺伝性の筋肉病によって肉体的な機能そのものが貧弱だった。
この病気は新が胎児の時に判明し、その時は産まれることさえ絶望的だったと母から聞いていた。
そんな彼を救ったのが医療用情水だ。遺伝子や細胞レベルで肉体を調整することによって
新の肉体はなんとか普通の貧弱レベルにまで持ち直した。
しかし、それでもなお新の筋力は常人の数分の一程度で
また、日常的に筋トレをして身体機能を維持する必要があった。
日課の早朝ジョギングもその筋トレの一環だ。
だから、自分が弱いことなんて新には最初からよく分かっていた。
だが、それを言い訳にするつもりはない。
どれだけ肉体が弱くても、パートナーとの信頼さえあれば
「リアルバウト」で勝つチャンスがあるのだから。
でも、もしパートナーが現れなかったら?
そんな疑念が新の頭をよぎる。
この一年、ろくにパートナーを見つけることすら出来ていない。
その上、新は「リアルバウト」の格闘側では一度も勝利していなかった。
一年近く活動を続けて一勝も出来ていない新は
この街のプレイヤーにとってちょっとした有名人だ。
そんな彼を見て酔狂な人間がチームを組んでくれることもあったが、
何回か対戦をすると大抵は新から離れていった。
「……よし」
新は中身を飲み干したボトルを捨てると、競技場に戻ろうと振り返る。
そこに男が立っていた。
「よぉ、また会ったな」
男は今朝ヒロが捕まえたあの不良だった。
新を見下ろすその目は敵意に満ちている。
いつでも動けるように新は全身に意識を集中させた。
「……どちらさまで?」
「ふざけんな、お前らのせいで俺は試合に出られなかったんだよ」
とぼけてみたが無駄だったようだ。しっかりと顔を覚えられていた。
「なぁ、どうしてくれんだよ」
雑な因縁をつけながら、新の胸ぐらを掴もうと不良は手を伸ばしてきた。
新はそれを避けようとしたが逃げる動きが間に合わずあっさりと捕まる。
新と不良の目が合った。新は目を逸らさず、ただまっすぐ彼を見た。
怯えたりなんかしてやるか。力じゃ敵わない、だけど心まで負ける気はない。
「……んだよその目はよぉ」
「別に……」 新の目は未だに不良の目を捉えていた。ドロドロした瞳が新を見返している。
「調子乗ってんじゃねーぞ……!」
不良が拳を振り上げたその時、聞き慣れた声がした。
「何をしてるんだ、新」
「うっ!」
ヒロの声だ。不良は拳を上げたまま周りを見回す、
同じく新も声がした方向を探すが、ヒロの姿は見えない。
「俺の友人になにをやっているんだ? また、同じ目に遭わせてやってもいいんだぞ」
姿が見えないままヒロの声が低くなる。怒ってる感じの声だ。
「……ちっ」
しぶしぶ新から手を離すと不良はさっさと逃げた。
もちろん逃げ際の言葉は忘れていない。
「覚えてやがれ!」
男の姿が見えなくなると、新はさっき声がした方に向けて声をかけた。
「……ありがとう、結衣」
「……どーいたしまして」
座席シートの後ろから結衣がひょっこりと姿を現した。
その声はヒロのものだ。
「相変わらず、変声アプリ使うのが上手いことで、俺も少し騙された」 新が言った。
「ふふふ、もっと褒めてもええんやで」
にやにやと笑いながら結衣は「窓」を閉じ変声アプリをオフにする。
「……で? なにやってんのアラタ?」
突然、真剣な顔になって結衣が言った。声は彼女のものに戻っている。
「…………パートナー探し」
「だと思った。……成果は?」
「……ゼロ」
「ふーん」
「い、いや、だけどな!
もうちょっとすればきっとまたパートナーが見つかるって!
今日なんか俺調子いい感じだし!」
嘘だ。調子は最悪だった。
今日はいつも以上に動きにキレがないのは新も自覚している。
だけど今日の大会を見てしまったら、いてもたってもいられなくなってしまった。
「だからさぁ……」 結衣がため息をつく。
「うん」
「他に誰もいないんなら、私がパートナーになるって前から言ってるじゃん」
沈黙が二人を包んだ。まるで無限に時が経ったかのような錯覚の後、新が口を開く。
「……ごめん」
「……このクソボケのゴミカスのふにゃちん野郎が」
別に結衣とのチームが嫌なわけではない。
キズナだって80後半はある筈だ。
だけど、こんな、同情のような形でチームを組むことだけは出来なかった。
おそらく結衣にだって、自分のやっていることはただの憐れみに近いものだと
理解できているはずだ。
それなのに、彼女にこんな台詞を言わせてしまった自分が情けなくて許せなかった。
「悪いな……いやな気分にさせて」
「べっつに、全然気にしてないけど? ……だけどね」
「……」
「辛いのは、アラタだけじゃないんだよ。いい加減分かってよね」
そう言った結衣の横顔は、まるでヒロと華実の顔が透けて見えるようだった。
新の不勝伝説は彼らの耳にも届いているのだろう。
そして、それに伴う友人の惨めな姿も。
「…………うん。ずっと……悪いとは思ってるよ」
絞り出したような声が届く前に結衣は新の前から消えていた。
「……八百七十二連敗、まだ……やれるよな?」
誰に聞かせるでも無く新は言った。
次回更新は2/25の夜です。
また遅れました……。次からは予定をもうすこし甘く見積もります。
――以下、予告のようなもの――
「またまた会ったなぁ」
「誰だ!?」
「うおおおおおおおあああああああああ!!!?」
「さて……どうしようこの状況」




