第三節:兄姉が全員濃すぎて情報量が限界です
家族が、また部屋に来た。
というか、日に何回も来る。
生後一週間の赤ちゃんに、だ。みんな忙しいんじゃないの? 王族なんでしょ? 政務とかさあ?
でも、何かっていうと「リアナの様子を見に来た」って顔をして現れる。
今日は、第一王子から順番に、ぞろぞろ来た。
「妹。今日の具合はどうだ?」
現れたのは、第一王子・シグルド兄さま。
銀髪に鋭い赤い瞳。20代前半くらいかな?
見た目だけで言えば、“絶対に戦場で敵を皆殺しにして帰ってくるタイプ”。実際、そういう人らしい。
「戦場では冷酷無比で通ってるが、妹の寝顔には勝てん」
って言って、私のほっぺに指で触れてくる。
やさし~~く。繊細に。
(あの……ギャップ、えぐない? ていうか、あの指、絶対剣で何人も倒してるやつだよね……?)
「可愛いな……兵たちにも自慢してやりたい」
(やめて!? 赤ちゃんを兵士に見せびらかすとか、正気!?)
続いて、第二皇女・レオノーラ姉さま。
赤い髪、細い体。くるんと笑ってるけど、その手には何故か小瓶。
中身は……紫? いや、黒? なんか泡立ってるんだけど。
「妹の寝汗を分析してみたの。ほら、これ」
(やめろおおおお!! 寝汗を抽出しないで!?)
「……やっぱり、リアナの体液には特別な魔力成分が含まれてるわ。研究価値、高い」
(それ言い方によってはホラーだから!!)
第三王子・ゼクス兄さまは……一言でいうと芸術家。美形で美意識高そうで、話すことが全部ポエム。
会話はだいたいこんな感じ。
「リアナ……今日もその瞳は、世界の光。儚き存在よ、君は僕のミューズだ」
(わかったようなわからないような……)
第四皇女・ルチア姉さまは、物静かで氷のような雰囲気。
魔導の天才らしくて、目を見ただけで“眠りの魔法”かけてきた。
「リアナが泣く理由を突き止めたいの。泣き声の波動を解析中」
(データとらないで!? 泣いたら抱っこしてくれればいいから!!)
第五王子・ユリウス兄さま。
一見温和な微笑み。でも、情報収集と謀略に長けたタイプで、クラリス母から「うちの子で一番腹黒い」と評されてた。
「妹の視線の動きから、好みの人物相関を作ってみたよ。これ、君が将来誰を好むかの予測データ」
(だからデータ取らないでって言ってるでしょ!? ていうか恋愛予測って何!?)
そして、全員が帰る時に私の頬を撫でながら、必ず言う。
「また来るね、妹」
「いい子にしててね、リアナ」
「次は、僕の絵をプレゼントするよ」
(……もう、全員、濃すぎんだよ!!!)
前世では、同僚にすら名前覚えてもらえなかった私が――
今じゃ、このカリスマ兄姉たちに1日3回ずつ通われてるんだけど!?
(というか、仲良くしてるの、私の前だけだよね?)
なんとなくわかる。
私が部屋にいない時、あの兄姉たちが顔を合わせると……たぶん、空気が凍る。
誰もが自分以外を信用していない。敵視してる。でも、私の前だけは、それをしまい込んでいる。
(……逆に、私ってどんな立場なん?)
まあでも、今のところ――
悪くない。
やばい人たちだけど、家族だし、ちゃんと私を大事にしてくれてるのはわかるし。
それに、毎日なにかしらのツッコミどころがあるから、飽きない。
(……この調子で、“自由気ままな王女ライフ”、やっていけるかな)
そう、心の中でほっと息をついた……その瞬間。
「リアナ様、貴族学園入学の準備、早めに進めておくべきかと!」
(まだ喋れない赤ちゃんだよね!?)
──私の人生、やっぱり自由にはさせてくれない気がしている。
今日も、朝から使用人たちがざわついていた。
「第六皇女殿下、本日もお目覚めが麗しゅうございます!」
「本日、寝返り1回、あくび2回、泣きなし! 異常なし!」
「本日も……尊い……」
(ちょっと待って。寝返り1回で報告書作られてる!?)
生まれてから一週間と少し。
私はだんだんとこの世界の“異常さ”に慣れてきた。が、この国の人間たちの反応だけは慣れない。
今日、私は――
泣き止んだだけ。
本当に、それだけだった。
寝起きで少しぐずったけど、クラリス母の手が優しかったから安心して、すぐ落ち着いた。
ほんとにそれだけ。それなのに――
「……やはり、奇跡の御子……!」
「癒しの力があるに違いない。殿下のお泣きになる声には、魔を祓う浄化の波動が……」
「これ、聖女の再来じゃない!? いや、神子か!? いや、もはや女神では!?」
(いやいやいやいや、どっから出てきたそのワード!? 神格化が早すぎんだよ!!)
極めつけは、宮廷神官までやってきたこと。
ひげもじゃの年配男性が、厳かな顔で私の前に立ち、跪いたかと思えば――
「……第六皇女リアナ殿下は、きっと我らが信仰する“光の乙女”の生まれ変わりです……!」
(知らない信仰キターーーー!!!)
周囲の侍女や従者たちが、全員「やはり……!」みたいな顔でうなずいてるのが、余計に怖い。
「浄化の象徴……」
「癒しの女神……」
「平穏の微笑み……」
なんか二つ名が勝手に増えていってるんですけど!?
(やめて。マジでやめて。私はただの元社畜OLなんですけど!!)
それだけじゃなかった。
今日のお昼、母・クラリスにミルクを飲ませてもらったあと、私は無意識に笑ったらしい。
美味しかったし、なんか落ち着いたから。
「ふふ、よく飲めたわね」
その声があたたかくて、つい「にっこり」してしまった。
そしたら――
「――っ……!」
「い、今……微笑まれた……!」
「ご覧になりましたか!? あの慈愛に満ちた笑顔!」
「まさに、癒しの光……! 万民の希望が、あの笑みに宿っている……!!」
(勝手に希望とか託さないでくれない!?)
国中に響く勢いの大騒ぎ。
使用人だけじゃなく、見学に来ていた貴族の奥方たちまでが感動して泣いてる。
え、なんで? 赤ちゃんが笑っただけで、なんで泣くの??
そして夜。
今日一日の“リアナ様の奇跡的行動まとめ”が、正式な報告書として国王に提出されたらしい。
王「……ほう、今日も順調のようだな。笑ったか。ふ……可愛い奴め」
(うちの王、表情硬いのに“娘が笑った”ってだけでめっちゃテンション上がってない!?)
そしてその報告は、翌朝には国内の貴族ネットワークを通じて――
「第六皇女、微笑む」
という見出しで、王都中に広まっていた。
(マスコミ!? マスコミ的なやつ!?)
街の人々が口々に言う。
「さすがはヴァルト帝国の宝……」
「我らの未来は明るい……!」
「ついに救いが現れた……!」
(ちょっと待って、国民の精神状態大丈夫!? 私、一回笑っただけなんだけど!?)
こうして私は――
泣き止んだだけで、笑っただけで、
「この国の希望」扱いになってしまった。
いやほんとに。
(この国、いろんな意味で末期じゃない!?)
──けれど、まだ私は気づいていなかった。
この「過剰な期待」が、やがて予想外の溺愛展開と権力バトルを引き寄せるということを。
(……えっ、私の人生、ほんとに自由に生きられるの!?)