三年前の不可解な事象
本来であればもっと他の、・・・例えるならばオカルト板やVIP等に書くべき話であるのかもしれません。
しかし彼方ではこういったジャンルが既に下火となっている為に、場違いを承知でこのサイトに書かせて頂きます。
要約すると“別の世界に行く手法として紹介されている手順をロクな覚悟もなく踏んだ結果、訳の分からんモンを見た”という余りにも滑稽かつ低俗な体験談となりますことを御承知ください。
三年前の夏、私がまだ“陸で始まって隊で終わるとある職場”にいた頃の話です。
入隊一年目にして所謂左遷のような待遇を受け、当時の私は精神的にかなり参っていました。
部隊名は伏せさせて頂きますが、戦闘職種ではないとだけ記しておきます。
失望の為、冗談ではなく命を断とうと思い立った事もありました。
今にして思えば余りにも幼稚で薄弱な思考であったと言えますが、当時の私にそのような正常な価値観は全く欠けていました。
この頃まとめサイト等で紹介されている異世界を見たという体験談を漁ることにハマり、消灯後も居室でスマホに食い入る日々が続きました。中でも目を引いたのは「ゲラゲラ医者」の登場する話や「時空のおっさん」関連の体験談です。半ば浮世に愛想を尽かしつつあった私には、それらは余りにも魅力的で興味深く思えたものでした。この時点でもう十分妙な価値観であると言えますが、当時の私は度を越して阿呆でありました。恐らく、どうせ死ぬのであれば面白いモノを見てからにしたいという意識があったのだと思います。
休日に外出した際にそこそこの高さを持った建物を見つけてはその総階層数を確かめ、それが十階建て以上のものであれば商業施設であろうが何であろうが入り込み、ネットで紹介されていた“エレベータを用いた異世界への行き方”なるものを実行するという奇行を五回ほど行いました。
1.エレベータに乗る。
2.次にエレベーターに乗ったまま、四階、二階、六階、二階、十階と移動する。
3.十階についたら、降りずに五階を押す。
4.五階に着いたら若い女の人が乗ってくる。
5.乗ってきたら一階のボタンを押す。
6.押したらエレベーターは一階に降りず十階に上がっていく。
上記の手法です。
当然と言えばそうですが、私がやった際には一度たりとも“1階を押した筈のエレベータが10階に上昇する”ということはありませんでした。
エレベータを用いた手法が空振りに終わり、私は意気消沈しながら他の手順を模索し始めました。
それが恐らく最も有名かつ成功例(今考えると非常に馬鹿らしく疑わしいものではありますがw)も多く目につく以下の手法となります。
“5cm×5cmの紙に六芒星、その中に「飽きた」と赤で書いたものを持って寝る。”
これが妙に胡散臭く新興宗教の如き不信感を伴っていることは当時の私でも感じ取ることができましたが、先の手順で失敗している私は藁にも縋る思いでこの手法を実行に移しました。
結果を先に述べておくとすれば、私は余りにも馬鹿で無知で軽率でした。
この愚かな行いのせいで半年ほど睡眠に対して恐怖心を抱かざるを得ない事態に陥ることになります。
消灯の十分ほど前、私は事前に用意していた紙に赤のボールペンで六芒星と“飽きた”の文言を書き入れました。上のベッドにいた同期がその様を見て“イカれている”と茶化しましたが、私は特に気にすることも無く作業を続けました。完成した後、寝ている間に紛失することを危惧して私はその紙を黒のビニルテープで左手の掌に貼り付けました。
やがて流れ始めた就寝ラッパを耳にしながら、私はクリスマス前日の餓鬼にも通じる心地で目を閉じました。脳味噌が高揚していたせいか普段よりも寝付くのに少し掛かりましたが、結局は疲労に負けてまどろみ始めたのを覚えています。
問題はここからです。
この段階まで読んで下さった方には非常に申し訳ありませんが、私はこの後に起こったことを夢として認識しております。そうでもなければ説明がつかず、私は本当に“イカレていた”ことになるからです。
外から聞こえてくる足音のせいか、私は目を覚ましました。
まず視界に入ったのは土の付いた天幕の帆布でした。
演習は数日前に終わっていた筈であり、私は何故自分がこんな所にいるのか非常に困惑しました。
しかし、妙なことに脳味噌ないし意識のどこかで自分が何故天幕の中にいて次に何を成せば良いのか完璧に把握していたのを覚えています。語彙力が乏しいせいで上手く表現することが出来ませんが、言うなれば思考が分裂しているような(こう書くと統合失調症と疑われても文句はいえませんねw)異様な感覚でした。
そのもう片方の思考によると自分は検閲の演習の為にこの演習場におり、歩哨(警備)の順が回ってくる時刻や自らの氏階級、そして同じ天幕で寝ている同僚たちの名前も掌握していました。
その時腕時計で確認した時刻が0515辺りであったのを記憶しています。
腕時計は私が普段使用しているG-Shockと同じモデルでした。
当時の記憶が正しければ自らの名前は同じであったのですが、階級は何故か陸士長という本来よりも上の位になっていました。
とてつもない違和感を感じているにも関わらず、脳味噌は現状を完璧に把握している。
名状し難い程に不快で異常な状況でありましたが、その時天幕にいた私は昨晩自分が例の紙を調達したことなど完全に失念していました。
ただ汗に濡れたマットの気持ち悪さを妙に鮮明に覚えています。
そういう経緯もあって私が0508に半長靴を履いて天幕を出た際、“自分が鉄帽ではなく戦闘帽を被っていること”、“弾帯に付けている弾嚢が妙にデカくて多いこと”、“持ってる銃が何かおかしいこと”などについてはあまり気を配ることが出来ませんでした。戦闘服については違和感を覚えなかった為、恐らく通常のものであったのだろうと思います。
(事後に調べてみると、弾嚢は普通科が使うような30連の弾倉を入れる位の大きさでした。また、状況中に鉄帽なしで外に出ることなど私の小隊ではほぼありませんでした。小銃に関しましては、銃床が木製で普段管理していた89式小銃よりもやや大きめでした。ロシア製のカラシニコフ小銃に少し似ていたと思います。)
五つほどの天幕が展張されていたのは森の中のやや開けた空間であり、そこを出ると砂の様なもので舗装されていた道が見えました。
その端に停まっていたトラックは私もよく知る一般的な中型であったのですが、問題は幌に張られた布でした。通常、火工品を運ぶ車両には“火”と印が付くのですが、その車両の黒い布には“二手”と赤く書かれていました。
例によってもう片方の思考ではその意味も理解しており、それによると“火工品を扱う車両である”という何の変哲もない認識だったのですが、二がカタカナなのか漢字なのかは判りませんでした。
歩哨壕(腰より少し深い位の警備用の穴)は道の反対側の藪の中にあり、私は一人の同僚(サカトモ一士という名であったと思います)と共に身を屈めながら道を渡りました。
只々困惑している私をよそに、もう片方の思考によって自分は何の問題もなく彼とコミュニケーションを取りつつ歩哨壕のある藪へと入りました。
交代の手順は記憶が正しければ普通であったと思います(細部は伏せておきます)。
必要事項を申し受けた後、私は前の隊員と交代しました。
右隣の壕でも同様に例のサカトモが交代を終えました。
先程まで小雨が降っていたのか周りの草や穴の中の土は湿り切っており、元々の暑さと相まって非常に不快でした。このような状況が嫌いであるのはもう片方の脳味噌も同じであるようで、少し安心したのを覚えています。
私がこの体験で最も印象付けられたのは以下の事象です。
視界の右半分を占有するようにして、非常に巨大な建造物が目測ですが2kmほど先にありました。
その近くにいた車両と比較するに、全幅は1kmほど、高さは200mほどであったと思われます。
それは石材のような真っ白な表面をしており、台形の土台の上に直方体が載ったような様でした。
弐瓶勉の漫画に出てくるような外見と言えば伝わるでしょうか。
私が彼の漫画を知ったのはその職を辞めた後であり、夢にその影響があったとは考えていません。
とにかく異様なまでの荘厳さを伴っており、それは強烈な印象と恐怖を以て私の記憶に焼き付けられました。
当初は古墳か遺跡か何かのように思ったのでありますが、もう片方の脳味噌による認識ではそれはそこまで古くはない建造物であるようでした。ただ、“少し前から演習の為にそこにある何か”という認識でした。
ただ狼狽する私をよそに、脳味噌は淡々と業務をこなしていきます。
五分程歩哨を続けた辺りで、私はこの夢を見始めた辺りから続いていた不快感に耐えられなくなってきました。脈拍が上がり息切れしている私を隣のサカトモが気遣うように眺めていたのが見えました。
右手の親指の辺りに痛みが走り、私は本当に目を覚ましました。
ベッドの天井に付けていたライトがそこに落ちたことによるものでした。
ようやく見慣れた居室の景色が広がっていることと思考から不快感が消えたことに安心し、私はただ呆然と横になっていました。
しかし、やがてこの体験の記録を取る必要性を自覚しスマホのメモに覚えている限りの事象を書き込みました。
この記述は全てそのメモを基にしていますが、実際メモを取ろうが取るまいがあの夢は覚えていたと思います。
書き終えるか否かという時、私は左手に貼っていた例の紙がない事に気付きました。
大方汗でテープが剥がれて落ちたのであろうと思い深く考えることはしませんでしたが、翌朝に朝食の前にベッドの下からマットの裏、シーツの中まで何度も探してもそれは見つかりませんでした。
こう書くとよくあるホラ話のような結末に聞こえて滑稽かもしれませんが、“訳分からん夢を見たこと”と“紙がなくなったこと”は紛れもない事実となります。
ただ私が最も気に食わないのは、昨晩に私が例の紙に六芒星を描いているのを見て茶化した同僚に尋ねてみても、その様を見た事すら知らないという素振りを見せた事です。
口汚く罵りつつ何度も追及しましたが、返ってくる答えは同じです。
彼はただ困惑した様子であり、嘘をつくメリットもなければ頭もありません。
こいつがダメなら他を当たろうと思い、同じ部屋の同僚に“私が変なものを描く様子を見たか”と尋ねて回りましたが応えは皆同じでした。
翌年私は退職し、タイトなスケジュールも相まってこの体験をどこかに記す余裕や時間はなくいつしか記憶の一部として正常に定着しつつありました。
しかしここ数日あの建物が夢に何度か出ることが続いたため不可解に思い、あの意味不明な体験を誰かと共有したくここに記した次第であります。
こんな馬鹿らしく低俗な話を最期まで読んでくださった方には感謝申し上げます。