第一節: え、泣き声?私!?
……あれ? なんか、変だ。
いや、いつも通りじゃないっていうか。ていうか、体、動かないんだけど!?
うつ伏せでも仰向けでもない、なんかこう、ふわっとしたものに包まれてる感じ。けど、硬いのか柔らかいのかよくわからない……。しかも、妙に視界がぼやけてて、天井しか見えない。
(え……何これ……夢? っていうか、目、めっちゃ霞んでる……コンタクト落とした?)
そんな風に考えてたら、どこからか**「おぎゃああああ!!」**っていう、けたたましい泣き声が聞こえた。
うるさいなあ。誰だよ、泣いてるの……って思ったその瞬間。
(……これ、私の声じゃない?)
一気に背筋が凍った。
いやいやいや、そんなわけ――ない、よね?
私は社会人三年目の事務職OL、名前はたしか……あれ? 名前……なんだったっけ……?
(ヤバい。なんか、記憶が……薄い? でも、「働きすぎて死んだかも」っていう、妙にリアルな感覚だけはある……)
目が霞んでる。身体も動かない。泣き声は出るけど言葉は出ない。
……うん、これもうアレだよね。
赤ちゃんになってる。
たぶん、私、赤ちゃんになってる。
(なにそれ!? 転生!? マジで!? 死んだの!? え、私、死んだの!?!?)
(いやちょっと待って、いやいやいや、心の準備とかあるし……! もっとこう……説明役の神様とか出てくる流れじゃないの!?)
(いきなり「おぎゃあ」から始まるとか、不親切すぎるでしょ!?)
ガチでテンパってると、誰かの手が私の体をふわりと持ち上げた。
……あ、これが赤ちゃん特有の「抱っこ」ってやつ……? なんか妙に安心する。ぬくもりがすごい。あと匂いが……やばい、なんかすごくいい匂い。ローズ? いや、それだけじゃない……なんか、包み込まれるような香り。
「クラリス様、ご出産お疲れ様です! 第六皇女様、ご誕生です!」
「……ふふっ。ずいぶん元気な声で泣く子ね。ようやく会えたわ、私の娘――リアナ」
(クラリス様……? 第六皇女……??)
ちょっと待って。
待って。今、何て言った?
「第六皇女」? 「娘」? てことは、私は――
(王女!?)
(えっ、王女なの!?)
(いやいやいや、唐突すぎるでしょ!? つい昨日まで社畜OLしてたのに!? 毎日定時後に働かされて、終電ギリギリでコンビニ弁当だったんですけど!?!?)
(ていうか、王族って……あの「王族」? ドラマとかで出てくる、金ピカの玉座とか、あの……?)
目がかすんでるけど、抱っこされながら上からチラッと見えた室内が、もうおかしい。天井がありえない高さで、シャンデリアがバカでかい。壁に金色の装飾、床に赤いカーペット。何より、部屋の空気が**“格式”**って感じで圧迫感ある。
……あ、これ、完全にあれだ。
王宮。
私、たぶん王宮にいる。
さらに、クラリスと呼ばれた目の前の女性――多分、母親――がとんでもなく美しい。
プラチナブロンドの髪に氷のような青い瞳、顔立ちはまるで高貴な人形のよう。笑ってるけど、目が全然笑ってない。美人っていうか、こわ美しい。でも、不思議と安心感がある……。
そのとき、背後の扉がドンッと開いた。
「クラリス、無事か!」
「妹が生まれたと聞いたぞ。さっさと見せろ!」
「ふふ……この子が、リアナ? 面白そうな子ね」
数人の男女が、堂々とした足取りで産室に入ってきた。声がやばい。迫力がすごい。圧が……強い!!
全員顔が整いすぎてるし、纏ってる雰囲気が完全に「強キャラ」。しかも、誰もこれから産まれたばかりの赤ん坊に会うテンションじゃない。なんなら戦場に向かう将軍の顔してるんだけど!?
(これが……兄姉……?)
すると、私を抱いていたクラリスが軽く言った。
「あなたたち、うるさいわよ。リアナがびっくりするでしょ?」
「ふっ、ならば静かに見せてもらうまで」
「妹か……ふふ、悪くない響きね」
「……あの子の瞳、誰に似たのかしら。まっすぐで、綺麗」
(こ、こわい……! でも、みんな……なんか……)
すっごい優しい目で私を見てる。
見た目とか雰囲気とか、超怖いのに、なんか全員……私のことだけには、やたら優しい気がする。
その瞬間、ふっと何かがつながった。
この違和感、この空気。
妙にキラキラした部屋。やたら強そうな家族。生まれて早々「第六皇女」と呼ばれたこと。あと、クラリス母の口ぶり。兄姉たちの圧。そして――
外から微かに聞こえてくる、膝をついた誰かの声。
「――第六皇女殿下のご誕生を、ヴァルト帝国民一同、心よりお祝い申し上げます……!」
……帝国民?
この瞬間、私の中で、すべてのピースがはまった。
(……ああ。たぶん、ここ……)
独裁国家だ。
しかも私はその王族だ。
第六皇女として、“帝国”に生まれてしまったんだ。
(いや、どう考えても設定重すぎない!?!?)
人生、二周目。
前世は社畜。今世は王女。
でもまあ……前よりマシなら、いっか。
私はそっと、赤ちゃんらしく、クラリス母に向かって笑ってみせた。
すると、兄姉たちが、ぴくりと反応して――
「笑った……!」
「かわいい……今、笑ったよね?」
「うわ、やばい、これ……妹、天使じゃん……」
(反応、重っ!!)
このときはまだ知らなかった。
この国で、「まとも」で「素直」で「優しい」ことが、どれだけの価値を持つのかを。
そして、家族がどれだけぶっ飛んでいて、それでも――私を溺愛してくるかってことも。
──私は今日、リアナ・グランツェル・ヴァルトルートとして、
やりたい放題(※本人基準)で生きていくことになった。
いやほんと、やらせてもらいます。自由に。今度こそ。