02-02
ミキオは窓から差す光の眩しさと、外の喧騒の鬱陶しさに眉をひそめると、寝癖のついた頭を掻きながら洗面所へと向かう。
顔を洗い、歯を磨き、鏡を見ながら髪型を整える。
パジャマ姿からシャツとスラックスに着替え、眼鏡をかけて寝ぼけ眼を開き、リモコンを手に取るとテレビの電源を入れる。
放送されていたのは正月の特別番組であり、お笑い芸人が漫才を披露していた。
「確かこの二人も、イルミンスールの……」
今まさに映っている二人組のお笑い芸人はイルミンスールの信者であった。
その上、二世信者。
ミキオにとって、ひと昔前であれば気にならなかったようなことも、ルイの裏工作が始まって以降は抱く印象が変わるようになってしまっていた。
実はこいつらも二世会の人間であり、唐突に生放送のテレビで何かを暴露するのではないか――、と。
じわりじわりと募る疑心暗鬼。
テレビの客席から笑い声が聞こえるが、ミキオには全く持って不愉快な雑音でしかなかった。
暫くすると漫才が終わり、内容は昼のニュースに切り替わる。
映し出されるのはマイクを持った女性キャスター、パトカーと警察、そして首相官邸の外観である。
画面の右上には「生中継」のテロップが表示されている。
キャスターの口から語られるのは、昨夜、首相官邸に火炎瓶が投げ入れられ、敷地内への侵入を試みた二人の男が逮捕されたというニュースであった。
そして現在、官邸の敷地周辺では警察が臨時で警備にあたっていると言う。
それはまさに、眼前の光景。
徐々にではあるが、国民の不満が目に見える形で噴出してきている。
今回は人数こそ少ないものの、いずれ規模が大きくなるであろうことは否が応でも予想できてしまう。
全ての元凶はイルミンスール次期教祖、藤原ルイ。
影から市井を煽り、世論を動かす。
そして今は、その先頭に立とうとしている。
今現在、ルイはどこにいて何をしているのか。
ミキオ含め自由勤民党の政治家たちは、国家権力をもってしても何も分からずにいた。
正々堂々と裁判所にまで姿を現しておきながら、その後の足取りが一切掴めないという焦燥。
噂によれば、一国の大統領がルイの後ろ盾になっているとかいないとか。
信憑性の程度はさておき、ここまで相手の尻尾が掴めないとなると、あり得ない話ではないとミキオは思い始めていた。
深い溜め息を吐き、ミキオはチャンネルを変える。
ザッピングをしているとローカル局の番組が目に止まり、チャンネルを固定した。
番組名は「新春、朝から生放送!」というもの。
円卓に政治家や、いわゆる有識者と呼ばれるような職種の人間が座り、政治について徹底的に議論するという、およそ元日に相応しくない討論番組である。
参加者の中には野党の政治家が複数名おり、川口という若手議員が現政権に対する批判を行っていた。
現在進行形で槍玉に上がっているのは首相夫人、すなわちミキオの母親であるエマの海外渡航についてである。
「この女はね、やれ視察だの勉強会だのと言って詭弁を並べ立ててね、国民から巻き上げた税金を使ってね、議員仲間と楽しく長期の海外旅行に行っている訳ですよ。これ全部公費ですよ、公費。しかも飛行機は全員ファーストクラス。泊まるホテルは五つ星。食べる料理は最高級。いくら掛かってるんですか、これ? 莫大な額ですよ。ざっと云千万はしますからね。こんな無駄な金の使い方をするならね、減税のひとつでもしなさいよって話ですよ」
「そうだそうだ!」
他の野党議員から後押しの野次が飛ぶ。
話を続ける若手議員。
「自由勤民党が与党であり続けて云十年、この国の景気は下がる一方でしょ。他の先進国ではあり得ない状況ですよ、これ。消費税は上がり、徴収される社会保険料も上がり、訳の分からない税制度を作り、年金の支給額は減り、無駄な省庁や天下り先ばかりが増え、海外に金をばら撒き、国民を苦しめる。そして自分たちは裏金で私腹を肥やし、血税で遊び呆ける。これが政治家のやる事ですか? 悪魔の所業ですよ」
「その通り!」
再度の野次。
「首相夫人であるエマさんの所属する少子化対策庁ね、今や予算が十兆を超えてるんですよ。十兆ですよ? これだけのお金使って少子化は改善しましたか? してないでしょう? むしろ出生率は下がってるんですよ。だだ下がりです。景気に比例して、ずっと右肩下がりなんですよ。では、どこにそれだけのお金が消えているのか? まずは先程申上げましたような、海外旅行や会食やらの遊興費。それから、まるで意味の無いお見合いアプリや広告費。ちなみにこれ広告代理店に予算を中抜きされてますからね。そして真世界党を通してイルミンスールに流れる補助金です。隣国からの移民を推進する為のね。意味が分からないでしょう? 言っている私もさっぱり意味が分かりません。いち宗教法人に補助金だなんて、政教分離はどこへやらといった話ですよ」
まくし立てるように話していた若手議員は更に息を巻く。
「これね、イルミンスール発祥の地である隣国への上納金なんですよ。実質的にね。つまり私が何を申し上げたいのかと言いますと、私たちの国は隣国に支配されているってことなんですよ。私たちの国は最早、私たちの国ではないんです。隣国がイルミンスールという宗教法人を使い、真世界党という政党を作り、自由勤民党を操って、私たちの国を支配下に置いているんです。それが昨今の騒動の実態ですよ。そして総理大臣である西島マタイチロウさんも、夫人のエマさんも、議員である息子のミキオさんもね、隣国の使いっ走りなんです。犬なんです。金で頬を叩かれて喜んで、尻尾をぶんぶん振っている飼い犬ですよ。情けないことこの上ない。あんたらに誇りは無いのか? 人の心は無いのか? と、そういう事を私は言っているんです」
不意に自分が名指しで批判を受け、ミキオは固唾を呑む。
そして怒りを募らせ、それは言葉となった。
「犬は――、動物は人間より高尚な存在だろ」




