おいでよ異世界の森()
小説投稿サイト『文豪家になろう』で活動を始めてから、幾数年。
「あの頃は楽しかったな……ハァ」
パソコンのモニターに映るのは、過去に連載していた、完結済みの長編小説――の、コメント一覧。
優しいコメント、暖かいコメント、ちょっと鋭めのコメント……更新を楽しみにしてくれているのが分かる、私のモチベーションの支柱。
ここ数年、パソコンに向き合って新作を書いていても、すぐにやる気が失くなり、こうしてコメント一覧を見て過去を振り返ることが増えた気がする。
そうして、直近に連載していた作品の小説情報を見比べて――また溜め息。
評価ポイント、ブックマーク、総合評価、感想、レビュー数、プレビューは、過去作品と比較しても、目に見えて減っている。
明らかに、私を応援してくれていた人が減ってしまった結果だ。
一体、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
間接的かつ遠回しに、私に誹謗中傷とイラストのトレパクと言った粘着・付き纏いと言ったネットストーカー野郎を懲らしめてやろうとしたら、何故かその下準備の全てが裏目に出たのだ。
慌てて証拠隠滅をして、賛同者達には予め踏み絵を踏ませていたおかげで、どうにか被害は最小限に食い止めることが出来た……はずだった。
以来、私の作品や活動報告に書き込まれるコメント数は目に見えて減った。
減ってしまったものは仕方無いとして――いいや絶対に許さないが――、それを取り戻そうと「積極的に活動してますよー」と触れ回ったものの、結果は微々たる変化しか無かった。
モチベーションは日に日に下がり、それに伴って目減りしていくブックマーク数を見て、さらにモチベーションは下がる、悪循環。
今、連載しているイセコイモノも、全く書き進まない。書き進まなければ評価もブックマークも増えたりしないと、分かってはいる。
けれど。
今日こそはと意気込んでも、結局過去作品のコメント一覧の前でくだを巻いている……それが今の私だった。
「……もう、やめよっかな」
ユーザー情報編集の『退会』の項目に、カーソルを伸ばそうとして……その前に、連載中のイセコイ小説の下書きを読み直す。
――うん、読み直してみてもやっぱり完璧だ。これが評価されないのはやはり、私に付いてしまった悪評だろう。
付いてしまった悪評は仕方無い。
だがもう関係ない……これから私のことは何もなかったことになるのだから。
今度こそ、『退会』の項目にクリックしようとして――
『本当に、君はそれでいいのかい?』
「……ぇ?」
聞き覚えの無い、しかし脳内再生では何度も聞いた声。
――ふと気が付けば、モニターに映るのは退会完了の画面ではなく、連載中の挿絵アリのエピソードの、ちょうど挿絵のあるところだった。
このキャラは、もふもふ達に慕われるイケメン王子様の、『カイル』様だ。
実際に喋りはしないのだが、私の推しの声優のボイスで脳内再生余裕だ。
あぁとうとう幻聴まで聴こえるようになったか、と思ったが。
『君が今日まで、血の滲むような努力を積み重ねてきたことは、この私が誰よりも知っているつもりだ。それを、一時の気の迷いで無に帰しても良いと言うのかい?』
「それは……嫌です」
気が付けば、挿絵のカイル様に向かって返事をしていた。
すると、
『そうだろう?君がいなければ、君が私と、この世界を創ってくれなければ、私はこうして君に語りかけることも出来なかったんだ』
カイル様は返事をしてくれた。
まるでAIに愚痴を溢すように、続けた。
「でも、私はもう書けない……書ける気がしないの。なろうに、もう私の居場所なんて無いですから」
『それは、君を必要としている場所がそこではないからだ。そして、私は君を必要としている』
「……そう言ってくれるのは嬉しい。けど、」
奇妙な感じがした。
物言わぬはずの挿絵が、私のことを見ている気がする。いや実際はヒロインの視点から見た挿絵だから目線を合わせているように描いているだけなのだが。
『それは、私と君の住む世界が異うからかい?』
「そう、です」
そう。
どんなに思い込んだところで、私はこのクソみたいな現実世界で生きなければならない。
妄想で、もふもふいっぱいの穏やかな森に行くことは出来るけれど、しょせんは妄想でしかない。
しかし、カイル様は。
『なら、君の方から来てくれ』
「来てくれ?」
いや、どうやって?
『周りを見てごらん』
カイル様の言う通りに、部屋を見渡すと、
窓があるはずのところに、何故か扉があった。なんで?ってか何このドア……
『その扉を潜ればきっと、君と私は本当の意味で出逢えるはずだ』
「・・・」
幻聴どころか幻覚まで見えるようになったのか。
しかし、
『知っているとも。君は清く正しい心で、正義の執行を為そうとした。しかし、その男の悪意によってそれを悪の蛮行に改竄されてしまった。何故そこは、そのような男が笑うことが許され、君が悲しまなければならない世界なのか、私には理解できない』
「それは、」
『ならば、そこは君がいるべきではない場所だ。君には、君を必要としている場所がある。そこが、私の在る世界だ』
「私を、必要としている場所……」
――そうだよ。
あんなネットストーカー野郎が跋扈することが許されている世界など、あっても無くても同じじゃないか。
私が在るべき世界はそんなところじゃない。
私は、私を必要として、求められている世界へ行きたい!
「この、扉を潜ればいいんですか?」
『あぁ、そうだ』
挿絵のカイル様が、頷いたように見えた。
『私の元へ来てくれ』
「――はい……今行きますから、待っててください、カイル様!」
椅子を蹴倒して、ドアを開けて飛び出せば――
「――え?」
そこに待っていたのは、もふもふいっぱいの穏やかな森じゃなくて、飽きるほどに見慣れた団地の地面で――
『――次のニュースです。昨夜、○○県△△市で、女性が倒れているとの通報を受け、女性は救急搬送されましたが、病院にて死亡が確認されました。警察は、女性は飛び降り自殺を図ったものとして、自殺の動機などの原因の捜査を続けており……』




