きびだんごを知りませんか
むかし昔、お爺さんとお婆さんがいました。
最近耳が遠くなり、腰が曲がってきた二人は、それでも仲睦まじく暮らしていました。
ある日、お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に向かいました。
お爺さんは鎌を茂みに滑らせては、使えそうな小枝や葉っぱを拾い集めていきます。
お婆さんは冷たい川に手を浸して、洗濯板に二人分の服をこすりつけ、せっせと布を洗います。
汗が玉になって綺麗な水面に滴り落ちる頃、今までに聞いたことのない音がお婆さんの耳に聞こえてきました。
どんぶらこ、どんぶらこ。
そんな音が何処から響いてくるのだろう。そう思ってひょうと目を上げると、そこには大きな大きな桃が、変わらずどんぶらこ、どんぶらこと流れてきていました。
これはしめたもの。お婆さんは喜びました。
お婆さんがようやく抱えられるほどの桃です。お爺さんとお婆さん、二人で食べればお腹いっぱい。今日のご飯はそれだけで充分なものとなるでしょう。
これは食べなければ。そう思ったお婆さんは、取るものも取らず大きな桃を持ち帰りました。
夜。お爺さんとお婆さんは、桃を挟んで食卓に着いていました。
「ひゃあ、こんな大きな桃、見たことねえ。なあ、おっかあ、早えところ割ってくんな」
「おうともさ」
お婆さんは包丁で、大きな桃を真っ二つに割ろうとします。
しかし、その桃のお山の頂点にひたりと包丁を押し当てると、むずむずと桃が動きました。
そしてパカンと桃が割れると、中にはかわいいかわいい男の子が、すやすやと眠っていました。
桃太郎と名付けられたその男の子は、すくすくと成長していきました。
お爺さんの薪割りを手伝い、お婆さんの掃除を手伝い、それはそれはとても良い子に育ちました。
頼まれたことは断れず、困っている人がいれば頼まれなくとも隣の村まで駆けつけるほどに。
やがて、桃から産まれてから十二年ほど。大きくなった桃太郎は、町に現れては人を襲う、鬼というものを知りました。
鬼は、赤く大きな体で角を生やして、筋骨隆々の化け物だそうです。丸太のような指でむんずと人を捕まえては、鋭い牙で頭からかじっていってしまいます。
桃太郎は思いました。許せない。そんな酷いことをする鬼を生かしてはおけない。
桃太郎は決めました。鬼ヶ島へ行こう。鬼の暮らしているその島に行って、悪い鬼を懲らしめてやろう、と。
旅立ちの日に、桃太郎は育ててくれたお婆さんに頼みました。
「おっかぁ、きびだんごというもんを作って下さいな」
「きびだんご?」
旅に出るのに準備はもうほとんど出来ていました。腰にはお爺さんの買ってくれた刀を差して。背中には、お婆さんが作ってくれた『天下無双』の旗を立てて。はちまきまでして、もう準備は万端です。
ですが、もう一つ足りないものがありました。旅の途中にもお腹は空きます。桃太郎はお弁当代わりに、話に聞いたきびだんごというものを持っていこうと思ったのです。
しかし、その言葉にお婆さんは首を傾げました。
はて? きびだんごとは何だろうか?
き・びだんご? きび・だんご? きびだん・ご? 食べ物が欲しいといっていることはわかったので、おそらくきびのだんごだろうと、そう当たりはつけられました。
けれど、きびとは何でしょうか?
そのきびとやらを、どうやって団子にするのでしょうか? お婆さんにはとんとわかりません。まだ山奥の村には、それを食べたことのある人なんていませんでしたから。
「桃太郎や、そのきびだんごというのは、どこで見たものかいな?」
「見たことはねえ。三軒となりの茂吉さんが、そんなものがあると言っていた」
ははあ、なるほど。
お婆さんは合点がいきました。その茂吉に聞いた珍しいお菓子を、桃太郎は欲しがっているのだと。
ならば、話は簡単です。
「よおしわかった」と膝を叩いたお婆さんは、すぐに茂吉のところへ出かけました。
「茂吉さんや、茂吉さんや」
「なんだ、桃太郎ところの婆さんかい。何だいこんな突然に」
茂吉は、わらじを作る手を止めて、お婆さんの顔を見ました。
「うちの桃太郎に教えたきびだんごとやら、どんなものか儂にも教えてくれんかのう」
きびだんご。それを聞いた茂吉は、うーん、と首を捻ります。
「悪いなぁ。きびだんごは、おいらも人から聞いたもんでなぁ。丸いってことくらいしか知らねえのよ」
「そうか、じゃあ、お前さんは誰に聞いただ?」
「鍛冶屋の野郎だ」
そう言うと、茂吉はジャッジャッと、またわらじを作る手を動かし始めました。
鍛冶屋に聞いた。それを聞いたお婆さんは、鍛冶屋のところへ向かいました。
「鍛冶屋さん、鍛冶屋さん」
「おう、なんだい? 桃太郎とこの婆さんや」
鍛冶屋は、真っ赤な鉄を叩く手を止めて、お婆さんの顔を見ました。
「茂吉さんのところに教えたきびだんごとやら、どんなものか儂にも教えてくれんかのう」
茂吉に教えたきびだんご。それをきいた鍛冶屋の親父は、うーん、と首を捻ります。
「そいつは申し訳ねえけど、俺も人から聞いたんだよなぁ。白っぽいってことくらいしか知らねえのよ」
「そうか。じゃあ、お前さんは誰に聞いただ?」
「学者様のところだよ」
そう言うと、鍛冶屋はカチンカチンと、また真っ赤な鉄を叩き始めました。
学者さまに聞いた。それを聞いたお婆さんが学者のところにいくと、同じように返されました。今度はご隠居さんが知っているそうです。そしてご隠居さんもまた、五軒隣の弥助が知っているといいました。
きびだんごのことをよく知っている人は、なかなか見つかりません。お婆さんもずいぶんと苦労して村中を回りましたが、みんな誰かに聞いたというのです。
たらいまわしにされながらもお寺のお坊様に聞いたところ、ようやく行脚が終わりそうだとお婆さんは安堵しました。
お坊様にきびだんごを教えたのは、村の庄屋だというのです。そして、お婆さんが行っていない家も、そこだけとなっていました。
ようやくどんなものかわかるぞい。そう思い、お婆さんの声は弾みます。
「庄屋さま、庄屋さま」
「はいはい、何ですか? 桃太郎さんのところのお婆さん」
床屋さんは、そろばんを弾く手を止めて、お婆さんの顔を見ました。
「寺の坊さんのところに教えたきびだんごとやら、どんなものか儂にも教えてくれんかのう」
きびだんご。それを聞いた村の床屋は、うーん、と首を捻ります。
「それは申し訳ありませんが、私も人から聞いたもので。よく知らないんですよね」
あれ? どうしたことだろうか? もう他に、聞いていない人などいないはずなのに。お婆さんは思いましたが、相手は偉い床屋さまです。そんなはずないなどと、言えるわけがありません。
「そうですかい。ではあなた様は、どなたに聞いたのでしょう?」
「おや、妙なことをお言いなさる」
庄屋は目を丸くして、何度も瞬きをしました。
「私が聞いたのは、あなたのところの桃太郎ですよ」
それから先のお話は、貴方にはまだ教えられません。
最初にきびだんごのお話をした人が見つかれば、貴方にも続きを教えてあげられるんですけれど。
それからというものの、お婆さんはみなさんに、ずうっと『きびだんご』について聞いて回っているそうですよ。村がなくなったあとも、手当たり次第に声をかけているらしいです。
いつか貴方のところにも来るかもしれません。
みなさんも、意地悪しないでちゃあんと答えてあげてくださいね。
知らなかったら、知っていそうなお友達を紹介してあげるんですよ。
さあさあ鶏が鳴きました。あたしの話はこれでおしまい!