百人戦隊ケントリアス
百人隊長に因んでの命名ですが、多分別のタイトルの方が良かったかも……。
時は古代ローマの帝政初期。暴君ネロの後の内乱を経て漸く平穏を取り戻しつつあった帝国ではあったがその財源は火の車であった。
それでも民衆へ向けた復興のアピールは必要であり、そのために貢献した者たちへと報いることもまた必要、パクスロマーナという平和の保障で成り立つ帝国としてはそういった支出は避けては通れず、結果財政は逼迫するばかり。
これに対し第9代皇帝ウェスパシアヌスの行ったのは国勢調査による財源の確保、つまり各地の荘園に対する課税の見直しとそしてあの悪名高い税金の新設であった。
とある地方の荘園地域、そこの公衆便所前にて──。
「ざけんなよ! こちとらわざわざキレイにしてやってるというのに何で金を取られなきゃならねえんだよ! 普通逆だろ!」
役人を前に清掃員たちは怒っていた。
普通に考えれば彼らの言うことは尤もな話なのだが。
「なんでもなにもそういう決まりができたんだから仕方ねえだろ?
お前らも栄誉あるローマ市民だというのなら、おとなしくその義務を果たすんだな」
対する役人──徴税請負人の言葉はあまりにもいい加減で他人事であった。
多分事情をよく理解せずに、ただ請けた仕事をしているだけという人間であろう。
「横暴だ! そんな無茶苦茶な道理があるもんか! 俺たちは断固としてその支払いを拒絶する!」
お馬鹿な徴税請負人の言葉ではその政策の意味など伝わろうはずもなく、ただその不条理さを強調するばかりであった。正しく無知とは罪である。
もしかするとこの請負人の彼も現皇帝を悪名高き先帝ネロと同様に見ているのかも知れない。
「知るか、んなこと。それでも法は法、お前ら田舎者は黙ってお上に従っていればいいんだよ!」
遂には差別的言葉までが飛び出した。
確かに荘園は中央都市から離れた所に存在するが、だからといって決して踏み躙られる悪役ではない。やはりこの彼は善悪よりも自身の価値観と預かった権威に酔い痴れた愚か者なのかも知れない。
「るせえ! このアホ貴族のボンボンが!
どうせ親のコネかなんかで今の役目に就いたボンクラだろうが! そんなガキに俺たち底辺労働者の苦労なんて解るものか!」
「そうだ! そうだ!
腐った皇帝や元老院の威勢を振り翳すだけの犬め! 帰んでくそして寝てやがれっ!」
「なんだとコラっ!
黙って聞いておれば勝手なことばかり言いおって。
公務を司る私への暴言は帝国への反乱の意思に等しいと解って上のことだろうな⁈」
徴税請負人の彼が睨みを利かせると、従者たちは腰の短剣グラディウスへと手を掛ける。
「はっ! 木っ端役人の小僧っ子の嚇し如きに怯む俺たちだと思ったかっ⁈」
返す清掃員のリーダーの言葉にその仲間たちもいきり立ち身構える。
最早場は一触即発の様相を呈してきた。
その時──。
「双方とも、それまでだ!」
突如場に割って入った一人の男。
歳は30前後と思われる。
その後ろには四人の男たちが従っている。
「何だお前はっ?」
お約束を返したのは徴税請負人の貴族役人だった。
もちろん 清掃員たちも苛立たしげに彼を睨んでいる。
「私たちか?
私は──」
すると彼は「とうっ!」と掛け声とともに飛び上がり──。
「赤き血潮が燃え滾る。天高くから地上を照らす。
太陽の子の代行者、サニー・レッド」
陽光を背負いながら着地を決めると、台詞と伴に名乗りを上げてポーズをとる。
「青き大空は太陽と共に。澄んだ空気が世界を包む。
天空の守護者、ブルース・カイ!」
「黄色い雷は天の怒り。空を切り裂き、大地を穿つ。
法の執行者、イエロウ・ミタライ!」
「緑の大地は生命の力。森は全てを浄化する。
調和の番人。ウッディ・グリム!」
「桃色だからってそれが何? 想いのカタチはいろいろでしょ?
愛は世界を救うのよ♡ ピンキー・モモ!」
続く四人もまた同様に個性的な名乗りとポーズを決める。
そして──。
「五人揃って……「百人戦隊ケントリアス!!」」
雰囲気ぶち壊しの男五人。
シリアスが一気にギャグである。
「…………ふ、ふざけてんのかお前らあっ!」
真面目な話に水を差されたと激昂する清掃員一同。
「ふん! どこの劇団の馬鹿かは知らんが他人の話に水を差すものではない。
おとなしくさっさと引っ込むがよい」
一方徴税請負人の貴族役人は呆れを通り越したのか、冷静に彼らの退去を命じる。
「……若、どうやらスベったみたいですよ?」
サニーの耳許で囁くブルース。明らかにこちらも本意ではなかったと言わんばかりで、おそらく残り三人もこの彼の悪ふざけに付き合わされたものと思われる。
「ま、まあ、そこは置いておくとしてだな、ここはひとつ双方冷静になるべきだろう。
特に役人の貴殿、そうやって相手を威嚇するばかりでは話し合いにも何ににもならないとは思わないのか?」
お馬鹿な振る舞いなんてなかったかのようにさらりと流し、本来の目的である仲裁に入るサニー。
ブルースを除く三人の付き人たちも苦笑を漏らしながらこの様子を見守っている。
「ふんっ、だからといってこいつらの帝国を侮った行為が許されるというわけではあるまい。
そもそもこういう連中がのさばっているからこそ帝国がなめられることになるんだ。
ガリア(正しくはゲルマン民族)の連中にしてもユダヤの連中にしても、我ら帝国の本気を見せてやれば畏れ入って泣きを入れてくるに決まってるってのによ。今度の皇帝陛下はとんだ甘ちゃんだぜ、全く」
悪態を吐きながら唾をも吐き棄てんばかりのこの役人は典型的な地方貴族といったところであろう。大局というものを理解せず自分たちの都合のみでものを語るところが正にそれである。
そして、彼の言及したユダヤ人への侮蔑はサニーの想い人たる女性を思い出させて不快にさせた。
「な、なるほど、確かにそれには一理はあるかも知れないが、しかしこの帝国が力だけでなく寛容の精神で成り立っていることを忘れていないか?
況してや彼らは私たちと同じローマ市民同士ではないか。それをどうして啀み合う必要がある。問題があるならば話し合いで解決を図るのが道理であろう」
内心の苛立ちを抑えながらも説得を図ろうとするサニー。その姿勢は正に率先垂範といえるものではあるのだが。
「ほう、ならばこいつらをどう裁くというのだ?
帝国の課した税を否定し、剰えその牙を剥こうとする犬どもを。
こういう人の言葉を解さぬ者どもは力で屈服させて躾るのが道理というものじゃないのか?
正にこれこそが我々偉大なるローマの歴史というものであろう」
嘲るように笑う貴族役人。その傲慢さは権力の行使に馴れきった者の増長を思わせる。
「どうやらこれは貴殿の言い分が正しそうだ。
そもそもこれは屎尿回収に基づく利権に課せられた法であり、清掃という労働と税金は正当な義務である。故にこの徴税は認められるべきだろうな」
言葉を詰まらせるサニーに代わりブルースが応じる。伊達に天空の守護者を名乗ったわけではないと太陽のフォローに出てきたわけだ。
「はっ、知るかそんなことっ!
そもそも先の皇帝ネロを見れば中央の腐敗ぶりは明白だろ。
そんな連中にまともに付き合ってられるかってんだ!」
これに対して清掃員たちの一人が反論し、それに他の者たちが追従する。
そして遂に、回収した老廃物のそれを浴びせかけてくる者も現れて──。
結局サニーたちの調停は虚しく大乱闘へ。
それが収まったのは周囲で見ていた者たちの報せによりここの荘園の管理者、徴税請負人の叔父が現れてであった。
やはり清掃員たちも自分たちの雇い主である彼には勝てず、また徴税請負人も叔父には勝てないということでなんとかというところである。
なお、そんな彼もサニーたちの顔を見てその顔を青くさせていたのだが。
あまりスマートとはいえない一件の解決後、汚物塗れとなったサニーたち一向は公衆浴場へと向かう。
「はあ~、いかに『金は臭わない』といえどもやはり陛下の政策は民衆の理解を得づらいよなぁ。
ああ、ベレニケが恋しいよ……」
ぼやくサニーことティトゥスの腰許ではティンティナブラムが寂しそうに揺れていた。
古代ローマ版水戸黄門……と思ったのですが、それをやるよりもこっちの方が政治に携わる者の苦悩が表れるかと思いこんな形となりました。
そしてギャグをやってもテーマのせいかコメディになりきっていない気が……。
結局は息抜きのお忍びも庶民の現実の前にしてはままならないといったところでしょうか。(笑)




