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教えて!誰にでもわかる異世界生活術

コザクラの細うで繁盛記

作者: 藤正治

 ソコは場末の路地の片隅にあると言う


 漆喰塗りの、何の変哲もない二階建て家屋だ。

 路地に面した玄関をくぐると、上に続く階段が見える。

 きしむ階段を上がれば、緑色に塗られた扉があるだろう。

 扉には、花模様を一つだけ刻んだ表札が掲げられている。


【コザクラよろず相談事務所】


 彼――冒険者ギルド所属のヨシタツ・タヂカは首を傾げた。

 最近、彼は文字を勉強しているので、かろうじて意味は分かる。

 何やってんだあいつ?

 まあ聞けば分かるだろうとノックする。


「入るがいいのです!」

 内側から返答があったので、扉を押し開く。

 目に付くのはまず、せまい部屋を大きく占拠する大きな机だろう。

 そしてその上には、なぜか仁王立ちしているおかっぱ頭の少女。

「大儀、なのです!」

 彼女――コザクラは腰に手を当て、偉そうにのたまった。 



 机の前には、応接用の小さなテーブルと椅子がある。

 タヂカが椅子に座ると、コザクラはテーブルにカップを置いた。

「水なのです」

「茶ぐらい出せよ」

「客づらなのです」

「呼び出しておいてなにその態度!?」

「注文が多いのです」

 コザクラはため息をつき、カップの水を窓から捨てる。

 下から罵声が聞こえてきた。

 それを無視した彼女は、サイドボードの水差しから緑色の液体を注ぐ。

「さあ!」

 タヂカはカップの中身に看破スキルを発動する。

 スキルを所持する者は、様々な能力を使えるようになる。

 例えば看破スキルは、人や物から様々な情報を得るスキルだ。

 年齢や所持スキル、記録内容や効果など、色々と透視可能だ。

 カップの中身の正体など、すぐに判明するはずだった。


 分 析 不 能


 視界に、赤く点滅するテロップが流れて消えた。

「毒ではないのです」

「それ、飲み物を勧めるセリフじゃないからな?」

「さて今日来てもらったのは他でもないのです」

「いやこの液体はなに?」

「ギルドをクビになったのです」

「え?」

 いきなりの発言にタヂカは目を丸くする。

 ギルド、と言えば冒険者ギルドのことだろう。

 主に魔物討伐を生業とする無頼どもを束ねる組織だ。

 彼女はそこで受付嬢として勤めていた。

 もっともタヂカは、受付嬢は仮の姿だと睨んでいた。

 裏ではギルドの密偵をしていたのではと憶測していた。

「解雇、されたのです」

 どうして、と言いかけて口をつぐむタヂカ。

 彼には身に覚えがあったからだ。

「どこへ行くのです?」

 憤然として立ち上がるタヂカを、コザクラが制する。

「ジントスの野郎に文句を言ってくる」

 冒険者ギルドのマスターの名を吐き捨てた。

「いいのです。密偵としての能力を失ったあたしなんて」

 コザクラは自嘲気味に笑う。

「どこにでもいるただの美少女なのです」

 ツッコミの台詞をぐっとこらえ、タヂカは席に戻る。

「……これからどうするんだ?」

「ここで仕事を始めるのです」

「仕事?」

「扉の表札を見なかったのですか?」

「……ああ、あれ?」

 表札にあった、相談事務所の文字列を思い出す。

「街の住民の悩み事を解決して、おぜぜを稼ぐのです」

「いや無理だろ?」

 タヂカは即答する。

「なぜなのです!」

「いやだって、なあ?」

 彼女に相談するぐらい捨て鉢なら、まず悪魔との取引を勧める。

 それからでも遅くはないと、タヂカは思う。

「失敬なのです!」

「まあ、いいけど。それで俺に用事って?」

 彼は自分が呼ばれた理由を問いただす。

「手伝ってほしいのです」

「手伝いってなにを」

「商売が安定するまで、助手になってほしいのです」

「それって恒久的にって意味か?」

「プロポーズなのです!?」

「ちげーよ!」

 全身全霊で否定した後、タヂカは確認する。

「だって儲かるようになるまで、ていう意味だろ?」

 そんな日が来ることはない。そう確信している顔だ。

「ギルドを追い出されて」

「…………ぐっ」

「女の子が一人で自活するのは大変なのです」

 そう言われると、タヂカは言葉に詰まる。

 なにせコザクラの密偵としての能力を奪った張本人なのだ。

 ギルドをクビになったのは彼のせいとも言えるだろう。

 観念したタヂカは、がっくりとうな垂れた。

「毎日、というわけではないのです」

 コザクラは寛大な笑みを浮かべる。

「五日に一度、顔を出すぐらいでいいのですよ?」


 ふいに、扉をノックする音が聞こえた。

「さっそくお客さんなのです!」

「え、うそ!?」

「なにが嘘なのです!」

「いや客が来たこと」

「どういう意味なのです! さあ助手その一、客を迎え撃つのです!」

「待てなぜ机にのぼる?」

 もそもそと机の端に足を掛けながらコザクラは答える。

「接客業は第一印象が大事! まず高い位置から相手を威圧するのです!」

「いや猫の喧嘩じゃないんだから」

「いいからとっととドアを開けるのです!」

 ノックの音は次第に高くなり、ダンダンダンダンと連打しはじめた。

 仕方なしに扉まで歩くと、把手を引く。

「はいはいいま」


「死にさらせえ!!」

「うわああっ!?」


 扉を開けた途端、男が棍棒で打ちかかってきた。

 薄汚れた格好をした男で髪はざんばら、目が血走っている。

「しょっぱなから奇矯な客なのです!」

「客じゃねえよ暴漢だよ!」

「外見で客を判断してはダメなのです」

「見た目じゃねえよ!」

 タヂカは男から棍棒を取りあげ、手首をつかんで床にねじ伏せた。

 喚きちらしながら懸命にもがく男を見て、コザクラは首を傾げる。

「客じゃないのなら、なんなのです?」

「コザクラ! オレの顔を忘れやがったか!」

「知り合いか?」

「初対面なのです」

「てめえ、よくもぬけぬけと!」

 男の顔を見詰めていたコザクラは、ハッと顔を強張らせた。

「キサマはギオルグラガード!!」

「こいつ魔王かなんかなの?」

「キサマの顔を忘れたことはないのです!」

「忘れてたじゃん」

「平和だった故郷を襲った盗賊団の一味なのです!」

「なにっ!?」

「え? ちょっと」

「コイツラのせいで両親とあたしの姉妹は無残な最期を!」

 コザクラの面持ちは悲壮で、両手がブルブルと震えている。

「キサマ達に復讐するためにあたしは生きていたのです!」

「よし分かったちょっとあっちを向いてろ? いま俺がこいつを」

「ま、待ってくれ!? なんだよそのホラ話は!?」

「あ、チャラリラなのです、久しぶりなのです」

「チャールズだよ!」

「ぜんぜん名前違うじゃん!」

「元冒険者なのです」

「さっきの話はなんだったの!」

「街の児童劇団の演目で、主人公が復讐鬼となって修羅道に堕ちるのです」

「重いよ! 子供になに見せてんだよ!」

「看板には、子供達に夢と絶望を」

「ひどすぎる!?」

「希望の誤植だったのです」

「あのー」

「すまん、忘れてた。とりあえず落ち着こう、まあこれでも飲め」

「え、はあ、すんません、いただきます」

「あ」

 と、コザクラは声を漏らすが、手遅れだった。

 チャールズは白目を剥いて卒倒した。

 タヂカは冷ややかな目でコザクラを睨む。

「まったく、軽率な行動は控えてほしいのです」

「あれ? 俺が悪いの?」

 彼女はチャールズの頬をひたひたと叩いた。

「ほら、起きるのです」

「……あれ~どうしたんだオレ?」

 チャールズは目覚めたが、ぼんやりとした顔だ。

 目の焦点が合っていない。

「よく聞くのです、あなたは冒険者に向いていなかったのです。あんな試練を与えたのは、それを分かってほしかったからなのです」

「そうだったのかありがとう」

「だからもう、故郷に帰った方がいいのです」

「そうだな、オレ、親父のあとを継いで農夫になるよ」

「それがいいのです」

「世話になったな」

「悩み事は解決したのですか?」

「ああすっきりしたよ」

「それは良かったのです、じゃあ御代は銀貨一枚なのです」

「すまねえ、持ち合わせがなくて」

「気にすることはないのです、ポケットをぜんぶ裏返しにすればいいのです」

 チャールズは有り金を巻き上げられ、ふらふらと部屋を出て行った。

「迷える子羊を救ったのです」

「……あいつを陥れた経緯も気になるけど」

「何はともあれ開業早々、幸先の良い出だしなのです」

「なあ、あの液体の正体って」


 ふいに、扉をノックする音が聞こえた。


「お客さんなのです!」

「またかよ!?」

「さっさと開けるのです」

「イヤだよ! こら机に上がるんじゃない!」

「あの、すみません。コザクラさん、いらっしゃいますか?」

 扉の外から女性の声が響いた。

「女の人なのです、待たせてはいけないのです」

「しょうがないな、まったく」

 タヂカはさっと髪を撫でつけ、扉の把手を引く。

「やあ、おまたせ」


「死にさらせえ!!」


「で、今度はどういう訳だ?」

 タヂカは冷たい目でコザクラを睨む。

 その頬には爪の痕が三本、くっきり残っている。

 彼女――サリーは、椅子に座ってすすり泣くばかりだ。

「彼女は以前、ひとりの冒険者に付きまとわれていたのです」

「どこの世界にもいるんだなあ、そういう奴」

「世界?」

「いや。それで?」

「彼女に頼まれて、二度と街に戻れなくなる厄介な仕事を斡旋したのです」

「ひどすぎる!?」

「それぐらいしつこい男だったのです。親切なのです」

「……ちゃんと報酬は支払ったけど」

 サリーがぼそりと呟くと、タヂカの視線は氷点下になる。

「手段はともあれ、それで解決だったんじゃないのか」

「……彼から、手紙が来たの」

 彼女は懐から一通の手紙を取り出した。

 手紙を受け取ったタヂカは、コザクラに渡す。

「なんて書いてあるんだ?」

 コザクラが黙読を終えると、タヂカは尋ねた。

「やはり厄介ごとに巻き込まれたのです」

「……かわいそうに」

 タヂカは顔も知らぬ冒険者に同情する。

「それでも何とか解決し、関係者の娘さんと恋仲になったのです」

「そうか! 良かったな!」

「冒険者から足を洗って実家に帰り、式を挙げるそうなのです」

「めでたしめでたしだな」

「付きまとっていたことを詫びて、幸せになってほしいと書いてあるのです」

 皆がそれぞれ幸せになったわけだ。

 タヂカの心はほっこり温まった。

「あと、父親が隠居するので、爵位を継ぐそうです」

「そうか、親父さんもさぞ安心……うん?」

「けっこうな名門貴族なのです」

「……それ、お前は知っていたのか?」

「もちろんなのです。それぐらいギルドでも把握しているのです」

「知っていたのならなんで教えてくれなかったのよ!!」

 サリーさんは半狂乱になってコザクラに掴みかかろうとする。

「聞かれなかったのです?」

「シレッと小娘が! 貴族なのよ! 名門なのよ! 玉の輿だったのに!」

「お、落ち着け、な? どうどう」


 タヂカは懸命になだめすかしながら、そっと緑色の液体を差し出した。


「ヨシタツは悪辣なのです!」

「あれはしょうがないだろ!」

 銀貨を一枚、机の引き出しにしまったコザクラは、ホクホク顔だ。

 一方で心ならずも悪事に加担したタヂカは、頭を抱えている。

「なあ、おまえがギルドを解雇された理由って」

 やがて彼は、思いついたように尋ねる。

「ああやって裏でやっていたことがバレたせいじゃね?」

 コザクラはふっと遠い目をした。

「世の中、綺麗ごとだけでは済まないのです」

 彼女は悟りきった表情で呟く。

「偉い人にはそれが分からんのです」

「いやおまえ、綺麗ごとだってやらないだろ?」

 汚職に賄賂に情報漏えい、おまけに脅迫等々。

 思い返してみればろくなことをしていない。

「もしかして、俺って無実じゃねえか?」

 それらの悪行がばれたせいなら、彼女の解雇は自業自得である。

「でも、手伝うと約束したのです」

 あああっと手に顔をうずめて嘆くタヂカ。

 そんな約束、反故にすればいいのにとコザクラは思う。

 それが出来ない彼を、彼女は目を細めて眺めた。


 扉をノックする音が聞こえた。


「お客さ」

「ぜったい嫌だ!!」

 小声だが、しっかりと拒絶する。

「お姉ちゃん、いるの?」

「あの声は、リリちゃんなのです」

「え?」

 リリは、タヂカが泊まっている宿の看板娘だ。

 意表をつかれた彼は、慌てて扉の把手を引く。

「リリち」


「お姉ちゃんのバカ――!!」

 打ち下ろしたホウキの柄が、タヂカの額に炸裂した。


「……だってコザクラお姉ちゃんだとばっかり」

「あたしだと脳天を砕かれていたのです」

 振り下ろす途中で、タヂカだと気付いたようだ。

 しかし勢いは殺しきれず、結構な一撃になってしまった。

「コザクラお姉ちゃんなら避けると思ったから」

 リリは口を尖らせてむくれる。

「そんなことよりどうしよう!」

「そんなことより……ほっとけばそのうち目覚めるのです」

 二人は床で気絶しているタヂカを見下ろした。

 ぴよぴよと、星でも回ってそうな間抜け面だった。

「だけど犯行の動機は何だったのですか?」

「あ、そうだ! クリスお姉ちゃんたちに変なこと吹き込んだでしょ!」

 クリスとフィーは、タヂカの冒険者パーティーの女性達だ。

「変なこと?」

「えと、その、洗濯物の件で……」

 さきほどクリスとフィーに、婉曲な表現で忠告されたそうだ。

 リリが男性用下着を好む、特殊な性癖の持ち主だと勘違いしているらしい。

 そしてタヂカの衣類は、彼女達が自分で洗濯すると言われてしまった。

 思春期のせいだから恥じる必要はないのだと、とても優しく慰められ

「すっっごく恥ずかしかったんだから!」

 リリは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 デマの発信源を瞬時に察したリリは、ホウキを片手にここに駆けつけたのだ。


 コザクラはリリがもっと幼かった頃を思い出し、懐かしさを覚えた。

 リリはホウキを振りかざして近所の悪ガキを叩きのめす、お転婆な娘だった。

「でもどうしよう! タヂカさんに乱暴な女の子だって思われたら!」

 それが今では、そんな心配をする年頃の娘になったのだ。

 まあいまさら手遅れだと思うが、無下に扱うのも可哀想だ。

「しょうがないのです」

 ため息をついて、緑色の液体を飲ませようとする。

 だが、気絶している人間相手にはちょっと難しい。

 コザクラは謎の液体を口に含むと、口移しで飲ませた。

 タヂカはぐえっと叫び、身体がえびぞりになって痙攣する。

「お、お姉ちゃん!」

「医療行為なのです」

 唇を離すと、何でもない風に答えた。

「で、でも白目になって、また気絶しちゃったよ!?」

「これから暗示を掛けて洗脳し、さっきの記憶を封印してあげるのです」

「ほんと!? ありがとう!」

 恐いセリフをさらっと流し、リリは無邪気に感謝した。

「ところでリリちゃん?」

 コザクラはニッコリと微笑む。

「リリちゃんの相談料は、格安にしてあげるのです」



 リリに手を引かれ、タヂカは立ち去った。

 ちょっと目付きが虚ろだったが、一晩経てば元に戻るだろう。

 コザクラは銅貨を数枚、机の引き出しに投げ込んだ。

 それから椅子の背もたれに寄りかかり、満足げな吐息を漏らす。

 初日から、なかなか賑やかだった。

 ギルドに辞表を出した甲斐があったと言うものだ。

 さんざん慰留され、給与の増額も提示されたが、金銭の問題ではなかった。

 今までギルドを隠れ蓑に、ひっそりと生きてきた。

 スキルを封じられたせいで、身の安全は完璧ではなくなった。

 だけど危険になった分だけ世界は身近になり、大きく広がった。

 ヨシタツは自分に、新たな可能性の光をもたらしてくれたのだ。

 ギルドをとび出すのは、当然の選択だった。


 たくさんの人々と、本当の意味で触れ合うこと。

 それが今の彼女の願いだった。


 緑色の液体をカップに注ぐと、窓の外を眺めながら飲んだ。


『おいしい』


 仕事を終えた後の特製ブレンドティーは、格別の味わいだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やってることは外道な感じもありますが、でもまあ、完全に人を不幸にしているわけではなく、「裏を知らなければ」みんな幸せになってますから、それはそれでいいのかも。特に「玉の輿」の件なんて、追っ…
2017/07/08 20:45 退会済み
管理
[一言] コザクラほどシリアスとギャグの落差が大きいキャラはなかなか居ない。ぜひ本編でももっとやらかして欲しいです。 『』で話すときがどういう状況なのか、いまいちわかってないのでモヤモヤします。
[気になる点] このカス理解できなさすぎて、不愉快すぎる。 主人公が絡む価値なし。
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