影の鍵
祖母の家の前に立つと、空気が少し重たく感じた。
草は伸び放題で、玄関前の石段には落ち葉が積もっている。
なのに、どこか最近、人の出入りがあったような気配もある。
鍵を差し込む前に、美咲は一度息を整えた。
――カチャリ。
音が響いた瞬間、胸の奥がぎゅっと掴まれる。
扉を押すと、湿った空気がゆっくりと流れ出た。
懐かしい匂い。畳の香り。だけど、それ以上に、何か焦げたようなにおいが混じっていた。
「……ただいま」
返事はない。
けれど、確かに何かが奥で動いた音がした。
靴を脱いで廊下に足を踏み入れると、壁にかかっていた家族写真が一枚、傾いているのに気づく。
まっすぐに直そうとした瞬間――。
「ガタッ」
廊下の突き当たり、仏間の方から音がした。
心臓が跳ねる。
鍵を握りしめたまま、ゆっくりと歩み寄る。
仏間の襖を開けると、そこには祖母の仏壇があった。
花はすっかり枯れ、線香立ての灰は冷たいままだった。
けれど、そこに“誰かが座っていた”ような形跡がある。
畳が少しだけ凹んで、座布団が温もりを残しているように感じた。
喉の奥がからからに乾く。
そのとき、封筒に入っていた“あの鍵”が手の中で熱を帯びた。
「え……?」
鍵が微かに震えている。
次の瞬間、仏壇の奥からカチリ、と金属の音。
まるで呼応するように。
美咲は恐る恐る、仏壇の裏を覗き込んだ。
そこには、古い木板の一部が外せるようになっていた。
小さな鍵穴がある。――あの鍵と、形がぴったりだった。
息を呑む。
“影を開くもの”。祖母の言葉が頭をよぎる。
鍵を差し込み、ゆっくり回す。
ギィ、と低い音。
木板が外れ、暗闇の中に小さな箱が現れた。
箱の中には、古びた手紙が三通。
そして――一枚の写真。
そこには祖母と、美咲の母が並んで立っていた。
ただし、母の背後にもう一つ“影”が写っている。
顔は黒く塗りつぶされ、判別できない。
でも、肩の形、髪の長さ――どこかで見覚えがあった。
背筋を冷たいものが走る。
スマホを取り出してライトを当てると、黒く塗りつぶされた部分が、光に照らされて少し透けた。
透けた先に、ぼんやりと浮かんだ輪郭。
――美咲、だった。
足が動かない。
喉の奥で小さく息が漏れた瞬間、部屋の電気がパチンと点いた。
誰も触っていないのに。
仏壇の中の写真――祖母の笑顔が、少しだけ歪んで見えた。
その歪みの中で、声が聞こえた。
「ようやく、見つけたね」
それは、懐かしくて、冷たい声だった。




