第7話 美少女?と私
はふっ、はむ、はふはふっふわー
大きめの貝殻を皿やスプーンなどの食器の代わりにし、先程作った煮魚をゆっくり細長い貝でかき混ぜる。目の前の上半身裸の美少女は熱いのにも関わらず、掻き込んではお代わりし、既に私の三倍は食べている。私は一杯でお腹がいっぱいになってしまい、鍋が焦げ付かないようかき混ぜながら彼女が食べているところをボーッと眺めていた。
「母なる海にレイを!んーああああ、美味しかったー!アンタスゴいね!」
「あ、うん、いやそうかな?」
「こんなに、腹が満ち足りることなんかほとんどないからね!いやーすごい!ほら!見て私の鱗もこんなオーロラ見たいに輝いちゃって!」
そういって、下半身に接続されている魚な部分を私に見えるよう上げている。先程まで確かにただの水色だった鱗が、少しばかり輝いていて綺麗になったといえば綺麗になった。
「そ、そうだね」
「この海岸に人間がいて普通に暮らしてるって聞いてさ、もういてもたってもいられないよね!結構沖の方に暮らしてたんだけど頑張って泳いできちゃったんだよー!そしたら、老年のアザヤカアオザカナの鍋とか作ってるし!しかも、普通の鍋より遥かに旨いし!もう最高よねー!
あっ、あたしね、マヒナっていうのー!これでも人魚族でも血統書付きのメロウ家でね!やっと、56歳になったから家から出てくること出来たんだよー!えへへ、すごいでしょー!で、アンタなんて名前?」
「ゆ、湯江…です」
「ユエちゃんかー!ちょーかわいい!」
な、なんて…ハイテンションなんだこの子。
しかも、スキンシップが激しいのか、今思いっきり抱きつかれている。私よりは遥か数倍大きい胸が押し付けられている。
ああ、少し惨めになってきた。
「と、とりあえず落ち着いて!」
「人間大嫌いなんだけど、ユエはちょーすき!ちょーかわいい!幻の海様が気に入ってるのもわかるわー!!」
何を言ってるかわからないけども、なんとなくいい子なのはわかった気がする。
魔導書によると人魚は海の番人の一人らしく、女の人魚が船を誘き寄せ、男の人魚が船を引きずり込むと書かれていた気がする。
また、人魚にはメロウ一族の外に、セイレン、ローレライ、ハルフゥ、ザンなど様々な一族がいるらしい。
「と、とりあえず、寝ようよ」
「えー!あ、どうしよ、こんな暗いと海泳げねーわーてか家出してきちゃったから帰るとこねーわー最近人魚狩りとか物騒だーわーここの洞窟ちょうどいい寝床になる海水あるわーけど一人で寝るとかさみしーわー」
すごく、チラチラこちらを見てくる。確かに私の家のすぐ横に海水が通る道はあるし、マヒナちゃんはそこに魔法をかけてフカフカな藻のベッド形成し始めてるし、でも一緒に寝るとなるとこの箱の家の壁をぶち抜くか、そこを覆うように作るかになる……美少女が、涙目でちらちらこちらを見てくる。
男じゃないけど、流石にこれは断りづらい。というか、家出までして来なきゃよかったのに!!
家の壁をぶち抜き、仲良く隣同士で寝ました。近々その通る道を覆うように家を作ります。
マヒナはユエの寝顔をいとおしく見ている。メロウ一族で、私は見棄てられた子供だった。海の中の屋敷の一番狭い部屋に閉じ込められていた。髪の色がピンクブロンドなだけで顔が似てる双子の姉のセリニの楽しそうな声を聞きながら、名前さえも与えられなかった私は一人この部屋で成人となる56年間も暮らしいていた。
目が見えない老女中が与えてくれる本と必要最低限のご飯だけで、私は生かされてきたのだ。
メロウ家において、人魚の双子は不吉とされていた。しかも、メロウ一族なのにも関わらず特徴である指の間に水掻きがなく、誰よりも人に近い容姿で生まれてきた私。人間嫌いで有名な人魚にとって、出来損ないの証だったのだ。
私たち一族を含めたこの海域の住民を束ねる気高き海様の巡礼も、一切受けさせて貰えないクズだったのだ。
そんなこんなで迎えた、56回目の誕生日。
外では姉を祝うお祭りが行われていて、気高き海様の運命を告げるお言葉を授けられていた。ひっそりと聞き耳を立てると、「貴方はこの海を救うメシアになるでしょう」と告げられていた。
なんで、私だけがこんな目にあうのだろうか。わからない、私にはわからない。
狭いこの部屋で私は飼い殺しにされる。そんな運命なのか。
「いえ、そんなことはありません」
急に聞こえた声に、私は辺りを見回す。だが、誰もいない。声を出そうとするが、何分声を発する機会なんぞなかったので声が出てこない。
「幻の海に住む少女に会いに行く旅に出てみないかしら」
「しょ…うじょ…?」
幻の海。その言葉で、この声の主が幻の海様であると私は確信した。幻の海とは、幻の海様が認めた者しか行き着けない、海のことであり、幻の海へ行けという言葉は幻の海様が指示しない限り何故か発することが出来ないのである。
「な、ぜ…?」
「その少女に会えば、貴女に名前を授けてあげるわ。今はパーティーで誰も貴女を気にかけてはいない、旅に出るなら今のうちよ」
旅に出るなら今のうち。ああ、そうだ、やっとこの狭い世界から出れるんだ。
いつもならば内側からは開けられない扉を開き、一度も見たことない屋敷を何かに導かれるように玄関に向かいながら、お金になりそうなものをささっと収納してしまう。
魔法を使うのも殆どなかったのに、今なら何でもできる気がする。玄関をそーっと開けると、姉が婚約者のサンと踊ってるのが見えた。
私には関係ない。
あれだけ羨ましかったパーティーは、今では格好のチャンスとしか思えない。私は横にある水草の中を静かに泳いで行った。
寝ずに泳いで丸二日。
私はユエに出会った。
魔物である私に驚きはしたものの、老年のアザヤカアオザカナという本によると高級魚だった魚の鍋をご馳走してくれたのだ。
しかも、海の魔力がとても豊富であり、必要最低限しか与えられなかった私の魔力が増幅していくのを感じていく。
薄汚い鱗も、オーロラ色に輝いている。
あまりの嬉しさに、私は一方的に彼女に話しかけてしまった。友好関係の作り方はわからないせいで、彼女は少し困ったように笑っているのが少し申し訳ない。
無理を言って、こうやって一緒に寝てくれてるし……
あたしね、マヒナっていうのー!
あれ、私、名前…マヒナっていうの??
「マヒナは月、ユエもね月なのよ」
耳の奥に幻の海様の声が聞こえてくる。丸二日間私のために会話の仕方などをサポートしてくれた、幻の海様。
ありがとうございます、ユエちゃんと同じ意味の名前をつけてくれるなんて、私はとても嬉しいです。
明日から彼女と過ごす日々を思い浮かべて、私は眠ることにした。
書いた私が言うのもなんなのですが、
引きこもりを拗らせたのか、幻の海様がハイテンションな人なのか
どっちなんでしょうかね