昔語り
あの広場はかつて処刑台でした。
とはいえ、今はただの広場です。
それも今夜の夕食を考える主婦たちの憩いの場。
もしくは子供たちが学校や親から言いつけられた仕事をサボって遊ぶ場所。
だからね。
もう正直に言ってしまえば誰も覚えちゃいないんです。
あの広場が処刑台だったなんて。
黙っているのは不親切だって?
確かにそうかも知れません。
自分達が居る場所が何人もの命が失われた場所だと知れば一時だっていたくないでしょう。
でもね、黙っているのはマナーでもあるでしょう?
誰だって知りたくないのだから。
なんとなく嫌だから土地をすぐに移せる貴族様ばかりじゃないんです。
だからこそ誰も口にしませんし、だからこそ誰も覚えちゃいない。
それが一番いいんです。
あぁ、だけれども。
少しだけ皆さんを不憫に思います。
何故なら、もう直に私の長い生がようやく終わります。
つまり真実を知る者が消失いたします。
そうなればどうなるか。
あの場所はなんでもない場所になってしまいます。
それが残念でなりません。
皆さんは知らないでしょうが、娯楽のない時代における処刑なんて一つのショーだったのですよ。
人生で一度も顧みられることのなかった悪人が、この時ばかりは主役になれる。
最後に言い残すことはあるか。
なんて、処刑人のお決まりの言葉を聞いて堂々たる態度で語り出すんですよ。
人生観を。
ほんの少したら首と体が離れちゃうのに。
あぁ、それが本当に滑稽で、愉快で、馬鹿馬鹿しくてなりませんでした。
私の周りも皆同じでしたよ。
子供は怖いもの見たさに、一種の肝試しみたいに。
何度処刑を目撃したかが自慢になったものです。
大人は日々の鬱憤を晴らすために罪人を罵ったり酒の肴にしたり。
次はお前があそこにいるんじゃないか、なんてたちの悪い冗談を言い合ったりもしました。
あぁ、そんな楽しい場所だったのに。
今じゃ、印象は随分と変わりました。
残酷だなんだなんて今更のように言い出して。
罪人にも最低限の名誉はかけるべきだと言い出して。
挙句の果てには子供の教育にもよくないだなんて言い出して……。
皆が楽しんでいたショーはなくなり、代わりに残酷さばかり取り沙汰されて実に嘆かわしいです。
けれど、これも時代の流れですか。
悲しいばかりです。
あの場所で仕事をしていた身としては。




