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こんなタイトル  作者: 櫻木サヱ
過去の叫び声

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2/3

もう一つの影

 玄関の前に立つと、時間が止まったように感じた。

 家は確かにそこにあった。

 古びた木の匂い、少し傾いた屋根、そして窓の向こうに映る自分の影。

 ただ――違う。

 ここにはもう、誰も住んでいないはずだった。


 手の中の鍵を見下ろす。

 祖母の旧姓が刻まれた小さな鍵。

 鍵穴に差し込むと、乾いた音を立てて簡単に開いた。

 まるで、ずっと“開けられるのを待っていた”ように。


 扉を押し開けると、懐かしい匂いが鼻を刺した。

 埃と湿気、古い木の甘い腐臭――そして、かすかに花の香りが混じっている。

 祖母が好きだった白い百合の匂いだ。

 床の軋む音を聞きながら、一歩、また一歩と進む。


 居間に入ると、家具はすべてそのままだった。

 壁には、祖母と美咲の幼い頃の写真。

 ただ一枚、写真立てが倒れている。拾い上げると、ガラスがひび割れていて、祖母の隣に写っていた少女の顔だけが、紙ごと破り取られていた。


 「……さゆり、おばちゃん……?」

 美咲はつぶやいた。

 確かに、写真の端にはあのときと同じ服の袖が映っている。


 その瞬間、背後でコトン、と音がした。

 誰もいないはずの部屋。

 恐る恐る振り向くと、古い柱時計がひとりでに動き出していた。

 針が止まっていたのに、今、ゆっくりと音を刻み始める。

 ――カチ、カチ、カチ。

 不気味なほど、整ったリズム。


 そして、振り子が止まるたび、何かの声が混ざっている。

 「……まだ、いるの……?」


 思わず後ずさる。

 壁の鏡に映る自分の姿が、少し遅れて動いた気がした。

 手を上げると、鏡の中の“自分”が微妙に遅れて反応する。

 ほんの一瞬、別の誰かの顔が重なった。

 それは、笑っていた。

 優しい、けれどどこか歪んだ笑みで。


 「おばあちゃん……これ、なに……?」

 声に出しても、答える者はいない。

 その代わりに、天井裏から“何か”が這うような音がした。

 ギギギ……と木が鳴る。埃が舞い、光の筋に小さな粒が踊った。


 音を追って階段を上がる。

 一段踏むごとに、木の板が悲鳴をあげるように軋む。

 2階の廊下に出ると、奥の部屋の扉が半開きになっていた。

 中から、淡い光が漏れている。

 ゆっくりと近づく。


 扉の隙間から見えたのは、小さな椅子と、机の上のノート。

 ノートには、震える文字がびっしりと書かれていた。

 > 「かえして」

 > 「もう一人のわたしを」

 > 「ここにいるのに、誰も見てくれない」


 ページをめくるたび、文字が乱れ、最後の方はただの黒い線で埋め尽くされていた。

 インクが滲んで乾いていない。

 まるで、ついさっきまで誰かがここにいたかのようだ。


 そのとき、風もないのにカーテンがふわりと揺れた。

 机の上の写真立てが、ひとりでに倒れる。

 割れたガラスの下から、一枚の紙片が滑り出た。


 そこには幼い美咲と祖母、そして見知らぬ少女の三人が写っていた。

 少女の笑顔はどこか影のように薄く、背景に溶け込んでいる。

 裏面には、祖母の筆跡で短く書かれていた。

 > 「この子を、消してはいけない。」


 その言葉を読んだ瞬間、背後で“何か”が呼吸した。

 冷たい空気が首筋に触れる。

 振り返ると、そこには――自分と同じ形をした影が、立っていた。


 顔は見えない。

 だけど、確かに笑っていた。

 まるで、鏡の中から抜け出した“もうひとりの自分”のように。


 ――「かえして」


 声が重なった。

 部屋の明かりが一斉に消え、闇の中で、影だけがゆっくりと動く。

 美咲の喉から声が出なかった。

 何かが始まった。

 あの夜よりも深く、もっと“内側”から蝕んでくる何かが。


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