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こんなタイトル  作者: 櫻木サヱ
過去の叫び声

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1/3

帰郷の窓

夜の街は、雨のあとでしっとりと光っていた。

 美咲は傘を閉じ、アパートの鍵を差し込みながらため息をついた。

 あれから、もう一年が経つ。

 祖母の家で起きたあの出来事――窓の向こうから聞こえた囁き、見えない“何か”に追われた夜。

 そのすべてを忘れたかった。

 でも、忘れられるはずもなかった。


 大学を卒業し、都内の小さな編集プロダクションに勤め始めたものの、眠るたびにあの家の窓が夢に出てくる。

 古びた木枠、曇ったガラス、そしてその奥に、立っている影。

 夢の中では決まって、あの声がする。

 ――「かえして」


 その声が何を意味するのか、彼女はまだ知らない。

 ただ、それが祖母に関係していることだけは、直感でわかっていた。


 ある晩、帰宅してすぐ、スマホが震えた。

 見覚えのない番号だった。

 不安を抱きながら通話ボタンを押すと、落ち着いた男の声が聞こえた。


 「藤崎美咲さんでいらっしゃいますか? 私、不動産管理会社の西原と申します」

 「あの……どんなご用件でしょうか」

 「おばあさまのお宅の件でして。以前、取り壊しの手続きをされたと記録にございますが……現地で確認したところ、家屋が、まだ存在しておりまして」


 美咲の手が、無意識に震えた。

 「……取り壊されたはずです」

 「ええ、その通りです。記録上も更地です。しかし現地には、確かに建物が建っており――」

 男は言葉を選ぶように一瞬間を置いた。

 「中から、どなたかの声がするそうです」


 通話の向こうで、遠く風が鳴った。

 その音が、あの夜に聞いた“囁き声”に似ていた。

 「まさか……」

 彼女は電話を切ると同時に、心臓の鼓動が早くなった。

 ――また、始まった。


 その晩、眠れなかった。

 外では風一つない静かな夜なのに、窓がかすかに軋んでいる。

 カーテン越しに見える影が、ゆっくりと揺れた。

 トン……トン……と、何かがガラスを叩く。

 夢じゃない。

 息を殺してカーテンを少しだけ開けると、そこには誰もいなかった。


 けれど、指先に冷たい何かが触れた。

 ガラスの表面に、曇った跡が残っている。

 まるで誰かが、外側から指で文字を書いたように。

 「かえして」


 心臓が跳ねた。

 すぐにカーテンを閉め、震える手でスマホを握りしめる。

 時間は午前二時。

 なのに、誰かに見られているような気配が、部屋の隅々まで張りついて離れない。

 その夜、美咲は一睡もできなかった。


 翌朝、カーテンを開けた。

 外は晴れていた。

 けれどガラスの跡は、はっきりと残っている。

 そこに指をそっと当てると、なぜか涙が出た。

 「おばあちゃん……」

 呟いた瞬間、背後の本棚から、古い封筒が滑り落ちた。

 見覚えのない茶色い封筒。裏には、祖母の旧姓“藤崎澄江”の名が記されていた。


 中には、鍵がひとつと、古い白黒写真。

 祖母と、もう一人の少女が写っている。

 写真の裏には、かすれた文字でこう書かれていた。

 > 「あの子を見つけて。真実はまだ、あの家の中にある。」


 胸の奥がざわめいた。

 “あの子”とは、誰なのか。

 祖母の顔の横で笑っている少女――見覚えがある。

 幼い頃、よく遊んでくれた近所の“さゆりおばちゃん”に似ている気がした。

 だが、彼女はずっと昔に行方不明になっている。


 美咲は、机の上の鍵を握りしめた。

 冷たく、どこか湿った感触。

 まるで、長い間誰かの手の中にあったような――。


 「……行くしかない」

 声に出した瞬間、窓の外の風がざわりと揺れた。

 まるで、誰かが頷いたように。


 そして美咲は、再び故郷の町へと向かった。


 夕暮れ、駅前に降り立つと、かすかに土と木の匂いがした。

 懐かしくも重たい空気。

 町は静まり返り、通りの人影もまばらだった。

 まるで、時間ごと取り残されたように感じる。


 坂道を登る途中、ふと足を止めた。

 風の中で、かすかな声がした気がした。

 ――「みさき」

 誰かが呼んだ。

 背筋が冷たくなり、振り返る。

 しかし、そこには誰もいない。


 坂の先には、木々の隙間に見える家の影。

 夕日を受けて、まるで燃えているように赤く染まっていた。

 取り壊されたはずの祖母の家が、あの頃のまま、そこにあった。


 その窓の向こうに、ひとつの白い影が立っていた。

 まるで、美咲の帰りをずっと待っていたかのように。

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