宇宙旅行
「いってきます!」
「気をつけて行くのよ。それから、博士に迷惑をかけないようにね!」
「は~い」
春馬 (はるま)は元気に挨拶をすると、博士の待つ研究所へと駆け足で向かいました。
星野春馬 (ほしのはるま)は12歳の小学6年生。お父さんに買ってもらった天体望遠鏡で、夜空の星を眺めるのが大好きな男の子。そして、大きくなったら丘の上にある宇宙科学研究所の博士・天野輝彦 (あまのてるひこ)の助手になることを夢見ていました。
春馬は、いつものように同級生の月本美久 (つきもとみく)と研究所で宿題をしていました。ここで働いている岸川詩織 (きしかわしおり)さんが勉強を教えてくれるので、二人は学校が終わると研究所に立ち寄ることが日課になっていました。
ある日、研究所で宿題をしていると、博士がやってきて、こう言いました。
「春馬、美久ちゃん。宇宙旅行へ行ってみないかい?」
そして、クリスマス・イブのこの日に、博士の作ったロケットで念願だった宇宙旅行へ出発することになったのです。春馬は研究所に到着すると、すぐに所長室に駆け込みました。
「博士! 準備OK?」
「よく来たね。…あれ? 美久ちゃんはどうしたのかね?」
「いけない! 誘ってくるの忘れちゃった! 今から行ってくるね」
そう言い残すと、春馬は美久の家へ急いだのでした。
しばらくすると、春馬と美久が息を切らせてドタドタと研究所へ転がり込んできました。
「そんなに慌てることもないだろうに」
博士が苦笑していると、二人は声を揃えて、
「だって、早く宇宙へ行きたいんだもん!」
と答えました。
博士と春馬。そして、美久の三人がロケットへ乗り込みます。司令室では、詩織さんが手を振っていました。二人も大きく手を振って答えました。そして、いよいよカウントダウンの開始です。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ! 発射!!」
ドドドドドーン!
ロケットは、ものすごい音を立てて宇宙へと出発しました。
地球を出発して5時間22分。ロケットの窓から外を眺めると、そこには無数の星たちがちりばめられていました。春馬と美久は、
「うわぁ~」
と、声を上げて喜びました。ふと見ると、地球にそっくりな星が見えてきました。
「ねぇ、地球にそっくりな星があるよ」
「どれどれ…」
「すご~い! 博士、着陸しようよ!」
ゴゴゴゴゴーン!
博士は地球にそっくりな星に、無事ロケットを着陸させました。
「この星の名前はなんていうのかなぁ?」
美久はロケットの窓から外を確認していました。すると、我慢が出来なくなった春馬はロケットの扉を開けて外へ飛び出してしまいました。
「こら! 春馬!」
「春馬くん!」
しかし、心配をよそに、春馬は飛んだり跳ねたり自由に動き回っています。博士はホッと胸をなでおろすと、図鑑を取り出しパラパラとページをめくっていました。
「博士…?」
博士の険しい表情に、美久は不安になっていました。
「う~ん、載ってないぞ」
博士の言葉を聞いて、春馬は、
「それなら、ぼくたちでこの星に、名前をつけよう!」
と、大きな声で叫びました。
三人は辺りを散策してみました。山や川もあり、本当に地球にそっくり。しかし、人の姿はありません。
「誰も住んでいないみたいね」
「こんなちっぽけな星、みんな知らないんだよ」
春馬と美久はしょんぼりとしてしまいました。すると博士が、
「いやいや。こっちの図鑑に載っていたよ」
すると、ふたりは目を輝かせ、博士の図鑑を食い入るように見つめました。
「この星の名前は『アウディアス』じゃ。特徴は…、ふむふむ。火山で有名らしいぞ」
その図鑑には、火山の写真が掲載されていました。ふと見上げると、その写真と同じ山が数キロ先ですが、確認することができました。
「まさか、噴火しないよね?」
春馬と美久が顔を見合わせたとたん、
ゴーーーーーォ!
突然、火山が噴火したのです。
「大変だ! あっちへ逃げるぞ!」
春馬は美久の腕を掴むと、急いで駆け出しました。博士も、慌てて春馬たちの後を追っています。しばらくすると、ジャングルの先に建物が見えてきました。とても頑丈な造りのようです。
「よし、ここに非難しよう」
火の玉が、近くまで飛んできます。
しかし、建物へ入る扉は閉まっていて、押しても引いても開きません。
「博士! 開かないよ~」
美久は、今にも泣き出しそうになっています。
「そうじゃ! さっきの図鑑で、何かわかるかもしれないぞ」
この星の火山は変わっていて、急にピタッと止まるのです。しかし、しばらくすると、また噴火を始めるのです。
「あったぞ! やっぱり、この建物は火山から身を守るシェルターの役割をしておるのじゃ」
「それで、どうやったら扉は開くの?」
春馬と美久は博士の図鑑を取り上げ、奪い合いました。すると、図鑑は真っ二つに!
「あ~~~!」
ふたりの顔は真っ青になりました。美久は、その場にしゃがみこみ
「ごめんなさ~い」
と泣き出してしまいました。それを見て、春馬も「ごめんなさい」と図鑑を博士に返しました。
「大丈夫。こうして合わせれば、なんとか文字を読むことは出来るじゃろ」
博士はふたりから受け取った図鑑を合わせて、続きを読むことにしました。
「なるほど。中に入るには、スイッチを押して合言葉を言わないといけないらしいぞ」
「合言葉?」
春馬と美久は、今度は素直に博士の話に耳を傾けました。
「その合言葉はパ…ン、デーラ? ギリシャ語で書いておるからのぅ…。えっと、『パンドーラー』じゃ!」
「よ~し! スイッチを探すぞ!」
春馬は一気に明るくなって、いつもの元気を取り戻しました。そして、そのスイッチをすぐに見つけることができました。
「あったー!」
「春馬。そのスイッチを押すのじゃ」
すると、春馬は美久に「一緒に押そう」と、優しく微笑みかけました。その言葉に美久も笑顔を取り戻し、春馬の側に駆け寄りました。
「いくよ! …せ~の、よし! パンドーラー!」
扉が開き、安全な場所へ避難することができました。すると、春馬と美久は疲れしまったのか、ふたり肩を寄せ合ってグッスリと眠ってしまいました。
避難して3時間。先に目を覚ました春馬のとなりでは、まだ美久がスヤスヤと眠っています。博士も、図鑑を手にしたまま、うたた寝をしていました。春馬はそ~っと扉を開けてみました。すると、驚いたことに辺り一面が真っ白に! なんと、雪が降っているのです!
「博士! 雪が降っているよ!」
博士はズレたメガネをかけなおすと、
「ふむ。この図鑑によると、噴火が収まると雪が降り始める…と書いておったわ」
「それじゃ、もう噴火の心配はないね!」
そして、春馬は美久の肩を優しく揺すると、
「美久! 見てごらんよ。雪が降っているよ!」
春馬の声に、美久は目を覚まして外を見ると、その景色にびっくりしました。そして、二人は外に出て雪の感触を楽しみました。しかし、しばらくすると、
「ハックション! う~、寒い!」
二人は建物に戻ると、博士に飛びつきました。
「さて、地球に戻るとするか」
「こんな星、二度と来ないぞ!」
春馬はそんな風に言っていましたが、あのシェルターに博士と美久、そして詩織さんと一緒に撮った写真をそっと置いてきました。この先、この星がもっと有名になって世界中の人たちが研究を始めたときに、その写真が見つかると、きっと注目されて自慢が出来ると思ったからです。そして、写真の裏には、こんなメッセージを残していました。
"また来るぜ! 20XX.12.24 星野春馬 "
そうして、三人はロケットで、無事地球へと帰還したのでした。
<終>