悪夢の始まり
遅れてしまって申し訳ございません。
「くそ...痛い......」
薄暗い洞窟の中。暗闇の中に無数の魔物たちが跋扈している空間。普通の人間だったら近づこうともしないだろう。その地獄のような洞窟の中に一筋の血が道の端に出来ている。その血を元を追っていくとまず目につくのは魔物の死体だ、それも一体や二体じゃない、何千何百もの死体が洞窟の空間一杯に広がっていた。腐り始めている魔物の肉が悪臭を放ち、死体から流れ出した血はまるで大雨の降った跡に出来る水溜りのように幾つもある。
そして、その悪臭漂う道にはには剣を杖の代わりにして出口を目指す一人の少女、白かったであろう服は血と泥で汚れており、左足と右肩に大きな傷を負っていた。
脹脛が抉られ骨の剥き出した状態の足をを引きずり、常に滝のように血が流れている肩を左手で圧迫しながら淀んだ目で前を見据え、ただただ出口に向って終わりのない道を進んでいる。
「...みんな......生きるって...言ったのに......」
「GAaaaaaaaa!!」
轟音と共に洞窟の壁が崩れ、そこから棍棒を携えた巨人が姿を現れた。
「...あぁ」
目の前に現れた圧倒的な絶望にとうとう少女は持っていた杖を落とし醜い巨人の前に跪くように崩れ落ちた。巨人が破壊した壁の穴から無数の魔物たちが溢れ出る。しかし、瀕死の少女を攻撃せず魔物たちは少女と巨人を囲むように立っている。当の少女はと言うと目の中から光が消え、唯一の武器である杖を拾おうとはせずに俯いたままピクリとも動かない。
「GAaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
巨人は少女の目の前で足を止めると勝ち誇るように声高らかに雄叫びを上げ、ゆっくりと棍棒を振り上げた。
「ここで死ぬな、私」
何百人も入ろうかと言うほどの大広間。壁や床は白で統一されておりステンドグラスからは淡い光が長方形の卓に降り注ぐ。大きな卓には十個の椅子が置かれており九人の老若男女様々な種族のギルドメンバー達が鎮座していた。しかし、彼らの間に会話がなく一つ空いた席に座るであろう人物を待っている。
しばらくたったころである。突然大広間の扉が開き、一人の少女が入って来た。女神の生まれ変わりと言われても信じてしまう程の美貌。法衣のような真っ白なドレス、頭にはティアラを被っておりさながら傾国の王女のようだ。しかし全員の視線は美しいドレスや容姿ではなく、手に持ってある一本の杖だった。その杖の中央に空色の宝石がはめ込まれておりステンドグラスから照らされた光が反射して神々しくも幻想的な光が広間全体を包み込んだ。
「......諸君。もうすでに気付いていると思うが今回のイベント『邪神最終戦』では我々の強者の証である『十崩器』の使用を正式に運営から許可された」
そういいながら少女は持っていた杖を高く掲げる。それに答えるかのように各々の武器を取り出した。彼女の杖のように彼らの武器にも様々な色をした宝石が埋め込まれていた。
「我々が強者となって長いときが流れた...やっと、やっと己が真の力を見せる時がき、ごほごほ...おっほん......見せる時がきたのだ!!」
「...マスター。毎回これをやる意味はあるのかとサトウは質問します」
「うるさい! こう言うのは雰囲気が大切なんだ!」
「テイク2やっときますか殿下?」
「ゴミ...殿下の有難い言葉を......」
「おっとディアボロちゃんがお怒りだ」
「黙れゴミ。わたくしの愛すべき御方であるアリス様に口答えしようなどとは。お前の身体ひき肉にしてから家畜に食わせるぞ」
只今の時刻八時五十分。イベント開始まであとわずか。気合を入れようとちょっとした儀式のようなものをやっていた所である。ギルドを結成した時からイベントや大会と言った大切な行事があるときにこうして皆で集まって映画のワンシーンの様なことをやっている訳だが―――
「今日と言う今日こそお前を殺してこのギルドメンバーを一人抹消してやる」
「......おい」
「ちょっと止めてくださいよ。唯僕は殿下が大切な台詞を噛んじゃったからもう一回やり直しますかって聞いただけじゃないですか」
「ちょっと私の話を」
「問答無用。わたくしのプリミラで永遠にプレイできない体にしてさしあげます」
炎の様に赤いゴスロリドレスを身に纏った可憐な少女、ディアボロが狂気を孕んだ瞳で腰携えていた剣をゆっくり抜刀すると目の前のピエロの仮面を被った紳士に剣先を向ける。
「くたばれゴ「人の話を聞け!」あいた!」
一向に話が進みそうになかったのでウラノスでディアボロの頭を思いっきり叩いた。若干頭の形が歪んでしまったが問題ないだろう。なぜかと言うと戦闘禁止区域になっているところでは身体は損傷したりしてもダメージは一切入らないのだ。たとえ原型を留めていないほどぐちゃぐちゃになったとしてもしばらくしたら元に戻る。
「あはは。ディアボロちゃん怒られてやんの」
「お前もじゃボケ!」
「ゴハァ!」
今度はバットのように持つとピエロ紳士目掛けて大きく振りかぶり大広間に人型の穴を開けた。
「さて、私がさっき言ったように今回のイベントでは『十崩器』の使用を許可されている。これはいままでになかった事だ――本当に十崩器を使うべきか否か、イベントが開始される前に一度皆に聞いて見ようと思ってな」
「めんどくせ。今更うじうじ考えてもどうにもならねぇだろ。運営の方から使ってオッケーの連絡が着たんだから普通に使えばいいんじゃねぇか」
「殿下は十崩器を使ってクリアした後の周りの反応を気にしてらっしゃるのではないでしょうか?」
「ああそうだ。十崩器は我々のギルドしか持っていないレアアイテム。しかもその一つ一つが反則級の性能を持っておりその性能が原因で大会やイベントでの使用が禁止に成る程。当然そんなものがイベントに使えば楽にクリア出来るし報酬とやらも恐らく私達のギルドが獲得すると思ってもいいだろう」
目の前で気絶したディアボロと遥か彼方に飛んでいったピエロ紳士の事は気にも留めない所を見ると毎回同じ様なことが起こっているのだろう。金髪碧眼のエルフの的確な指摘にアリスは机の上で気絶したディアボロを抱えながら満足げに頷く。
「今一度問いたい。今回のイベント十崩器を使うか否か」
「......苛められるのは...嫌、だな...」
「えー、アイリスちゃんはいいと思うな! 炎上の一つや二つ乗り越えなきゃアイドルの道は程遠いよマギサちゃん!」
「いや、私は別にアイドルになりたくない......です」
「私は賛成だよ、折角貰ったのに一回も使わないなんてもったいないじゃない!」
多数決の結果反対が三、賛成が四となった。僕と気絶しているディアボロ、どっかに飛んでいったピエロ紳士以外賛正反対を決めてしまった。私はまだ決めかねているから取り敢えず保留。となると―――
「起きろバカ」
「ギャイン!」
もう一度杖で殴り強制的に覚醒させる。因みにさっきまでディアボロが一言も話さなかったと言うと気絶していたからである。「気絶していたら話せないの当たり前じゃん。何言ってんだこいつ」っと思った人。確かに気絶していたら話せない。だがそれは現実世界の話である。
ゲームの世界では気絶していようが眠っていようがチャットと言う手段で意思疎通を行うことが出来るのだ。しかしこのワンダーランドはまるで『現実世界のようなリアル』がコンセプトである為、気絶、睡眠、死亡、などの状態異常が付与されている時にチャットが使えなくなる。正直ここまでリアルにする必要はあるのかと思うが。
「やっと動けるようになりましたわ――気絶している間にお話は聞かせて頂きました。わたくしは殿下様である貴方の意見に従いますので貴方様が反対なら反対に、貴方様が賛成なら賛成にさせて頂きます」
「なら後はピエロ紳士だけだが。あいつ何処まで飛ばされたんだ? しょうがない探しに行くか「それには及びませんよ~と」」
何故か扉からではなく飛ばされた時に空いた穴に小指から順番に穴の所を掴み、顔からゆっくりと中に入ってくる。ピエロの仮面があいまってホラーのようだった。画面の外で少し悲鳴を上げたのは秘密である。
「酷いじゃないですか。下界まで落ちちゃいましたよもう。さてチャットログから察するに十崩器を使ってクリアした場合の外側の反応が気になるっといった所でしょうか?」
「分かってんだったらさっさと賛成か反対か答えろゴミピエロ」
「まぁまぁ落ち着いてくださいブラックさん。実はですね殿下、僕こんな事もあろうかと予め運営の方に問い合わせました。」
『今回十崩器の制限を解除しました理由としては次の大会のプロモーションビデオを撮影する為にあります。尚、もし貴方様のギルドが最速クリアを達成した時に報酬は受け取ることが出来ますがランキングには反映されませんのでご了承ください』
「こう言うのって普通事前に言ってるもんじゃないっすか?」
「確かに...何処か不自然な感じがするね」
「...あの......話し合ってる途中、何ですけど...もう直ぐ、イベント、始まります」
マギサの一言に再び静寂が大広間を包み込む。
「「「「「......あ......」」」」」
画面の右上に表示されているデジタル時計は21:00を指している。私達は今回のイベント...参加することが出来なかった。