第二節:とにかく生活インフラが不便すぎて困るんですが!?
ここ数日、私はこの異常な環境に少しずつ適応しようとしている。
けど、どう考えても――
(いや、やっぱりおかしいから!?)
赤ちゃんになってから一週間くらい経ったと思う。思うんだけど……。
まず、何もかもが大げさすぎる。
おむつ替え。これ、赤ちゃんにとってめちゃくちゃ大事な時間なわけだけど――
うち、専属の“魔導式おむつ交換チーム”がいる。
「魔力循環、良好です! 交換開始!」
「クリーンエリア展開、成功!」
「本日も第六皇女殿下の尊き排泄を拝見できて光栄にございます!」
(ちょっと待って、尊き排泄って何!? やめて!? そんな神聖視しないで!?)
魔法陣で一瞬にしておしりがキレイになるシステムとか、未来すぎて逆に怖い。
ていうか、この技術、庶民には一切普及してないらしい。貴族専用。しかも王族専用モデル。
(いやいやいや、無駄すぎるでしょ……! 庶民にも配れよこれ!!)
あと、ミルクもヤバい。
前世では夜中にコンビニで買ってた牛乳とか、100円ちょいだったじゃん?
ここで出されるミルク、月光ミルクっていうらしくて、名前からしてすでにキラキラしてる。
どうやら満月の夜にしか絞れない、魔力を帯びた幻の山羊の乳らしい。なんだその設定。ラノベかよ。
でも、飲んでみたら――
(う、うま……!? え、何これ、脳が震える……)
人生で飲んだどんなミルクよりもうまかった。
口に含んだ瞬間、前世の社畜疲れがすべて洗い流されていく気がした。
でも私の感動っぷりが話題になって、次の日から「毎日違う種類の幻獣ミルク」が用意されるようになった。
(いや、もうそれで喜んだ私が悪いの? でも美味しかったんだよ!?)
で、寝るときも問題。
ベッド、フカフカ。いや、フカフカっていうか、もう沈む。
マシュマロに包まれてるのかなってくらいふわっふわ。しかも魔導加温式で温度が一定に保たれてる。
(これ、絶対高級すぎる……)
しかも、夜泣きしそうになると「安眠の魔法音楽」が自動で流れる。
心が落ち着く、っていうか……ガチで眠くなる。魔法効果、やばい。
そして、使用人たちの過保護っぷりも異常。
「第六皇女殿下の御機嫌が麗しゅうございます!」
「本日は手足を2回バタつかせ、5回ほど微笑まれました!」
「やはり、殿下は奇跡の御子……!」
(ただの運動だし反射だよ!?)
……この調子でいくと、私、たぶん**「ただ生きてるだけで崇拝対象」**になるんじゃ?
(てか、あれ? もしかしてこれ、社会復帰どころか社会との接点消えてない?)
でも一つだけ、ちょっと気になることがあった。
ここ、やたら豪華で便利で贅沢だけど――
**“使ってる人間の方が、完全にこの生活に染まりきってる”**って感じがするんだよね。
使用人たちは恐ろしいほど忠実。
笑顔だけど、目が笑ってない。王族の命令がすべてって空気がある。
まるで、何かを……恐れてるような。
(あれ? これって――)
「リアナ。調子はどう?」
その声に、思考が止まる。
私のベッドにクラリス――母が、すっと姿を見せた。
美しい。今日も変わらず、冷たい水晶みたいに美しい。
でも、その手は優しくて、ベッドの端に腰かけながら私の髪をそっと撫でてくれる。
「ふふ、今日も元気そうね。可愛いわ、私の子」
(なにこのギャップ……! 家では甘々だけど、絶対外では冷酷なタイプだこれ!)
母の手のぬくもりに、なんだか妙に安心してしまった私は、つい笑ってしまった。
「……笑った?」
クラリスの目が一瞬見開かれる。
次の瞬間、柔らかく目を細めて――
「ふふ、やっぱりあなたは特別ね」
その言葉が、なんだか胸にじんと響いた。
(……ま、いいか。前世ではこんな優しさ、一度ももらえなかったし)
こんな世界でも、家族が優しいなら、悪くないかも。
そう、思い始めていたそのとき――
扉が勢いよく開いた。
「クラリス! 妹は起きているか!」
「第六皇女の笑顔を見に来た!」
「順番は!? 私が先よ!」
……兄姉たち、また来た。
しかも全員が、私を見た瞬間、同時に言った。
「「「かわいい……!」」」
(うん、なんかもう、ツッコミ追いつかないわ……)
──今日も私は、
豪華すぎる赤ちゃんライフの中で、常識を試されている。
(ていうかマジでこの国、未来が不安すぎる……)